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第60話 帝国兵VS即席チーム




「ディビジョン!」


 ビエードの魔術が地面から巨大な岩壁を出現させて、ガラルド君達とサーシャ達が3対3に分断させられた。こっち側は狂人化した帝国兵を相手にする形となったみたい。


 サーシャ達の方にはストレングさんとフレイムさんがいるけど、この2人は互いにどんな戦い方をするのかよく分かっていない筈。だからどっちとも連携経験があるサーシャがしっかりと戦いを組み立てなければならない。


 いつもは頼りがいのあるガラルド君に任せきりだけど今回はサーシャが頑張らなくちゃと自分に気合を入れた。


 だけど、帝国兵は狂人化して頭が働かなくなったのか、岩壁を壊そうと何度も何度もタックルを繰り返していた。


 ビエードがわざわざ分断した理由も理解できないぐらい暴走しているようだけど、それでも消費の激しい魔力砲を使って岩壁に穴を空けようとしないあたり、スタミナ管理と戦闘勘だけは残っているみたい。


 帝国兵がこっちを向いていないうちにサーシャは2人へ指示を出す。


「ストレングさん、まずは魔力砲を警戒しながらヒットアンドアウェーで戦ってください。理性が無くなって魔獣に近い状態になっている帝国兵ならヘイトを稼ぐ技も効くと思います、なるべく注意をストレングさんに引き付けてください」


「おう! 了解だ」


「フレイムさんは中距離から火属性魔術で背後・側面を攻撃しつつ、ストレングさんが危なくなったら近接攻撃で助けにいって。ただし、狂人化した帝国兵の膂力は凄まじいからストレングさん以外は耐えられないと思う。絶対に攻撃を喰らわないで」


「厳しい注文だが、やるだけやってみるよ」


 そしてサーシャ達3人は互いに目を合わせて頷き合い、一斉に帝国兵への攻撃を開始した。


 ストレングさんは大剣に炎を纏わせ斬りかかり、サーシャとフレイムさんは一斉にファイアーボールを放った。


 偶然にも3人とも火属性攻撃が使える人間だったこともあり、重なり合う火力は中々のものになるはず――――というサーシャの期待は甘いものだった。


 帝国兵はこちらに背を向けていたにも関わらずファイアーボールの気配を素早く察知した。すぐさま後ろへ振り返った帝国兵は両こぶしに魔力を纏わせて、強引に2つのファイアーボール叩き落した。


 こぶしで魔術を叩き落すなんてめちゃくちゃ過ぎる……と驚いている間に素早く静かに近づいていたストレングさんの大剣が帝国兵に向かって振り下ろされた。


「喰らえ! ボルケーノ・スイングゥゥ!」


 とんでもない剛力を乗せたストレングさんの大剣を避けるのか? それとも剣で受け止めるのか? サーシャが固唾をのんで見守っていると、帝国兵はどちらでもない第3の選択肢を繰り出す。


 なんと帝国兵は振り下ろされる剣に向かって、魔力砲を放ったのだ。溜めが短いとはいえ強力な魔力砲と力強く振り下ろされる炎の大剣とがぶつかり合い、直視できない程の光を放った大爆発が起こった。


「うおおおぉぉぉ!」


 ストレングさんはうめき声と共に体が吹き飛ばされて地面にどさりと落ちる音が聞こえてきた。光で一瞬奪われた視力が徐々に回復してきて、ストレングさんの方を見つめると、痺れた手で大剣を握っているストレングさんの姿しかなかった。


 今の爆発で帝国兵が姿形も消える程に吹き飛んだのかと思ったけれど、そんなに簡単に倒れる相手ではなかった。


 一瞬の発光のうちにストレングさんから距離を取った帝国兵は、傍目でストレングさんをかなり警戒しながら、全力でフレイムさんの方へと駆け出した。


 マズい! 危険なストレングさんより先にフレイムさん、サーシャの順で潰して数を減らしにきているみたいだ。ストレングさんもそれを察したようで帝国兵を止める為に全力で走っているけど間に合いそうにない。


