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第123話 離れる前の約束




 千年樹の洞窟を出てから8時間ほど過ぎた頃だろうか。俺達はようやく足場の悪い森林地帯を抜けて街道に辿り着いた。グラッジを含めた手練れが多くいる事もあり、予定よりもずっと早く進むことが出来たようでグラッジ曰く遅くても明日の夕方前にはグラノーラに着けそうとのことらしい。


 俺達は早速、石畳で綺麗に舗装された街道を歩いていこうとしたが前の方にいたグラッジが何故か足を止めてこちらへ振り返る。


「ここから先はガラルドさん達が先頭を行ってください。僕は皆さんから少し離れた後方で魔獣を警戒します。もし、街道を進む途中でイグノーラ兵に出会ったら彼らにお願いしてイグノーラまで護衛してもらってください。そうなったら僕はそのまま兵士に見つからないように離れるので。兵士には僕と出会った事は秘密にしておいてくださいね」


 グラッジはどこか力の無い声で説明してくれた。さっき言っていた『どこかで僕を探している人達に出会ったとしても、僕がここにいる事は秘密にしておいてもらえませんか?』という言葉には兵士も該当するのだろう。


 自分の事を喋りたがらないグラッジを追及したくない気持ちは変わらないが、それはあくまでグラッジが悪人でないことが前提だ。俺は万が一に備えて1つだけグラッジに質問する事にした。


「グラッジ、俺の目を見て答えてくれ。お前が自分の存在を特定の人達に隠そうとするのは、お前が悪い人間だからか?」


「…………」


 グラッジは否定も肯定もせず、視線を下へと逸らす。視線を全く合わせもしないし、少しビクビクしているようにも見える。もしかしたらグラッジは悪い奴なのだろうか? しかし、俺達にここまで良くしてくれた彼を極力疑いたくはない。質問の仕方を少し変えよう。


「すまんが、さっきの質問に繋がる形でもう1つ質問させてくれ。グラッジは過去に自分から意図的に悪行に手を染めた事はあるか?」


「それはないです! 神に誓って」


 グラッジは2つ目の質問に対しては俺の目を真っすぐに見つめて強く言い切った。この目が嘘をついているようには思えない。きっとグラッジは過去に人と顔を合わせ辛くなるような出来事や失敗があったと推察できるが、それはしょうがなく起きてしまったことなのだろう。


 俺に人の嘘を嗅ぎ分ける力なんてないけれど不思議とグラッジは嘘を言わない……いや、嘘を言えないような奴だと確信が持てる。だから俺に出来るのはグラッジの身を案じて言葉を掛けるだけだ。


「グラッジにどんな過去があったのか無理に聞こうとは思わない。ただ、1つだけ約束してほしい。俺達はグラッジの世話になったから恩返しがしたいし、グラッジのことを友人だと思っている。困ったことがあれば絶対に頼ってくれ。なんならグラッジがイグノーラ近辺で居辛いなら俺達が死の海を越えて自国に帰る際、一緒に船に乗ってくれても構わない。だから1人で抱え込むことだけはやめてくれよ?」


「ガラルドさん……ありがとうございます。でも、僕の呪いは例え別大陸に行ったとしても……」


 グラッジは言葉を途中で止めて、苦々しい顔で唇を噛んだ。『呪い』という言葉が気になるところだが、今のグラッジに言えるのはここまでなのだろう。イグノーラに着いたらきっとグラッジは俺達から離れて、また広い自然を孤独に彷徨う事になる。


 そしたら、きっと俺達が再びグラッジに会える可能性は限りなく低くなる。再会の可能性を少しでも上げる為に俺は1つ提案することにした。


「俺達ガーランド団はしばらくの間イグノーラ近辺にいるはずだ。だからグラッジと俺達がお互いに会いたいときに会えるよう移動した先々の大樹に書置き……いや、暗号を彫っておこう。いつ頃に此処を通って何処に移動したという情報が俺達の間だけで分かるようにな。困ったときはそれを頼りにお互いを探し合おう」


「そこまでして僕の事を……分かりました。それじゃあ困ったときは暗号を目印に頼らせてもらいます。お心遣い本当にありがとうございます」


「それじゃあ、話もまとまった事だし街道を進んでいこうか」





 そして、俺達はどんな風に暗号で伝え合うかを決めた後、街道を進んでいった。街道沿いでも魔獣に頻繁に襲われてしまったが、その都度連携を取って危なげなく魔獣を退けていった。


