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第56話 船上の戦い




「それじゃあ、最後の作戦を始めるぞ。まずはボビさんの腕の見せ所だ、よろしく頼む」


「ああ、任せてくれガラルド君!」


 ビエード捕縛兼アイアン奪還作戦の第1段階が始まった。まず操舵技術に優れるボビが船の加速機能を利用し、ビエードの乗る船の横につけて側面から一斉に乗り移るのが第1段階だ。


 次第に勢いが増していきカーブも多くなってきた流域でもピタリと横付けできる腕を持つのはボビしかいない。そんな期待を一身に背負ったボビは自信満々に舵を切る。


「こんな操縦、繊細な武器鍛冶に比べたら楽勝よ!」


 船は豪快な加速音と共に激しい川を危なげなく進み、みるみるビエードの船に近づいていく。ボビは宣言通り寸分の狂いなく船を真横へ移動させることに成功した。


「さぁ、後は頼んだぞハンター御一行さん!」


「ああ、必ずアイアンさんを救って、ビエードを捕まえてくる!」


 そして俺達ハンターは一斉に船へと乗り移った。このまま操舵室に入り込むつもりだったが、意外にもビエードが先に甲板へ姿を現した。


 ビエードの横には4人の帝国兵とハープーン・ピストルで手を貫かれたままのアイアンさんがいる。血色の悪い顔で膝をつき危険な状態だ。


 先に船に乗り込んだC班の4人と甲板にはいない残りの帝国兵4人は何処にいるのだろうか? もしかしたら操舵室や船室で今も戦っているのかもしれない。


 C班の様子が気になるところではあるけれど、今は一刻も早くアイアンさんを止血しなければ……俺は声を張り上げてビエードに忠告する。


「ビエード! これだけの人数に囲まれたら、もう終わりだ。降参して早くアイアンさんの手からハープーン・ピストルを抜いて止血しろ! このままじゃ死んでしまう! それに生きていなきゃ人質としての役目を果たさないだろう!」


 俺はアイアンさんを解放してもらえるよう自分なりに交渉してみた。しかし、ビエードはまるで慌てる様子もなく淡々と今の状況を分析する。


「ふむ、確かに人質に死なれては困るし、多くのハンターに囲まれている現状は少々厄介だ。だが、君たちはまだ戦力状況を正確に把握できていないようだ」


「戦力状況? 確かに甲板にいないハンターや帝国兵のことは分からないが……」


「フフフ、それじゃあ教えてあげようじゃないか」


 そう言うと、ビエードはキザったらしく指をパチンと鳴らし、何かを指示する。すると、船室から新たに帝国兵4人が現れて、それぞれが腕にC班のメンバーを抱えていた。


 C班の4人は全員が気を失っており、戦闘で負けた形跡が見える。今度はC班の4人も人質にとるつもりかと思ったが、ビエードはこちらの予想を裏切る言葉を発した。


「このままハンター4人を人質にとっても良いのだが、常に死を覚悟しているハンターではアイアン氏ほど人質としての価値は高くないかもしれない。そこで自分は戦闘班のリーダーであろうガラルド君の優しさを利用しようと思う。我が部下達よ! 気を失ったハンターを川へと投げ捨てろ!」


 ここにきてビエードは最悪の一手を打ってきた。C班の4人を抱えた帝国兵達は各々ハンター達を川へと放り投げた。気を失っている彼らが川へ落ちたら確実に溺死してしまう。


 悔しいがこの状況で俺が出せる指示は1つだけだ。俺は雇っているハンター4人をそれぞれ指さして言った。


「あんた達は今すぐ川へ飛び込んで救助にあたってくれ! ビエードの思惑に乗るのは悔しいが今は人命救助が第一だ!」


 俺の指示に従い、ハンター4人が川へと飛び込み、気を失った仲間の救助へと向かう。その様子を見たビエードがニヒルな笑みを浮かべる。


「アハハ、自分の思った通りに動いてくれたねガラルド君。これで君たちは4人になってしまったわけだ。かたや我々帝国側は自分を含めて9人いるうえに、その殆どが無傷に近い。今度は逆に自分からそちらへ提案しよう。『降参』してはどうかね? フハハハハハ」


 ビエードは勝ち誇った顔で高笑いしている。こうなったら最悪ビエードを捕縛出来なくてもいい。アイアンだけは助け出し、どうにかして逃げることだけを考えよう。


 俺は仲間だけに聞こえるぐらいの小さな声で指示を出す。


「リリスが考えた作戦を今から実行する。これだけ仲間が減ってしまった今では正攻法で勝つことはできない。だから俺が一時的に回転砂で竜巻を作って奴らの視界を撹乱する。そして竜巻を解除した瞬間に全員が一斉に作戦実行だ。準備はいいか?」


 俺の確認にリリス、サーシャ、残りのハンターが頷いた。


「よし、それじゃあ行くぞ! サンド・トルネード!」


 俺は範囲と巻き上げに特化した新技サンド・トルネードを甲板の上に作り出す。魔量がみるみる減っていくのは辛いが、無事帝国側を困惑させることに成功したようだ。


 攻めあぐねている帝国兵に対し、ビエードがイラつきながら指示を出す。


「何をちんたらしているのだ。あんな竜巻見せかけだ! 早くガラルド達を止めないか!」


 竜巻の横を通り抜けようとした帝国兵達だったが、そうはさせまいと俺は竜巻を豪快に横へ移動させた。


 重量感のある鎧を着た帝国兵達だったが、移動する竜巻に弾かれて大きく吹き飛び、尻もちをついている。できれば川に落ちてくれればよかったのだが、今はこれでも上々だ。


 その間に作戦を次のフェーズに移行するべくサーシャが黒豹かと思うぐらい体格の良い最大サイズの黒猫を召喚した。そして更に黒猫の首に風呂敷サイズの大きさなマントを装着させた。