「フレイムさん逃げて!」


 サーシャは腹の底から必死に叫んだ。だけどフレイムさんはどういう訳かその場から動かず、双剣に火の魔力を溜め始める。


「僕が最弱だから1番最初に潰しておくべきだと判断したようだね。それを逆手に取らせてもらうよ、燦爛剣さんらんけん!」


 フレイムさんが叫ぶと、双剣の周りを激しく輝く炎の蝶が舞い始めた。燦爛さんらんというだけあって、とても眩しい光を放っている。きっと近くにいる帝国兵はもっと眩しいはずだ。


 これこそがフレイムさんの狙いだった。眩しい光はそのまま帝国兵の視界を遮り、攻撃の精度を著しく下げることに成功する。


 帝国兵の剣戟を2発、3発と躱しながらフレイムさんが指示を出す。


「ストレングさん、サーシャ、今のうちに攻撃の準備を……次の攻撃で決めてくれ!」


 まさかフレイムさんが盾役を務めることになるとは思わなかった。盾と言うより回避役というのが正しいのかもしれないけれど。


 フレイムさんが頑張ってくれている間にサーシャとストレングさんはそれぞれ大剣と杖に魔力を集中させた――――準備完了だ。


 ストレングさんが再度帝国兵に向かって走り出す。それを見たフレイムさんは帝国兵の背中がストレングさんの方向へ向くように攻撃を誘導する。


 帝国兵は眩しくて滅茶苦茶に剣を振り回しているからフレイムさんは10回以上攻撃を躱し続けられている。そして、帝国兵の傍まで近づいたストレングさんは豪快に大剣を振り下ろした。


「ボルケーノ・スイングゥゥ!」


 さっきは魔力砲に阻まれた技だけど今度は豪快な爆発音をのせてクリーンヒットした。帝国兵の背中が爆炎に包まれ、その場で片膝をつく。


 確実にダメージは受けているけどまだ、油断はできない。ストレングさんはトドメを刺すべく再び大剣を振り下ろした。しかし、帝国兵は倒れるように横跳びしてギリギリのところで大剣を躱したかと思うと、直ぐにフレイムさんの方へと走りだした。


 帝国兵は燦爛剣さんらんけんで再び攻撃を躱されてしまう可能性を考えつかないぐらい暴走しているのかと思ったけれど、そんなことは無かった。


 なんと目を閉じた状態のまま、フレイムさんに攻撃を仕掛けてきたのだ。燦爛剣さんらんけんは視覚的にはかなり厄介な技だけど目を瞑っていれば問題ない。


 しかし、目を瞑っていればフレイムさんがどこにいるか分からず本末転倒では? と思ったけれど、光源である剣から火のエネルギーが放出する際に甲高い音が聞こえているから、その音を頼りにすればフレイムさんを攻撃できると帝国兵は踏んだみたいだ。


 帝国兵の狙いは正しかった。フレイムさんが双剣で防御姿勢を取っているにも関わず、帝国兵の力任せな薙ぎ払いは双剣ごとフレイムさんの体を大きく、吹き飛ばした。


「グアアァァッッ、腕がああぁぁ」


 フレイムさんの腕は一撃で双剣が握れなくなるほどのダメージを負ってしまう。切っ先は当たっていないから血こそ流れていないものの、もしかしたら両腕が折れているかもしれない。


 両腕を負傷して倒れているフレイムさんに対し、帝国兵は魔力砲を構えて銃口に魔力をチャージし始めた。フレイムさんは尻もちをついた状態で肩を震わせ、涙目になりながら絶望している。


 サーシャが助けなくちゃ! 気がつけばサーシャは腕を強く伸ばし、全力で魔力を練り、スキルを放った。


「守って! サク!」


 サーシャは人前で初めて黒猫の名前を叫んだ。スキルで生み出した動物に名前を付けるなんて変に思われそうだから人前で言うのはずっと避けていたけれど、よっぽど本気になっていたみたい。


 でも、ガラルド君やリリスちゃん、そしてギルドの仲間たちは素敵な人ばかりだから絶対に馬鹿になんてしないし、亡くなったサクが力を貸してくれているという事実もきっと信じてくれると思う。


 だから、この戦いが終わったらサクのことを改めて紹介しようと思う。戦いの最中なのにそんなことを考えてしまっていた。


 そんなサーシャの心にサクが答えてくれたのかは分からないけれど、今まで経験したことがないスピードで策は手から飛び出した。そして瞬時にフレイムさんと帝国兵の間に割り込んだ。


