グラッジはガーランド団の皆を集めると早速自身のスキルについて説明してくれた。
「僕のスキルは簡単に言うと武器を作り出せるものなんです。とは言っても既存の剣や槍とは違って、あくまで属性を結晶化させたようなものですけど」
「属性を結晶化ってどういうことだ?」
俺が尋ねるとグラッジは焚き木を前にして喋りながら実演する。
「この世に存在する属性、火、水、風、地、光、闇、無属性の7つを武器にすることが出来るんです。さっきタナトスの尻尾を切り落とした時には氷の斧、樹から滑り降りている時は岩の剣を作りました。形は僕が武器と認識している物なら大抵具現化できますが、大きさやエネルギーが大きくなると比例して僕の消耗する魔量が増加します」
なるほど、だから氷の斧を作り出す前に『大きい武器を作ると疲れる』と言っていたのはそういう訳か。
もしかしたら千年樹の内部を登っている時に手に持っていた物も光魔石ではなくグラッジの作り出した光属性の何かかもしれないし、タナトスに突進する際に足元に爆風が起きたのも足裏に風属性の何かを仕込んでいた可能性もありそうだ。
正直羨ましいスキルだなと感心しているとリリスが首を傾げながらグラッジへ尋ねる。
「ちょっとおかしくないですか? グラッジさんは魔術が一切使えないと言っていましたが色々な属性を駆使していますよ? そもそも、人は相反する属性を同時に持つことができない種族のはずです。火属性を持っているなら水属性が、風属性を持っていたら地属性が……と言ったように」
リリスの言う事は一理ある。俺、サーシャ、ストレングは火属性が使えるぶん水属性が使えないし、リリスやレナは水属性が使える分、逆に火属性が使えない。リリスに追及されたグラッジは視線を落とすと元気のない声で呟く。
「魔術は繊細なコントロールと高度な術式を理解して頭と体で覚えなければいけないものですから僕には使えないんです。僕は昔から特異な体質で人々から避けられてきた人間なので、ろくに魔術の指導を受けた事が無いんです。色々な属性を扱えているのもスキルに頼り切っているだけなんです」
「あ、いえ、グラッジさんを問い詰めたい訳じゃないのですよ。ただ、気になっただけで……気に障る様なことを言ってしまったならすみません……」
慌てて謝るリリスを見たグラッジはすぐに訂正を入れてフォローをしつつ、俺達にお願い事をしてきた。
「いえ、ちょっと昔の事を思い出してしまっただけですから、こちらこそすいません。あの、皆さんにお願いがあるのですが聞いてもらえませんか? どこかで僕を探している人達に出会ったとしても僕がここにいる事は秘密にしておいてほしいのです」
グラッジは俺と同じように人々にキツく当たられてきた過去があるのかもしれない。全属性の武器生成が出来るだけなら他人から頼られそうな気がするけど、有能だからこそ嫉まれたりしたのかもしれない、俺は了承の言葉を返す。
「分かった、絶対に秘密にする。グラッジにも色々あったんだろうが、俺達も色々あった人間の集まりだから少しは気持ちを汲むことができる。よかったらこれからも仲よくしてやってくれ」
「はい! よろしくお願いします。それじゃあ寝起きからバタついてお腹もすいたでしょうし、朝ご飯にしましょうか。さっき手に入れたタナトスの尻尾を早速焼いちゃいますね」
俺達は朝から豪勢にグラッジ特製タナトス肉の塩焼きを頂いた。昨日ご馳走してもらった料理以上に濃厚な味わいは今までに食べた事がないタイプのまろやかさだった。こんなにも旨い肉が食えるなら、またタナトスに尻尾を分けて頂きたいものだ。
朝食を終えた俺達はグラッジの提案で再び千年樹のてっぺんまで登ることにした。改めて自分達のいる場所とこれから進むべき方向を確認する為らしい。俺達はぐるりと周りを見渡してみたが、どうやらこの場所からはイグノーラが確認できそうにない。
西には俺達が船を泊めている海があり、それ以外の方向は一面森だらけだ、東の地平線あたりにうっすらと街道の様なものが見える。あの街道について尋ねてみよう。
「なぁグラッジ。向こうに見える街道はどこに繋がっているんだ? 俺達はイグノーラに行けたらと思っているんだが」