 その傍らリリスは氷魔術で一生懸命に氷の刃を作り出し、右手に握る。この準備を敵に見られることなく進めることができたから、作戦の第2段階は完了だ。


 俺は全員へ号令をかけた。


「作戦開始だ、行くぞ!」


 号令と共に同班の剣士ハンターと俺が最初に飛び出した。8人いる帝国兵のうち6人が前線を走る俺達を潰す為に斬りかかってきた。


 この作戦において俺がやる仕事の1つが大半の帝国兵を引き付けることだ。俺と仲間のハンターは一斉に襲い掛かってくる帝国兵を避ける為に、サンド・テンペストで斜め上へと跳び上がり、一気に船の先頭まで移動してみせた。帝国兵6人を置き去りにできたわけだ。


 砂嵐で舞い上がる俺達2人を帝国兵が手出しできずに見上げている間、隙を狙ってサーシャが黒猫をビエードの元へと走らせる。


「ビエードの動きを封じちゃえ!」


 サーシャの指示に従い黒猫は一直線にビエードへと近づいた。ビエードを近くで守っていた帝国兵2人が慌てて黒猫に斬りかかるがスピードに乗った黒猫はそれをジグザグ移動で難なく躱してみせる。


 続けて黒猫は跳び上がってビエードに襲い掛かる。しかし、ビエードは大佐の職に就くだけのことはあり、周囲の帝国兵よりも数段早いステップで華麗に黒猫の飛び掛かりを避けてみせた。


 ビエードは右手にハープーン・ピストルを持ち、アイアンを拘束したままにも関わらず、俊敏な動きが出来ている。これは中々手こずりそうだ。


 ビエードは黒猫を操っているサーシャに問いかける。


「確かアイアンの娘のサーシャだったかな。君がこの黒猫を操っているのだろう? 折角のスキルもそんなスピードでは活かせないのではないかね。猫と言うのは本来動きの速い生き物だというのに使い手のせいでペットが泣いているぞ?」


「…………」


 ビエードらしい腹の立つ挑発台詞だが、サーシャは至って冷静に無視している。戦闘においてサーシャの冷静さほど頼りになるものはない。


 挑発に乗らなかったことで逆にビエードがイラっとしたようで、腰にぶら下げていたナイフを無造作に黒猫へ投げた。その瞬間に俺は黒猫のマントの下に隠しておいた魔砂マジックサンドを移動させ、薄い半球状の回転防御壁を作り出してナイフを防いでやった。


 黒猫は回転防御壁を纏ったまま、再びビエードに向かって走り出す。その様子を見たビエードは少し冷静になり、俺の方を向いて呟く。


「なるほど、あのマントは回転砂を隠していたのか。だが、少ない砂の量でなおかつ遠隔の操作では耐久力も大したことあるまい」


 ビエードはそう呟くと、余裕の表情を浮かべながら左の掌を黒猫に向けた。


「消し飛べ! メテオ・キャノン!」


 ビエードは僅か1秒程度の時間で左手に強力な魔力を練り出し、人より大きな岩を魔術で錬成し、高速で射出する。


 その威力は凄まじく、俺の回転防御壁を易々と粉砕し、中にいた黒猫も一撃で光の粒になって消し飛んでしまった。あと5メード程で黒猫をビエードに触れさせることが出来たのだが……。


 ビエードの前には砕けた回転防御壁の砂煙と黒猫がやられた証である光の粒が舞い上がっている。


 ビエードは勝ちを確信し、道化師のような不気味な笑顔を俺とサーシャに向けた――――この瞬間を俺達は待っていた。


 煙からビエードの視線が離れた瞬間、煙の中からリリスが全力で飛び出した。


 黒猫に付けていたマントの下に隠していたのは魔砂マジックサンドだけではない、リリスをしがみ付かせて隠しておいたのだ。


 リリスが考えた作戦は黒猫を回転砂で守ることで黒猫が攻撃の要だと思わせる作戦だ。


 この作戦には2つの運要素があり、ビエードが回転砂ごと黒猫をやっつけた際に、一瞬気を緩めてくれるかという点が1つだ。


 そして、もう1つがビエードの攻撃が回転砂と黒猫を消し飛ばす程度の威力であるということ……つまり強すぎても弱すぎてもいけないという点だ。この2つの内どちらが欠けても成功には至らないのだが、ビエードは俺達の思惑通り黒猫が消え去ったことで、意識が離れて反応が遅れたわけだ。


 その隙にリリスは手に持った氷の刃でハープーン・ピストルのワイヤーを一刀両断し、ビエードとアイアンを引き離してみせた。


 これでアイアンとビエードを物理的に繋ぐものがなくなり、アイアンだけをアイ・テレポートで逃がすことが出来る。リリスは叫びと共にアイアンへ手を伸びした。


「私の手を掴んで、アイアンさん!」


 リリスの指示に従い、アイアンは急いでリリスの手を掴んだ。それをさせまいとビエードが懐の剣をリリスに振り下ろすが、ほんの少し遅かった。


「アイ・テレポート!」


 ギリギリのところで瞬間移動したアイアンとリリスは無事に離れた位置にある陸地へ避難することに成功した。してやられたビエードは振り下ろして床にめり込んでいた剣を、震わせながら怒っている。


「この平民風情ガアアァァァ、舐めやがってぇぇ!」


 知的に喋っていたビエードの仮面が今は完全に剥がれている。これは相当余裕が無くなっている証拠だろう。





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