砂の柱を生成して巨木よりも高い位置に逃げた俺とリリスを鬼の様な形相でビエードが見つめていた。
「チッ! どこまでもしぶとい奴め。だが、少し寿命が延びただけだ。巨木と同じように根元から砂の柱を切ってやればいいだけのことよ」
そう呟いたビエードは、魔力を込めた剣で砂柱の根元を破壊した。ニヤリと笑ったビエードだったが奴は
元々
それどころか残った砂の足場を伸ばし続ければ俺とリリスの体を押し上げ続けることも出来る。それなりに消耗してしまうけれど……。
根元を切っても崩れない砂の柱を見たビエードは、すぐに性質を理解したようで上にいる俺達を睨んでいる。
その間にも俺達はどんどんと砂の柱を真上に伸ばし、ビエードとの距離を開けていく。あとは離れながらビエードが消耗しきるのを待つだけだ。近づいてくる勝利をまだかまだかと待っていると、左腕で抱えていたリリスがぼそりと呟く。
「ハァハァ、気を付けてくださいガラルドさん。下から見上げているビエードの目は全く闘志が消えていません。何かしてくるはずです……」
「油断をするつもりはないが、それでもビエードがここまで上がってくる手段は無いと思――――」
「ワームーブッッ!」
俺が返事を言い切る前に、下方からビエードの叫びが聞こえてきた。ワームーブ……地中を移動する技だ。
この時、俺は致命的な見落としをしていた。自身が生み出した
ビエードは砂の柱の切断面から中へと入り込み、まるで魚の様なスピードで上へ上へと昇ってくる。
砂の柱を伝って俺達のところまで来られたら剣で斬られて終わりだ。かと言って砂柱を消失させるのは出現させるよりも時間がかかるうえに、そんな余裕も無い。
意図的に消失させる以外で
だから、俺達はひたすら上に逃げ続けるしかない。一層手に魔力を込めて、俺は砂の柱を伸ばし続けた。
「伸びろおおぉぉぉぉ!」
全力で叫ぶ俺に呼応するようにビエードも叫び、砂柱を昇り続ける。
「貴様はここで終わりだああぁぁァァァ!」
10メード……9メード……8メード……段々と俺達との距離を縮めてきたビエードは遂に砂柱のてっぺんを突き破った。まるで水面を跳ねる魚の如く、俺達の斜め上へと跳び上がった。
遂に追いつかれてしまった! このまま、この狭い足場にいたら確実に斬られてしまう。俺はリリスを抱えたまま、大怪我を覚悟で砂柱のてっぺんから飛び降りた。
空中でリリスを両手で抱きしめた俺は、心配させないようにリリスへ語り掛ける。
「地面に思いっきり落下する事になるけど俺が抱えて必ず守るからな、リリス!」
俺が呟くとリリスは俺の腕の中で小さく頷いた。しかし、執念深いビエードは落下することすら許してくれなかった。左手に魔力砲を握りしめたビエードは今まさに落下している俺達に銃口を向けて呟いた。
「終わりだ、死ね!」
魔力砲の銃口から凶悪なエネルギーが射出された。俺達の目前には眩しく輝くエネルギーが迫っている。空中で身動きがとれない以上回避しようがない。今度こそ終わりかと諦めかけたその時、俺の腕の中でリリスの顔が動き、ビエードの方へ向き直って叫んだ。
「アイ・テレポート!」
リリスが叫んだ瞬間、俺達はビエードの真横へと瞬間移動していた。リリスが最後の力を振り絞って、魔力砲を避け、ビエードに近づいてくれたのだ。
アイ・テレポート乱用の影響で気を失ったリリスは腕の中でぐったりとしている。俺は心の中でリリスに強くお礼を言うと同時に、ありったけの魔力を掌に込めた。
「サンド・テンペストォォ!」
コロシアム決勝時に発生した肉体の活性化が、今この瞬間に蘇るのを感じた。ビエードの腹部に中心を定めた砂嵐は今いる位置より更に上へとビエードを吹き飛ばす。
「ゔごおぉぉっっ!」
