『剣と蛇のマーク』が記された中央工場へとたどり着いた俺達は、入り口付近を歩いていた中年の男性作業員にビエード大佐のことを尋ねた。
「すまない、少し尋ねたいのだが、ビエード大佐は工場にいるかな?」
「……ああ、奥の執務室で仕事をしていると思うが……何か用かい?」
作業員の男はどことなく目が虚ろで、返事も遅い感じだった。いかにも疲れているといった様子で過酷なノルマがあると言っていたのも納得ができる。俺は怪しまれないように自分の身元を明かすことにした。
「俺達は旅をしているんだが、この町の偉い人と話がしてみたいと思って訪ねさせてもらった。俺はシンバードのハンターでガラルドっていうんだ。こっちにいるのが仲間のリリスとサーシャだ」
「え? サーシャ? もしかしてラナンキュラさんのところのサーシャちゃんかい? 暫く見ないうちに大きくなったね、気がつかなかったよ」
「あ、ボビおじさんだったんだ。ちょっと雰囲気が変わっていて分からなかったよ!」
ボビという作業員とサーシャはどうやら知り合いだったようで、元々親父さんのところで働いていたらしい。2人は少しの間、近況を話し合っていた。
ボビ曰く、ビエードが来てから全ての武具工場がきつい労働を強いられていて、既に何人も過労で倒れ、亡くなった者もいるらしい。
ボビ自身顔色が悪かったのも、やはりそれが理由だった。ボビは会話の中で度々『ラナンキュラさんのところで働いていた頃は本当に幸せだった、あの頃に戻りたい』とぼやいていた。親父さんがどれだけ慕われていたかがよく分かる。
そして俺達はボビに案内されて執務室の前まで移動した。部屋の前では2人の帝国兵が立っている。何しにここへ来たか尋ねられから身分を明かして理由を答える。兵士は執務室に入って奥にいるであろう大佐へ確認を取ると、意外にもすんなりと会ってくれる流れとなった。
俺はドアをノックすると中から「入りたまえ」と言葉が返ってきた。
ドアを開けて中に入ると、そこには燕尾服のような服をビシッと着こなした、金髪のマッシュヘアーの優男が座っていた。
一見、優しそうな垂れ目に笑顔を浮かべる好青年に見えるが、奴こそがジークフリートを今の状態に追い込んだ男だ、油断はできない。
俺は自分なりに愛想よくして握手を求めるとビエードはそれに応じる。
「初めまして、俺はシンバードでハンターをやっているガラルドという者だ。こっちにいるのが仲間のリリスとサーシャだ」
「初めまして、ガラルド君、そして麗しきリリスさんとサーシャさん。自分は『帝国リングウォルド』で大佐を務め、今はジークフリートの自治も担当しているビエードだ。君たちがシンバードで活躍していることは部下の兵士から伺った。ジークフリートは君達を歓迎するよ」
流れるように女性陣を褒めている点がいけ好かないが、貴族や偉い人間というのは案外そういう台詞を日常的に囁いているのかもしれない。
そして、俺達は暫く雑談を交わした。ヘカトンケイルやコロシアムでの活躍を根掘り葉掘り聞かれることとなり、俺は全て正直に答えた。話を聞いたビエードは「素晴らしいよ、ガラルド君」としきりに俺を褒めてくれている。
会話も随分と弾みだした頃、上機嫌になったビエードが大きな地図を広げて、意外なことを言い始める。
「それにしても、ヘカトンケイルの件はガラルド君が可哀想だし、住民が愚かだと言わざるを得ないね。人の価値は生まれや出身地で決まるわけではない。今は魔獣活性化に備えて世界中が協力し合わなければいけない時なのにね」
「ビエードさんはディアトイル出身の俺を差別しないんだな。それとも帝国領全体がそういう考え方なのかな?」
「多少は差別的な人間もいるとは思うが、基本的に帝国領は『実力主義』だよ。秘められた素質を種族や出身地で弾いてしまうことほど勿体ないことはないからね」
今のところビエードと話していても、悪い事は言っていないし、むしろ差別をしない良い奴にすら思えてくる。しかし、奴が住民に課している重労働を忘れるわけにはいかない。
俺はビエードの本質を探るために質問してみた。
「ビエード大佐は近年どういう風に働いてきたんだ? 立派な貴方のことをもっと知りたいから是非聞かせてほしい」
褒められて嬉しくなったのか、ビエードは一層笑みを浮かべて、自身の活躍を語り始める。
「自分は政治や軍事を学び、魔獣の生態も研究してきた人間でね。色々な知識や情報を得ていくうちに『ある答え』に辿り着いたのだ。それは魔獣活性化に抗い、勝利することこそが世界各国を1つに繋ぐ鍵になるとね」
「魔獣討伐が世界を繋ぐ鍵? どういうことだ?」
「自分は魔獣のことを調べているうちに魔獣の群れの襲撃をある程度予測し、対策を立てられるようになったのだ」
そして、ビエードは手帳を広げて過去に自身が当ててきた予測とこれから襲われるであろう町と日付を俺達に見せてくれた。
過去に関しては後だしで幾らでも嘘をつくことが出来るかもしれないが、ビエードの未来予想はローブマンが言っていた『80日周期と90日周期で襲いに来る2つの魔獣勢力がある』という情報と見事に日付が一致している。
