俺とサーシャの近くにいる帝国兵は魔力の吸収量をいっそう増やすのだろうか? 3人分の魔力を吸っただけで発狂して理性を失ったことを考えると、これ以上魔力を吸うと死んでしまう可能性すらありそうだ。
敵ではあるが死んでほしくはない……。もう辞めてくれ! と願ったが、俺の思いは届かなかった。敵は再び筒を真上へ掲げると魔力の吸引を開始した。
「ア、アガ、アガガァアァ、ケシ……トベ!」
帝国兵は目と口から血を流して魔力を吸引している。筒を持つ手が激しく震えて、もはや人間と呼べるかも怪しいぐらいだ。帝国兵はかつて見た事がないレベルの魔力を剣先の筒に込めて、ゆっくりと俺達の方へ向けた。
あのほとばしる魔力でハッキリと分かる。帝国兵が多少、魔力砲の狙いを外したところで大規模な放出は俺達と他の帝国兵もろとも丸ごと飲み込むだろう。
今からサンド・ステップで止めに行っても間に合うだろうか? 悩んでいる時間も勿体ない。俺が自分の足に
「させませんよ、もう1回飛んじゃってください!」
リリスは休む間もなく、魔力砲を持つ帝国兵ごとアイ・テレポートで消え去った。どこに消えたんだ? と慌てて周りを見渡すと、俺のずっと後方から地響きにも似た大爆音が鳴り響く――――魔力砲が発射された音だ。
魔力砲の激しい光に一瞬視力を奪われた俺は数秒後に目を開けると、そこには無傷のリリスと魔力砲を持ったまま半死状態になって倒れている帝国兵がいた。
あの音と状況を見るに、魔力砲を撃つ直前にリリスが帝国兵と一緒にアイ・テレポートし、魔力砲の発射方向を被害の出ない方向へと変えてくれたようだ。リリスがいなければ俺達も倒れている他の帝国兵も死んでいただろう。
少しずつ回復する視力で遠くを見てみると、廃棄場の壁が大きく綺麗な円形にくり抜かれていた。まるでドーナツの穴の様に見事なくり抜きっぷりで、穴の横にはヒビ1つ入っていない。
放たれた魔力砲のエネルギーは通った空間の全てを消滅させたのかと思うほどに恐ろしい威力だ。途轍もなく危険な武器を部下に持たせて使用させたことを思うとビエードに対する怒りでどうにかなりそうだ。
とはいえ、今は戦いの後処理をするのが先だ。リリスをずっと追いかけていた帝国兵も魔力砲を持っているのかもしれないが、他の帝国兵8人が全員魔力を吸われきっていることを考えると、吸収する魔力は廃棄場の何処にも残ってはいないだろう。
リリスを追いかけていた帝国兵もそれは分かっているようで、どうしようもない状況に呆然としている。
このまま残り1人の帝国兵を打ちのめすのは簡単だが今はこいつを利用した方がいいだろう。俺は帝国兵へ命令する。
「お前達の負けだ。このまま俺達に殺されてもいいが、ある条件を守ればお前達を活かしておいてやろう。今からお前達は大佐のところへ戻り、魔力砲でガラルド一行を始末したと伝えてこい。死体が見当たらないと言われたら魔力砲で跡形もなく消え去ったと言えば納得するだろう」
「お、お前らを、死んだことにして、こ、この後、ど、どうするつもりだ?」
どうやら最後の帝国兵は相当ビビっているようだ。あれだけの規模の戦いを見せられたらビビるのは当たり前かもしれないが。俺は帝国兵の心情を利用して、脅しをかけて念を押す。
「敵のお前らに教えるはずがないだろう、いいからお前はさっさと報告してこい。仮にお前が約束を守らず俺達が生きていることをビエードに伝えたら、俺の後天スキル『呪殺』が発動してお前は死ぬ。嘘だけはつくなよ、分かったな?」
「は、はいぃ、分かりましたぁぁ!」
そう言って帝国兵は泣きながら何度も転びつつ去っていった。俺の『嘘のスキル』は勘づかれなかったとは思うが、あいつが恐怖を抱いた状態で報告すればビエードに生存を勘づかれるかもしれない。
今回は少し上手に嘘を付けたかもしれないが、交渉はやっぱり下手なようだ。慣れない事はもうしたくないものだ。
何はともあれ、ひとまず帝国兵の襲撃は退ける事が出来たからほっと一安心だ。帝国兵が最後に放った魔力砲もリリスのおかげで最終的に町の外側に向けて放たせることが出来たから住民たちに被害は無い。
リリスの素早く的確な判断が有難い。思えばいつも俺はリリスに窮地を救われている。
神託の森でハイオークに殺されかけた時、ドラゴンニュートを底なし沼に沈めた時、帝国兵との戦い、そして自暴自棄になりハンターを辞めようとしていた俺をずっと諦めずに追いかけてきてくれた時、それ以外にも元気なところや気配りができるところなど挙げだしたらキリがない。
いつか改めてしっかりとお礼をしたいと思う。そんな事を考えているとサーシャが俺の肩をポンポンと叩いてきた。
「ガラルド君? 何を考えこんでるの? 今は倒れている帝国兵が起き上がる前に早く廃棄場を離れた方がいいと思うよ」
「あ、ああ、すまないボーッとしてた。そうだな、追加で帝国兵が来ないとも限らないしな。とはいえ、このままサーシャの家に戻ったら再度襲撃される可能性があるから親父さんたちに迷惑がかかるよな、どうするべきか……」
「だったら1回ジークフリートを出る事にしようよ。廃棄場はちょうど町の端だし、町の外には大昔の地下採掘跡があっちこっちにあるから身を隠すにはもってこいだよ。お爺ちゃん達への連絡は黒猫に任せるよ」
「黒猫はそんなことも出来るのか?」
「離れ過ぎちゃうとグラビティやアクセラの能力は使えなくなるけど、手紙を首に巻いて家に届けてもらうみたいな簡単な指示なら出せるよ」
サーシャのスキルの奥深さには驚かされるばかりだ。制限は色々あるものの、汎用性で言えば俺達の中できっと1番優れているだろう。
シンのスキル『白鯨モーデック』もそうだが、本当のペットの様に大事にしていれば、ある程度自律的に動いてもらうことも出来るのかもしれない。
こういったスキルが先天スキルなのか後天スキルなのかは分からないが、後天スキルの場合、もしかしたら昔飼っていたペットへの想いが強くて発現したり、ペットの魂が飼い主に力を貸したいと思って発現するのかもしれない。
本人たちには辛い過去かもしれないから尋ねることはできないのだが。後天スキルは解明されていない要素が多いから、いつか教えてもらえる時がきたら聞いてみたいものだ。
そして俺達3人は魔力砲で空いた壁の穴から廃棄場の外へ出ていき、そのまま町から少しだけ離れた位置にある地下採掘場へ身を隠した。
手紙には『襲われた経緯』と『暫くしたらまたもどってくるかもしれない』という内容を記し、黒猫に運んでもらうことにした。黒猫のサイズも普通の猫のサイズにしてから出現させたから、道中に帝国兵がいても怪しまれることはないだろう。
ボビからもらったメモに書かれている場所も町はずれにある地下採掘場の1つで今、俺達が隠れているところから近い位置にあるようだ。深夜の約束の時間まで、ここで休むことにした。