サンド・テンペストを喰らった瞬間、ビエードは呻き声と胃液を吐き出し、体をくの字に曲げて飛んでいった。
砂柱の高さに加え、サンド・テンペストで飛ばされた高さも加えると、とんでもない高さまでビエードの体は打ちあがっている。ビエードはそのまま凄まじい速度で落下し、轟音とともに背中を打ちつけ気絶した。
「へへっ……俺達の勝ちだ……やったぜ……」
俺はへろへろな声で小さく喜んだ。コロシアムの時のように勝利の雄叫びをあげる元気もないからだ。そして、俺は気を失ったままのリリスを腕に抱えた状態で、ゆっくりと砂の下り坂を生成しながら地上へ降りていった。
ちょうど俺とリリスが地面に降りた頃に岩壁を回り込んでこちらへ駆けてくるサーシャ達の姿が見えた。サーシャの横にはストレングとフレイムもいる……よかった、全員無事だったようだ。
持ち前の元気で真っ先に駆け寄ってきたストレングが俺の頭をまるで子供の様に撫でまくった。
「よくやった……よくやったぞガラルド! お前はワシの最高の弟子だ、ガッハッハッハ!」
「子供じゃないんだから頭を撫でないでくれよ。でも3人とも無事でよかったぜ。こっちもレナとブレイズとリリスが戦闘不能状態だが、命に別状はないぜ」
ボロボロの状態ながらもブレイズとレナは無言でこちらへ親指を立てて、反応を返してくれた。
トドメは俺とリリスになった訳だが、ビエードの攻撃に耐えて時間を稼いでくれたレナも大活躍してくれた1人だ。親指を立てている姿がとてもかっこよく見える。
ブレイズが親指を立てているのは正直全然カッコよくは無いのだが……助けに来てくれただけでも嬉しいのでオッケーだ。コロシアム1回戦、ビエード戦ともに1撃で戦闘不能になっていることに関しては考えないようにしよう。
そして、ストレングが俺の頭を撫で終わったあとは涙目になったサーシャが俺の無事を喜んでくれた。
「本当に……無事でよかったよガラルド君……それにレナさん、ブレイズさん、リリスちゃんも」
「ありがとなサーシャ、狂人化した帝国兵も手強かっただろ? 怪我してないか?」
「フレイムさんが両腕を怪我しちゃったけど、骨は折れてなかったし大丈夫だよ。とりあえず、リリスちゃんをアクセラで回復してから2人で皆の怪我の治療に当たる事にするね」
そう言うとサーシャはアクセラでリリスのスタミナを回復させた。消耗から回復したリリスは意識を取り戻して呼吸も整い喋れるようになり、サーシャと再会を喜び合った。
その後、俺達は2組に分かれたパーティーがどの様に戦っていたかを報告し合った。どうやらサーシャの方ではフレイムが注意を引き付けて活躍していたらしい。兄貴の方は役に立ってくれたようでなによりだ。
そして狂人化した帝国兵とビエードは今もなお気を失っているものの、命に別状はなさそうだ。ただ、ビエード以上に無理をして魔力を吸収させられていた帝国兵は今にも消えてしまいそうな程に魔量が少なく、髪も白くなっている。
昔、医者から魔量の枯渇について聞いたことがある。人間も魔獣も魔量が底をつくと死んでしまい、逆に魔力を高めすぎたり、魔量を蓄え過ぎてもオーバーヒートで死んでしまったり、後遺症が出る事があるらしい。
あれだけ無茶をさせられた帝国兵の髪が真っ白になっているのもそういった影響なのかもしれない。俺達は縄でビエードと帝国兵を縛り上げ、一旦ジークフリートへ帰る事にした。
ジークフリートに残っている帝国兵に拘束したビエードを見せれば、きっと帝国の支配も解消されるはずだ。
俺がビエードを背負って、ストレングが帝国兵を背負い、山道を登っていると、途中でアイアン達と合流することが出来た。再会を喜び合った俺達は再び歩きはじめ皆が待っているジークフリートへと到着した。