ローブマンのこと自体100%信頼していい訳ではないけれど、少なくともビエードの言っていることが嘘である確率は限りなく低くなった。
これでも俺は結構ローブマンの事を気に入っていることもあり、同じ内容を胡散臭いビエードが言っていることが妙に癪に障っていた。もっともローブマンも胡散臭いところはあるのだが。
シンバードのトップを含め、近隣国で誰1人掴めていなかった情報をローブマンだけが知っていたことについて、あの時の俺は凄く驚かされたし怪しいとも思った。だが、少なくともローブマンは法則性と対策を教えてくれた。だからあいつのことは信用したい。
しかし、ビエードは自分の手柄だと自慢するだけで80日・90日ごとの法則性や対策については何も言及していない。世界各国が一丸になるべきと言っているにも関わらずだ。
だから俺は少し踏み込んだ発言をしてみることにした。
「ただのハンターである俺の直感的な分析だが、過去の襲撃履歴を見るに、魔獣には2つの勢力があって80日周期と90日周期で襲ってくる勢力があるように思えるな。それに南方や海沿いの国が襲われていることが多い気がする」
「ほほう…………君はもしかして……」
ビエードが何やら意味深に呟く。ビエードは俺の方に笑顔を向けているが明らかに目が笑っていない。それどころか殺気すら感じる。
俺は9割悪い奴だと思っていたビエードへの印象を10割に変えた。俺は愛想笑いを止めて、直球で質問を投げる。
「ビエードさん、アンタ襲撃日を教えてもらってるだろ?」
ビエードは僅かに保っていた笑顔を完全に消して、俺を睨みながら言った。
「ガラルド君、きみはエンドの1人なのか? それともエンドの仲間がいるのか?」
エンド? いきなり聞いたことがない単語がビエードの口から飛び出す。組織や種族か何かだろうか?
このままエンドなんて知らないと返してしまってもいいが、知っているフリをすれば更に情報が聞き出せるかもしれない。カマをかけてみることにしよう。
「ああ、実はそうなんだ。だから大佐であるビエードさんと色々話しておきたいと思ってな」
俺はドキドキしながらビエードの表情に注目する。するとさっきまで恐いぐらい真剣な表情をしていたビエードが突然笑顔を浮かべた。俺を仲間だと思ったのだろうか? ビエードは俺の方を指さしながら語り始める。
「ハハハ、残念だが嘘がバレバレだよガラルド君。何故ならガラルド君がエンドの1人もしくは、それに連なる仲間だったとしても『自分のような低い立場の人間』にわざわざ尋ねる事柄なんて無いからね」
さすがに情報が少なすぎる状態でカマをかけるのは無理があったようだ。それでも、もう少し何とか情報を聞き出したいと思った俺は強がって誤魔化しの返事をする。
「ふふふ、そうとは限らないぜ。あんたにも知らされていない事実が色々とあるかもしれないぞ?」
「だからもう三文芝居は止めたまえ。君は嘘をつくのが下手なのだよ。作り笑いをするにしても目尻が動いていないし、上手く嘘をつこうとして却って声のトーンが一定になり過ぎている。それにこちらの表情を読み取るために探りを入れるような目で見ていたからね。交渉するならもう少し芝居の勉強をしてから来ることだね」
ビエードに言いたい放題言われてしまった……。自分的には結構上手くやれていると思っていたのだが……。横にいるリリスの顔を見てみると「バレバレでしたよ……」と言わんばかりに呆れた表情をしている。
超ストレートな生き方をしているリリスに呆れられるぐらい下手な嘘をついてしまうなんて少し落ち込んでしまいそうだ。そんな俺に対してお構いなしにビエードは言葉を続ける。
「何よりガラルド君の瞳の奥底に善人特有のぎらつきを感じたのだよ。自分はそういう人間が大嫌いだから嗅ぎ付けやすいんだ」
もはや、ビエードは自分が悪者だという事を隠そうともしていない。だったら俺も言いたいことを言ってやる。
「ビエードさん、いやビエード。あんたがジークフリートの人間をこき使って、何を成し遂げたいのかは知らない。だが旅人であり、それなりに知名度のある俺達があんたの所業を口外して広めれば、大きな痛手になるんじゃないか?」
「たかが、コロシアム優勝程度の実績しかないハンターと帝国リングウォルドで大佐を務めている自分とでは、信用・実績面で段違いだ。君の言う事なんて誰が信じるのだね。それに今のジークフリートは実質帝国領に属している。他国が噂を聞きつけたところで迂闊に手出しはできまい」
ビックリするぐらい論戦で歯が立たない……。腕力勝負なら負けないのだが……。俺達は何も言い返せずに黙っていると、勝ち誇った顔をしたビエードが俺達を帰らせる為に、手を叩いて側近の兵士を呼んだ。
リリスが得意のあっかんべーをビエードにかましてから執務室を後にしたが、口で負けまくった後にやってしまったら「負け犬の遠吠えっぽくて少しダサいぞ」と忠告しておいた。
悔しいが、とりあえず今は帰って今後のことを話し合う事にしよう。きっと何か対抗する手段があるはずだ!