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第54話 袋小路




「き、貴様ら、図ったな! それにガラルド……お前、生きていたのか!」


 ビエードは狼狽し、俺達を見つけた瞬間、お手本のように目を点にしていた。


「あんた達帝国が所有している『魔力を吸収する筒』には随分と苦しめられたが何とか倒すことができたよ。そして戦いの後、俺達が倒した帝国兵の1人に『俺達が死んだと嘘の報告』をするように脅しておいたんだ。彼には給料を割り増しで与えておいてやってくれ。とは言ってもビエードは今日で上司の地位を失う事になるんだけどな」


「な、舐めやがってクソガキがああぁぁ! お前達、直ぐに撤退するぞ!」


 ビエードは第3エリアに入ってきた西口とは反対側にある裏口から強引に逃走しようと企んだ。だが、外にもハンター仲間達が待機しており、ビエードの逃亡を難なく防ぐことに成功する。


「ビエード、大人しく捕まることをお勧めするぜ? 仮に西側へ逃げて増援を呼ぼうにも橋はもう切り落としているからな。俺達は東工場にいるお前らをゆっくりと叩きのめした後に、遠回りして町に戻り、残りの帝国兵をやっつければ済むだけの話だからな」


「…………。」


 ビエードは何も言わず、俯いている。もしかしたら逆転の手を考えているのかもしれないと身構えたが、ビエードは突然やけくそじみた高笑いをしたあと、降参の意を表した。


「はははは、お見事だガラルド君。いや反抗同盟とでも言えばいいのかな? 面子を見る限り、町の住人以外に外部のハンターの力も借りているようだね。国対国の戦いならともかく、辺境の支部のような場所では帝国側も人員が割けない。つまり、我々を孤立させた君たちの勝ちだ」


 ビエードは虚ろな目をして、覇気のない溜息を吐いた。武器を向けて包囲するという脅しの形にはなってしまったけど、遂に俺達は死者を出すこともなくジークフリートを解放することができたようだ。


「流石大佐様だな、分析が早くて助かるぜ。こちらもなるべく血は流したくないからな」


「我々だってそれは同じだ、だからさっさと物騒な武器を下ろしてくれたまえ」


 ビエードの言葉に従い俺達は武器をおろし、縄で拘束するべくビエード達に近づいた。しかし、突然ビエードは懐から細い筒のような物を取り出し、先端をサーシャに向けつつ言い放った。


「甘いのだよ、ハンター風情がッ!」


 ビエードが持っている筒から勢いよく縄のついた銛のような物が飛び出した。このままではサーシャに銛が刺さってしまう。急いで手を伸ばした俺だったが、位置的に届きそうにない。


「キャァァァァッッ!」


 サーシャの悲鳴と共に銛が肉に刺さる鈍い音が聞こえた。この瞬間、敵味方全員が驚くこととなる。なんと銛はサーシャではなく、横から庇ったアイアンさんの手に刺さっていたのだ。


「グアアァァァ」


 腹の底から出た大きく、くぐもったアイアンさんの悲鳴が第3エリアに響き渡る。手の平から出血しているアイアンさんを尻目にビエードが勝ち誇った笑い声をあげる。


「いやぁ素晴らしい武器だなぁ。知らないであろうガラルド君達に教えてあげよう。この武器は『ハープーン・ピストル』と言ってね、銃口からワイヤーの付いた銛を飛ばす武器なんだ。小型のすばしっこい魔獣に突き刺して逃がさないように作られた武器でね。この武器の開発者を知っているかいガラルド君?」


「ペラペラとうるさい奴だな。言いたければさっさと言え」


「ああ、言いたくてたまらないから言わせてもらう。その開発者は現在、手の平に『ハープーン・ピストル』を刺されている、アイアン氏なのだよ。自分で作った武器で自分を貫くなんて滑稽な話だと思わないかね?」


 こいつは絶対に許してはいけない正真正銘のクズ野郎だ。怒りで握りしめた拳が壊れそうな程に吐き気がする人間だ。横にいるリリスも俺と同じぐらい怒っているようで、直ぐにでもアイ・テレポートでビエードに殴りに行きかねない勢いだ。


 そんな俺達を牽制するようにビエードは忠告する。


「そこの錫杖を持った女、確かお前は瞬間移動が出来るのだったな。お前達への襲撃を失敗して帰ってきた部下が3人の能力を報告してくれたから知っているのだよ。もし、お前が瞬間移動をしたら直ぐにアイアン氏を殺すと忠告しておこう」


 するとビエードはハープーン・ピストルの引き金を再度引いた。その瞬間、銛とワイヤーが勢いよく縮み、アイアンの体がビエードの近くまで引っ張られた。完全にアイアンを人質に取られた形となったわけだ。


 そしてビエードはハープーン・ピストルを持っている手とは逆の手で真下を指さし、邪悪な笑みを浮かべながら言った。


「この工場に特別詳しい訳ではない私ですら知っている秘密が1つある。それは山頂付近にある東工場の地下には、緊急事態に備えて川を下って脱出する為の小型船がいくつも存在するという情報だ。元々は危険な魔獣が現れやすかった土地柄ゆえに作れたものらしいが、今は君たちという害獣から逃げる為に使わせてもらおう」


