魚と蟹を抱えたサーシャは『
1度もやったことがない方法で不安な気持ちを抱えたまま、粉でスープを作ってみると『塩味・甘味・酸味』が詰まった今までに飲んだことのない濃厚な味のスープが出来上がった。
「なんだこれ……めちゃくちゃ美味いぞ。サーシャは料理上手だったんだな。俺もかなり出来る方だと思っていたが負けを認めざるを得ないな」
「ち、違うの。サーシャは料理が得意なわけじゃなくて、たまたま古文書で見かけた調理方法と蟹が結びついたから提案しただけなの」
「古文書? サーシャは古文書が読めるのか。確か古文書はスキル鑑定の時に読む古代文字よりも更に解読が難しいんだよな? 俺はディアトイルでちゃんとした古代文字の勉強が出来ていないぶん普通の人よりずっと苦手だから羨ましいよ」
「サーシャの小さい頃は猫以外の友達がいなかったし、捨て子だったから、ゴミ捨て場に捨てられている本を読むのが日課になってたの。特に古代文字が使われている本は装飾こそ綺麗だけど読むのが難しくて捨てられていることが多かったからね。必然的に読む機会が増えて解読が上手になって趣味になったの」
「……そうか、サーシャは若いのに色々あったんだな。趣味という事は今も読み続けているのか?」
「うん! 1番の趣味と言ってもいいかも! 川蟹のことも今、サーシャが持っている古文書に書いてあったの。この川蟹はドラゴクラブと呼ばれている種類でね、殻の繊維が温度変化によって壊れやすくなって風味も変わるの。ほらこのページ、みてみて!」
サーシャは鼻息を荒くしながら俺に古文書を突き出してきた。直ぐに川蟹の絵が描かれたページを開いたことに加え、本が読みこまれ過ぎてボロボロになっていることから相当好きな本なのだろう。
いつも大人しいサーシャがこんなにも元気に自分の趣味を語ってくれていることが嬉しい。古文書に書かれている内容を俺は微塵も解読できなかったのは内緒だが。
その後もサーシャは古文書のすばらしさを語ってくれた。嬉しそうに話すサーシャを見ているとこちらまで楽しくなってくる。サーシャの笑顔を眺めながらずっと話を聞いていると、サーシャが自身の夢を語り始める。
「サーシャには夢が2つあってね。いつか古文書を探したり解読したりする仕事をやりたいの。古代文字ってね、まだまだ解明できていない文字や単語がいっぱいあって、それらを解読するには膨大な数の古文書を集めて、文章や絵を照らし合わせながら知識を増やしていくしかないの」
「それは立派な仕事だな。工場を取り戻して俺達のギルドを立てたら、古代文字関連の仕事を受注していくのもいいかもしれないな。その時は古代学担当のトップをサーシャに務めてもらおうか」
「とっても楽しそう! ワクワクするよ! それにギルドで大々的に出来たら、もう1つの夢も叶いそうだし」
「もう1つの夢も古代関係なのか?」
「……うん、もう1つの夢は実の両親に会う事なの。サーシャを捨てた両親はね、古代遺物の有名な研究者だったらしいの。どうしてサーシャを捨てたのか分からないけど古代の勉強をしていればいつか巡り合えそうな気がするんだ。そして会う事ができたその時は何故サーシャを捨てたのか尋ねたいの。捨てられた日の前日まではサーシャのことを凄く可愛がってくれていたのに……」
実の両親に会いたいという願いは俺にもあったから同じ願いを持っているとは思わず驚いた。とは言っても捨てられた子が考えることは大抵そんなところだとは思うが。
ただ、1つ引っ掛かる点がある。それは『捨てられる前日まで凄く可愛がってくれていた』ことだ。子供の事を邪魔だと思っているなら普段から態度に出るはずなのに。もしかしたら殺されたり事故にあったりしたのではないかと思えてくる。
俺はサーシャの苦い過去を突いてしまう恐れを抱きながらも当時のことを尋ねる。
「ひとつ聞かせてくれ、サーシャの実の両親はどういう風に消えたんだ? 家の物は置きっぱなしだったか?」
「家の物は家具とかはほとんどそのままだったけど、研究道具や古文書とかは綺麗さっぱりなくなっていたよ」
全く物が無くなっていなかったら拉致もしくは殺害された可能性がありそうだが、仕事に関わりそうな物だけが無くなっているのが気に掛かる、まるで夜逃げの様だ。
現時点の情報だけでは捨てられた可能性が高そうではあるものの、断定はできない。俺は最後の質問を投げかけた。
「サーシャは実の両親と会う事が出来て、いなくなった理由を聞けたとしたら、その後どうするんだ?」
「……正直分からない。もしかしたら何かしらの復讐をしてしまうかもしれないし、逆にどうでもよくなってあっさりと別れの挨拶を交わすかもしれない。その時になってみないと……」
「そうか、言いにくいことを聞いてしまってすまなかったな。結局のところ、現段階では実の両親がどういう経緯でいなくなったかは分からない状態だ。もしかしたら事故の可能性だってあり得る。そして俺が偉そうに言える立場じゃないんだが、憎しみに囚われるのだけは避けてくれ。俺は昔、顔も分からない両親を憎みに憎んで子供時代に沢山の時間を無駄にした。サーシャにはそうなってほしくない」
俺はサーシャの瞳を見つめてお願いする。サーシャは一瞬目が合ったが気まずそうに直ぐ視線を下に向けた。憎しみを原動力にしていたのだとしたら俺の言葉はきっと酷なのだろう。
サーシャは10秒近く俯いていたが、何かを決心したかのように目を大きく開いた後、笑顔で俺に約束してくれた。
「分かったよガラルド君。すぐには無理かもしれないけど、恨みを燃料にしてしまわないように努力するよ。それにサーシャにはガラルド君とリリスちゃんがいて毎日楽しいから人を恨んでいる時間もないぐらい皆と楽しい時間を過ごせると思うし」
「ああ、そうだな、一生懸命何かをしている時は辛かったことも忘れているもんだしな」
サーシャが晴れやかな笑顔を浮かべたところで丁度リリスが起きてきたから3人で晩御飯を食べる事にした。
リスのように頬を膨らませながら飯をかき込むリリスのおかげで一気に真面目な雰囲気は崩壊した。幸せそうで何よりだ。リスとリリス……何となく名前も似ているし今後はリスを見る度にリリスを思い出して笑ってしまいそうだ。
そして、俺達は晩御飯を食べ終えた後に就寝し、ジークフリートへの旅を再開する。
昨日と同じようにアイ・テレポートで蛇行する坂道を登っていき、霧海を越え、遥か下にある草原を見下ろしながら歩を進める。そして夕方、遂に俺達は『