俺とサーシャの近くにいる3人の帝国兵は人数が減ってきたことで却って冷静になっている。突進を止めて、じわじわと距離を詰め始めた帝国兵達は残り10歩ほどの距離まで近づいてきたところで左右と前方から一斉に俺へ斬りかかってきた。
俺はサーシャを守るために両手を広げ、右と左に竜巻型の壁を作り出した。本当は正面にも作り出したかったが俺はローブマンみたいに4つ同時にスキルを発動させるような器用なことは出来ないし、魔量も節約したい。
正面の帝国兵は剣で突きを繰り出してきたから攻撃を受け止めるべく両手に棍を持ち、前へと突き出した……だが、その突きはフェイントだった。攻撃を弾くべく前に体重をかけていた俺はよろけてしまう。
よろける俺を見てニヤリと笑った帝国兵は剣を引っこめると、すぐさま袈裟斬りを繰り出してきた。流石は戦闘経験の多い帝国兵と言うべきか。左右に意識を集中していたとはいえ完全に武器の駆け引きで負けてしまった。
帝国兵の振り下ろした剣が俺の左肩へ直撃する。大激痛を恐れた俺は強く瞼を絞った。
「うわああぁぁ……あれ? 痛くない?」
今の袈裟斬りは間違いなく大ダメージを受けていた筈だが、少し左肩に衝撃があった程度で、ほとんど痛みがない。それどころか袈裟斬りを仕掛けた帝国兵が何故か斜め上へ吹き飛ばされている。
何が何だか分からず困惑していた俺は、自身の背中に黒猫がくっ付いていることに気づき、ようやく帝国兵を弾き飛ばしたのがサーシャのスキルだという事が理解できた。
サーシャの方を向いて確認するとサーシャは俺の方に親指を立てつつ、キメ顔で言った。
「これが5つある
重力とは逆で反発する力のこと指す言葉で『黒猫もしくは黒猫に触れられている者』が物理的な衝撃を喰らった際に大きく反発する力を生み出せる能力だった筈だ。
物を引力で引き込もうとする惑星の様な性質とは真逆――――遠ざけようとする力なわけだ。
それはつまり、いつの間にか俺の体に黒猫がくっ付いて、こっそり能力を発動していたという事でもある。戦いに夢中で全然気がつかなかった……暗躍と呼ぶに相応しい凄すぎるアシストである。
「ありがとなサーシャ、助かったぜ」
これでもう俺とサーシャの近くにいる帝国兵は2人だけだ。限りなく勝ちが近づいていると思った俺だったが、その考えは甘かった。
俺とサーシャの近くにいる帝国兵2人は腰にぶら下げていた大きめの筒の様な物を手に持つと、剣の先端に装着し、真上へ掲げる。
あの大きな筒は襲撃をしてきた帝国兵全員が腰にぶら下げていた物で俺は小さい武器を入れる容器、もしくは銃か何かだと思っていたが、剣の先端を覆うように装着できたことを考えるに中身は空洞なのだろう。
帝国兵2人が準備を整える前に攻撃してやろうかと思ったが、全く攻撃の狙いが読めない以上迂闊には近づけない。仕方なく様子を見ていると帝国兵2人が一斉に呟く。
「マナ・ドレイン!」
帝国兵2人が呟くと同時に大きな筒に四方八方から魔力が注がれ始めた。どういうことだ、訳が分からない……困惑しながら周りを見渡すと、既に倒れている帝国兵6人の体から魔力が流出し、筒に向かって集まっている。
「ア、アガ、ガ、ガガ、アガガガァァァ!」
筒を持っている帝国兵が突然発狂しはじめた。目は焦点が合っておらず、手足は少し痙攣している。
そして何より恐ろしいのが体からほとばしる強大な魔力だ。その魔力は注がれた魔力に比例して強くなっている。目の前に広がる光景通り、1人に4人分の魔力が宿っている感じだ。
そして帝国兵の2人は一斉に剣を俺に向けて、無機質に呟く。
「シネ」
その瞬間、帝国兵の剣先から俺に向かって光線が飛び出した。高密度の光属性エネルギーに震えがきた俺は慌てて、サンド・ストームを展開した。
2つの光の筋は俺が全力で展開している回転砂防御壁を轟音と共に軽々と削っていく。
「まずい……火力が……強すぎる」
サンド・ストームを全力で展開している時は移動するのが難しい。それに移動が出来たとしても帝国兵が少し銃口をずらせば、楽に追尾することが出来るかもしれない。
かなり厳しい状況ではあるが、唯一の救いは光線の両方が俺に向かっていて、サーシャには何もしていないということだ。耐える事しかできない俺は危機の脱出をサーシャに託す。
「す、すまないサーシャ、身動きがとれない……後は、頼んだ」
情けないがフリーであるサーシャに頼るしか今は方法がない。それにサーシャは戦闘の時は冷静で頭も切れる頼もしい奴だ、きっと何とかしてくれる。俺の期待に応える様にサーシャは俺に言葉を返す。
「分かった絶対何とかする、だからあと少しだけ耐えてて!」
サーシャが何とかすると言ってくれたことでゴールが見えた気がして、一気に力が湧いてきた。先の見えない我慢勝負から一転、短時間耐えれば勝ちの勝負である。
1秒、2秒、と時間が経過し、少しずつ削られていくサンド・ストームに反比例して、後方のサーシャの魔力が高まっていく。そして、高まる期待に応えるようにサーシャが叫んだ。
「
サンド・ストームの影響で周囲が見えなくなっていたが、周りを舞っている砂の感覚で、何となく黒猫が走り出したのが分かる。黒猫は俺の右斜め前に走り込むと、そのまま光線を我が身に受けて消えてしまった。
サーシャの黒猫はダメージが蓄積すると消えてしまい、数秒間出現させることが出来なくなってしまう性質がある。
だが、サーシャはそれを織り込み済みで黒猫を光線にぶつけた筈だ。何故なら5つあるスキルの1つである『リベンジ』を唱えていたからだ。
サーシャは数秒後に俺の後ろから飛び出し、帝国兵の10メード程手前で止まり、再び叫ぶ。
「リベンジ・リリース!」
叫びと同時にサーシャの手から黒猫が飛び出すと、黒猫は帝国兵が放った光線と同じ光を体から放ち、帝国兵の1人に突進した。すると黒猫の体が接触した瞬間、帝国兵の鎧が砕け散り、後ろへ大きく吹き飛んで戦闘不能となった、サーシャの作戦は大成功だ。
その光景を見ていたもう1人の帝国兵はさっきまで発狂しながら光線を放っていたにも拘わらず、攻撃の手を中断した。理性は無くなっていても本能的に危険を察知したのだろうか。
攻撃を受けてから放つ、という手順が必要ではあるが力をそのまま利用できるという意味では恐ろしく強力なスキルだ。実戦で見るのは初めてだったが圧巻の一言である。
しかも、サーシャは蓄えた力をそのまま100%返すのではなく、手加減してぶつけることで帝国兵を殺さずに戦闘不能程度で済むように調整してリリースをぶつけてくれたようだ、素晴らしい技術だ。
これでリリスを追いかけている帝国兵を除けば敵はあと1人だ。しかし、謎の筒を持っている以上最後まで油断はできない。魔力を吸える上限人数が何人までかは分かっていないからだ。