 そう言い放ったビエードは帝国兵にハンドシグナルを送った。帝国兵は魔力砲に少しだけ魔力を込めると下に向かって解き放つ。そして、1階の地面に穴を空けたあと、全員で地下に向かって降りていった。


 俺達は姿を消したビエード達を慌てて追いかけた。下へ逃げたビエード達は俺達が降りた時には既に3つある小型船全てに乗り込んでおり、発進するところだった。


 俺は帝国の逃亡を食い止める為に、船に向かってサンド・ホイールを放つ。


「悪いが船を壊させてもらう! サンド・ホイール!」


 回転砂は勢いよく小型船の側面に向かって飛んでいった。これで小型船を止められると思ったのだが、乗り込んでいた帝国兵が3人がかりで一斉に魔力を練り始め、船下にある水を利用し、水の壁を作り出した。


 俺の放ったサンド・ホイールは水の壁に阻まれ、船に当たる前に崩れ落ちた。


「クソッ! 防がれてしまった。このままじゃ、3艘とも逃げてしまうぞ」


 俺以外のハンター達も遠距離魔術が使える者は一斉に船へ魔術を放ったが、詠唱時間が足りず、帝国兵が作り出した魔術の壁を突き破ることが出来なかった。


 そしてビエード達はアイアンを連れてそのまま地下の船着き場から川へ下っていってしまった。


「お爺ちゃぁぁぁん!」


 サーシャの悲痛な叫び声が地下に虚しく響き渡る。もう打つ手なしかと諦めかけたその時、引き出しから何かの鍵を取り出したボビは急いで大きな鉄の扉を開錠してみせた。


 大きな鉄の扉の向こうには、ビエード達が乗っていった船よりも頑丈そうな小型船が浮かんでいた。ボビは震える唇を噛みしめたあと、申し訳なさそうに呟く。


「この船はラナンキュラさんの大事な大事な船だ。本来は俺が使っていいような船じゃないが緊急事態だ、きっと許してくれるだろう。これなら帝国兵に追いつけるはずだ、ハンター達は直ぐに乗り込んでおくれ!」


 ここにきてまさか逆転の一手があるとは思わなかった。厳重に管理していた様子からも恐らく帝国の目から隠し続けていた船のようで、帝国の支配が始まる前からあったものなのだろう。


 俺達はボビの指示に従い早速船へと乗り込んだ。


 ボビが用意した船はサイズ的には帝国兵が乗っていった船と変わらず、大人数が乗るには少し狭い。ガラルド班とボビを含む13人だけが乗り込むことにして、帝国の船を追った。


 ボビは舵を握りながら、俺達に告げる。


「ハンターさん達、振り落とされないようにしっかり掴まっといてくれ。これから激しい川を進むことになる。加えてこの船は魔石を利用して加速する機能もついている特別製だ。とんでもないスピードになるから覚悟しといてくれ! それじゃあ行くぞ、発進!」


 そして、船は激しい川を下り始めた。船の後部からは爆発音とともに熱と風が噴出している。火属性と風属性の魔石を贅沢に使って推進力を生み出しているようだ。


 俺が今までの乗ってきた船は帆を張って進むタイプしか見た事がないからとても新鮮だ。時間が出来たら色々と構造を尋ねてみたいところだ。


 俺達の進んでいる川は横幅が広いものの、それでも激流が船を上下左右に暴れさせて、何度も座礁・横転しそうになっていた。おかげで舌を1回噛んだのは内緒だ。


 一部の身軽なハンター達には船室に籠ってもらうことで転落を防いでもらい。鎧を着て重心がしっかりしているハンターとガラルド班の3人は甲板で前方の確認に注力する。


 途中、揺れる船から振り落とされないようにリリスが俺の肩へとわざとらしく抱きついて「こわ~い」と危機感のこもっていない悲鳴をあげていた。


 一方サーシャは、黒猫のスキル『グラビティ』で自身の身体を重くすることで難なく船の振れに対処していた。サーシャのスキルを知らない他のハンター達は「あの娘、実はめちゃくちゃ重たいんじゃ……」と噂していたせいでサーシャは慌てて弁明している。


 サーシャが俺達以外の他人と接する姿が見られたし、慌てる姿も見られたから何だか得した気分だ。


 それからも船は激流を進み続け、気がつけばビエード達が乗っている3隻の船が視界に入る。しかし、3つの船のうち、どれがビエードとアイアンが乗っている船なのかが分からない。


 そこで俺達はボビ以外の12人を4人ずつの3班に分けて、一斉に3つの船を襲う事に決めた。


 前衛後衛のバランスとスキルを考慮した結果、俺とリリスと他2名のハンターがいるA班とサーシャがいるB班、そして外部のハンターのみで構成されているC班という組み合わだ。


 とは言っても全員の中でリリスがずば抜けて機動力があるから、各班のハンターを状況に合わせてアイ・テレポートする流れになる可能性が高い。


 ハンター達の雇い主であり、戦闘のリーダーである俺は帝国側の船に乗り込む少し前に集合をかけ、全員の無事を願って掛け声をかける。


「ここからは揺れ動く足場の上での総力戦となり、落ちたら即座に戦線離脱となる厳しい戦いだ。互いが互いを守り合い、絶対に帝国の逃亡を阻止してくれ。行くぞお前ら!」


 ――――オオオォォォォ!――――


 海賊のような雄叫びをあげた俺達は順番に帝国の船へと乗り込んでいった。





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