 サクの咄嗟の割り込みに帝国兵は魔力砲の引き金を止める事が出来ず、そのまま直線状にいるサクへ魔力砲を放った。


 ジークフリートで放たれた魔力砲以上に破壊力のある極太なエネルギーが帝国兵から放たれると轟音とともにエネルギーが地面を抉りながら進み半円状の溝は遥か彼方まで続いている。


 帝国兵の前方、そしてフレイムさんのいる位置が土煙で見えなくなった。


「フレイムゥゥゥ!」


 魔力砲に巻き込まれたフレイムさんを見て、跡形もなく消し飛ばされたと思い込んだストレングさんが悲しみの雄叫びをあげた。だけど、問題はない。


 何故ならサーシャの最高の相棒サクがフレイムさんを庇い、スキル『リベンジ』でエネルギーを受けたのだから。魔力砲で地面が削られた中、サクとフレイムさんの周囲の地面だけが中州のように削られずに残っている。


 死を覚悟したフレイムさんは何故自分がダメージを受けていないのか分からずに困惑していた。フレイムさんの前ではサクによる盾もリベンジも使ったことがないから当然かもしれないけれど。


 逆にストレングさんにはコロシアム前の特訓時にサーシャのスキル説明はしておいたから事態が飲み込めたようでホッとした笑顔を浮かべている。


 サクのリベンジは大きな威力の攻撃だと1撃しか耐えられずに消えてしまうけど逆にいえば一撃でも耐えられればそれでいい。


 そしてリベンジによって蓄えたエネルギーを今度は帝国兵にぶつけなければいけない。サーシャは数秒後、再び手からサクを呼び出した。


 帝国兵は目の前のフレイムさんが何故生きているのかが理解できず困惑している。圧倒的な魔力砲を以てしても撃破できない相手が現れた恐怖からかサーシャ達に背中を向けて逃げ出した。


 それをストレングさんが見逃すはずもなく、全速力で追いかけて、帝国兵の背中に大剣を振り上げた。


「フロート・スイングゥゥ!」


 ストレングさんの豪快な斬り上げとともに、帝国兵の体が大きく斜め上へと吹き飛んだ。ストレングさんは高く打ちあがった帝国兵を指さし、サーシャに言った。


「今だ! 黒猫でトドメを!」


「ハイ! いっけぇぇサクッッ!」


 リベンジでエネルギーを蓄えたサクが地面を強く蹴り出し、空中へと跳び上がった。放物線を描き落下してくる帝国兵にタイミングを合わせて、サーシャは叫んだ。


「リベンジ・リリース!」


 魔力砲のエネルギーをその身に宿したサクは、光を放ちながら帝国兵に体当たりをかました。


――――ガシャァァァン――――


 金属の割れた音が鳴り響く。帝国兵の鎧も剣も魔力砲も全て、サクの体当たりによって破壊される。強い衝撃を受けた帝国兵は気を失って戦闘不能になり、地面にどさりと落ちた。


「や、やったサーシャ達の勝ちだよ!」


「流石ワシの弟子じゃ、よくやったぞサーシャ! ガッハッハッハ!」


「また僕はサーシャに救われちゃったよ。でも今回は曇り1つない晴れやかな気分だ。ありがとうサーシャ」


 2人はすこし涙目になりながらサーシャを称えてくれた。それを見ていたサーシャも少しだけ泣いちゃった。


 リベンジ・リリースを全開で放っていたら間違いなく帝国兵は死んでいたと思うから上手く調整できた安堵感も涙が出た原因の1つかもしれない。誰も死ななくて本当に本当によかった……。


 だけど、サーシャ達は喜び続けている暇はない。目の前の巨大な岩壁が消え去らず未だに魔力を帯びている以上、親玉であるビエードとガラルド君達の戦いは、まだ決着が付いていないのだから。


 両腕を怪我したフレイムさんを置き去りにすることにはなっちゃうけど、サーシャとストレングさんは向こう側にいるガラルド君の援護に行くべく岩壁を伝って走り始めた、どうか間に合わせてください神様!





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