「まさにあの街道に沿って北東に進んでいけばイグノーラに着きますよ。徒歩でも3日とかからず着きます。ですが道中魔獣も多いので、よかったら安全なルートを通れるように案内しましょうか?」
「ホントか! それは助かるよ。よろしく頼むグラッジ」
グラッジの優しさに甘えて俺達は早速千年樹の洞窟を出、北東にあるイグノーラへ向かって出発した。
道中はグラッジの言う通りかなりの高頻度で魔獣が現れることとなったが死の海を越えてきた手練れ揃いのガーランド団の敵ではなく、軽々と退ける事ができた。
途中オークロード級の強敵が現れることもあったけれど、その戦いもグラッジが瞬時に岩の槍を生成して放り投げ、オークロードを一瞬で討伐していた。その光景を見ていた俺は驚きを共有したくてサーシャに語り掛ける。
「見たかサーシャ、相変わらずグラッジのスキルは凄いな。溜めもほとんどなしに強力な槍を作り出したうえに投擲速度もとんでもなかった。ダメ元でガーランド団に勧誘してみるか?」
「…………」
「おーい、サーシャ? 聞いてるか? もしもーし」
「今、生成した槍の形状ってもしかしてピルムかな? こんなマニアックな投擲槍も知っているなんてグラッジ君にますます興味が湧いてきたよ。ちょっとグラッジ君と話してくるね!」
サーシャは俺の言葉に全く反応を示さず、グラッジの方へ行ってしまった。皆が仲良くなるのは嬉しいが返答を貰えなかったのはちょっぴり寂しい。
その後、俺はグラッジとサーシャの後ろを歩きながら2人がどんな話をしているのかを聞いていた。
「おぉ~、サーシャさんはそんな激動の人生を送ってきたんですね。僕より1歳年上なだけなのに町の代表になるなんて凄いです」
「ううん、皆に背中を押されてここまでこられただけだから全然だよ。それより、グラッジ君の方が凄いよ。強い魔獣がひしめく環境をたった1人で生き抜いているんだもん。それに、スキルで生成する武器だって深い知識とイメージ力があるからこそ細かく良く出来た武器が出来るんだと思うし」
「それは狩りをするだけの毎日で繰り返し練習していたから出来ただけなので……。スキルと元気な身体ぐらいしか取り柄がないですよ、僕は。それよりも僕はサーシャさんを凄く尊敬していますよ。血縁の有無なんか関係なく、どんなに辛い人生でも家族との再会や幸せを信じて行動し続けられる点なんて特に」
「なんだか、そんな風に褒められると照れちゃうよ、えへへへ」
2人は通じ合うところがあるのか、とても楽しそうに話している。サーシャは俺と話している時は俺が年上でなおかつ恩もあるからか、どこか先輩・後輩感のある会話になってしまう傾向にある。だが、グラッジと話している時は一層砕けた笑顔で話せている気がする。
なんだか妹が兄離れをしてしまったかのような若干の寂寥感に苛まれていると同じく2人の会話を後ろから聞いていたシルバーが茶化し始める。
「ヒューヒュー、サーシャとグラッジはお似合いのカップルだねぇ~。お子ちゃまカップルを眺めているとこっちも和んでくるぜ」
まずい……茶化すだけでもマズいのにシルバーは更にサーシャを子ども扱いしやがった。
小柄で華奢で童顔なサーシャは子ども扱いされるのを滅茶苦茶嫌っている。このままじゃシルバーに噛みついた挙句、不機嫌になってしまう。俺はどうにかフォローを入れなければと考えていたのだが俺よりも先にグラッジが言葉を返す。
「僕は子供かもしれませんが、サーシャさんは立派なお姉さんだと思いますよ? 優しいし綺麗だし頼りがいもありますし」
「綺麗……サーシャそんなこと初めて言われたかも、嬉しい……うふふふ」
サーシャが顔を蕩けながら喜んでいる。普段から俺もサーシャを『かわいい』と言っているが本当に喜ぶ言葉は『綺麗』だったのかもしれない。いざって時には参考にさせてもらおう。
その後、上機嫌になったサーシャはグラッジの手を引っ張りシルバーに悪態をつきながら離れていった。
「シルバーお兄ちゃんなんて大嫌い、べーっだ! あんな人放っておいて向こうにいこう、グラッジ君!」
「そ、そんな……サーシャ……」
サーシャに厳しい言葉を貰ったシルバーは眉を大きく下げて、か細く呟きながら落ち込んでいた。俺達のいる場所は緑が多く暖かい地方の筈なのだがシルバーの横には冷たい風が吹いているような気がした。