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第116話 死の海 その2




 船室に戻った俺は少しでも睡眠をとっておこうと目を瞑っていたが、航海の激しさと戦闘の興奮で全く寝付けなかった。サーシャも俺と同じように眠れなかったようでネリーネ夫妻の日誌を読んでいた。


 やることがなくて退屈だった俺はサーシャの横にいき声を掛ける。


「熱心だなサーシャ。日誌から何か有益な情報や楽しそうなものは見つかったか?」


「今、30ページあたりを読んでいるんだけど、サーシャのことをずっと愛してくれていた事が分かって凄く嬉しいよ……。それと日記っぽい記述だけじゃなくて、研究論文のような文章も書かれていて役に立ちそうなものもあるよ。実はさっきの戦いでサーシャが『濡れた布を耳の穴に入れて音波を防いで』って言ったのも日誌に書かれていた情報だったんだよ」


 ネリーネ夫妻は植物や動物の研究もしていたらしいから危険生物対策にも詳しいのかもしれない。もしかしたら他のページにはもっと有益な情報が載っていて死の海の攻略に役立つ何かがある可能性もある。


 その事を考えると分厚い日誌をサーシャ1人に読ませるのではなく1度日誌をバラバラにして複数人で手分けして素早く読んだ方がいいのかもしれない。だが、サーシャにとってもネリーネ夫妻にとっても大事な日誌を傷つけさせるのは酷だ、だから提案はせずに黙っておこう。


「それじゃあさっきの戦いの功労者はサーシャと両親だな。いつか皆でお礼を言いにいこうな」


「うん! 絶対に行こう!」


 サーシャは疲れを全く感じさせないとびっきりの輝く笑顔で同意した。サーシャは実の両親が誰かに攫われたのか、それともサーシャを捨てて逃げただけなのかがずっと分からず悩んでいた。


 だが、パープルズのおかげでネリーネ夫妻が逃げていないことが証明されて本当に嬉しいのだろう。


 拉致されたこと自体は悲しい事だけど両親がちゃんと善人だったと証明されたことは喜ばしい限りだ。サーシャは続けて日誌の内容を楽しそうに語ってくれた。


「日誌には他にも死の海の近くで不思議な海洋生物を見た事があるって書いていてね。とんでもなく大きな青い蛇の様な生き物を追跡して研究していたこともあったみたいなの!」


「海なのに大蛇がいるのか? 面白そうな研究だな。とはいっても大きすぎるのはたとえ魔獣じゃないとしても恐いな。そいつの名前なんていうんだ?」


「えーと、確かおとぎ話になぞらえてリヴァイアサンって呼ばれてるらしいよ」


「えぇぇっっ! リヴァイアサンですかぁっ?」


 近くにいたリリスが突然驚きの声をあげた。リヴァイアサンについて何か知っているのかと尋ねるとリリスは青ざめた顔で語り始める。


「何百年も昔の話ですが女神長サキエル様がまだ2級女神だった頃、リヴァイアサンは別名『海神龍』とも言われていて当時存在していた北方の港町を津波によって壊滅させたらしいです。襲った理由も姿を消した理由も分かりませんが絶対に接触したくないですね……」


 おとぎ話や伝記なら嘘や誇張が入る事もあるかもしれないが実際にその時代に生きていたサキエル様が言っていたのなら間違いないだろう。


 というかサキエル様は一体何歳なのだろうか? そこも凄く気になるが女性に歳を尋ねると怒られるのが相場だ、黙っておこう。


 俺達がリヴァイアサンの強さに怯えていると、びしょ濡れになったシルバーが船室に入ってきて喋り始める。


「外から聞こえてきたが、リヴァイアサンに怯えてちゃ世界の海を制覇できないぜ? 俺達冒険者は死のダイスを振り続ける人種なんだからな。それより、ようやく灯台が完成したぜ。これからもひたすら探索→防衛→上陸→設置の繰り返しだ。ゴールまで頑張っていこうぜ、リーダー」


「ああ、そうだな。ところで俺達は現時点で死の海全体のどれくらいを横断できたんだ? 大体でいいから教えてくれないか」


「う~ん、モードレッドって奴が持っていた大陸全土図の写しを見た感じだと5%ぐらいは進んだんじゃないか?」


「ご、5%? あんなに大変な思いをしたのにそんなに少ないのか……」


「岩礁を避けて迂回し続けているうえに魔獣を警戒してゆっくり進んでいるからな。死の海という地獄の中に小島が点在している事だけが唯一の救いだぜ。あれがなきゃ帰り道も分からないし、2回目以降に航海する際も進路情報が振り出しに戻る様なもんだからな」


「2回目……そうだ、いいことを思いついたぞ。小島での灯台設置が数回分完了したら光を頼りに一旦セイレーンへ戻るのはどうだ? そうすれば物資も体力もマックスにして再挑戦できるぞ」


「俺も同じことを1度は考えたが戻るのは厳しいだろうな。死の海はでたらめな海流の中に更に厄介な規則性がある。それはセイレーン側からイグノーラ側に波が流れているという点だ。今から戻るという行為は上り坂を強い向かい風のなか進むことに等しいだろうな」


「じゃあ片道航海と腹をくくって進むしかないか……」


 5%ということは単純計算であと20回近く今日の様な苦労をしなければいけないことになる。資材や食料が底を尽きないかも不安だが、1番心配なのは全員の心身が最後まで持つかどうかだ。


 ろくに太陽の光も拝めない暗い海を揺れ続ける船に乗って耐え続け、いつ魔獣に襲われるかも分からない緊張感の中、警戒を続けなければいけない。


 人数が多いぶん多少は休憩時間を確保できるとは思うが、それでも魔獣が現れたら嫌でも飛び起きて全員で戦闘しなければならないだろう。


 もし、俺達が全滅したら設置した灯台を頼りに次なる冒険者に走破してもらいたいものだ。灯台を数多く設置出来れば、もしかしたら長年かけて小島を転々と橋で繋いでいき、船を使わずとも死の海を渡れる時代を作り上げてもらえるかもしれない。


 いや、死んだ後のことを考えるなんてネガティブになっている証拠だ。リーダーである俺が誰よりも肝が据わってなければ皆が不安になってしまう、しっかりしなければ。とりあえず今はポジティブな言葉を皆にかけておこう。


「まぁ、同じことを繰り返すということはやればやるほど慣れていくってことだ。海棲魔獣への対応だって、上陸からの灯台設置だって要領を掴めば早く楽になっていくはずだ。ぼちぼちやっていこうぜ」


 俺の言葉に全員が頷きを返してくれた。ひとまずそれっぽいことは言えただろか?


 この後も俺達は厳し過ぎる死の海を互いに励まし、連携し合って進んでいった。





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