 グラッジが仲間になれば百人力だ! と言いたくなる気持ちをグッと堪えながら進み続けて、気が付けば夜になっていた。


 俺達は千年樹の時と同じように高い樹を探して一夜を明かすことにした。


 夜の間もサーシャがグラッジに積極的に話しかけて盛り上がっていたがグラッジは自分の情報をほとんど漏らさなかったようだ。


 樹の上で一夜を明かした俺達は再びイグノーラに向けて歩き出す。グラッジ曰く、かなり順調に進んでいるらしく早ければ昼過ぎにはイグノーラに着けるとのことだ。


 俺達は歩いている間ずっと兵士や通行人が街道を通るかもしれないと身構えていたが、とうとうイグノーラ手前の丘に着くまで人っ子一人出会わなかった。かなり後ろを歩いていたグラッジは俺の横まで駆け寄ってくると不可解そうな顔で俺に話しかける。


「正直、ここまで人に出会わないのは珍しいです。普段から人通りの多い街道とは言えないですが流石に数時間歩けば数人程度はすれ違うはずです。それなのに日を跨いでも誰ともすれ違わないなんて……。人と会いたくない僕としては運がいいですが、何か嫌な予感がします」


 どっちにしてもイグノーラに着けば分かる事だから俺は早く先へ進むべきだと促した。


「町で何かあったのかもな。とりあえず1番高い丘に登ればイグノーラ全体を見渡す事ができるんだよな? 早く丘を登ろうぜ」


 草木を掻き分けながら登ること30分、ようやく俺達はイグノーラが見渡せる1番高い丘の上に辿り着いた。眼下には広大な平原が広がっており、その中心には正方形の分厚過ぎる城壁に囲まれた城と街があった。およそ面積はシンバードの2倍程だろうか。


 遠目からの計測で正確な数字ではないけれど恐らく城壁は高さ30メード程の高さがあり分厚さは40メードぐらいあるだろう。更に壁には等間隔で穴が空いていて、その穴には全て黒い金属のようなものが設置されている。恐らく大砲か何かだろう。


 あまりにも厳重過ぎる守りが気になった俺はグラッジに理由を尋ねる。


「何でイグノーラはあんなにも城壁が堅固なんだ?」


「……かつて、イグノーラはあれだけの防御力が無ければ耐えられない程に多くの魔獣に襲われていた時があったんです。最近は魔獣からの攻撃が最盛期の3割程度に収まっていますが、それでもイグノーラは警戒を緩める事はありません」


「そうだったのか、ならガーランド団が街に入るのも警戒されたりするのかな?」


「いえ、それは大丈夫だと思いますよ。あくまで魔獣を恐れているだけなので近隣国には友好的ですし。まぁ、死の海を越えてきたと言えば珍しがられるとは思いますが」


「なら、とりあえず正面からイグノーラに入るとするか。グラッジは街に入りたくないだろうから、ここでお別れかな?」


「そうなりますね……寂しくなりますが皆さんの安全を祈っています。それじゃあ、またどこかで」


 グラッジは哀愁のこもった声で別れを言い、背中を向けて去っていこうとした。しかし、そんなグラッジの手を後ろからサーシャが掴む。


「待ってグラッジ君、これだけは言わして。グラッジ君に何があったかは分からないけど、絶対に自分自身を嫌いにならないでね」


「自分自身を嫌いにならない……ですか」


「うん! サーシャもガラルド君も仲間や他人から忌み嫌われたり、邪魔だと言われる過去があったけど今は自分達の居場所を見つけられたの。今は辛いかもしれないけどいつか必ず幸せになれる時が来るからそれまで頑張って! それでも耐えられないぐらい辛いときはサーシャ達を探して、必ず助けに行くから!」


 グラッジの右手をサーシャが両手で強く握って言い切った。グラッジは暗くなっていた表情に少しだけ笑みを浮かべて言葉を返す。


「はい、困ったときは甘えさせてもらいます。本当に……本当にありがとうございます! それじゃあお元気で!」


 そう言ってグラッジは軽快に今来た道を引き返していった。千年樹の洞窟に帰ったのかは分からないが、また彼に会えることを祈って俺達は丘を下ってイグノーラまで歩を進める。





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