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第42話 コロシアム翌日の話し合い




 ガラルド君の優勝で幕を閉じたコロシアム翌日の正午前、サーシャは待ち合わせの約束をしたギルド『ストレング』でガラルド君とリリスさんが来るのをまだかまだかと待っていた。


 サーシャがそわそわしていたのは2人が遅刻をしていた訳ではない。単に早く2人に会いたくて勝手に早く集合しちゃったからだ。いつの間にかサーシャの中で本当に居心地の良い場所になっていたみたい。


 そんな事を考えているとギルドの扉を開く音が鳴って視線を向けると、そこにはガラルド君の姿はなくリリスさんだけが立っていた。リリスさんは笑顔でこっちに手を振った後、サーシャの対面に座る。


「おはようございますサーシャさん。昨日の疲れはとれましたか?」


「おはようリリスさん。昨日のサーシャは少し多めにスキルを使っただけだから疲れは溜まってないよ。そう言えばガラルド君の姿が見えないけど何か知ってる?」


「私はいつものようにガラルドさんの寝顔が見たくて勝手に部屋へ侵入したのですけど、今朝のガラルドさんは疲れが抜けきっていないのか泥の様に眠っていたのです。ですので『昼過ぎまで寝ていてください』と強引に2度寝させておきました。なので、私達2人である程度話し合いを進めてしまいましょう」


 やっぱりガラルド君は相当疲れていたみたいだ。考えてみれば時間制限があるとはいえ1日に何試合も行っていたし、イレギュラーな襲撃もあった。


 最後の戦いでは体力と魔量の枯渇で気を失うまで戦っていたことも考えれば翌日普通に起きるのは難しいと思う。


 こういう時に強引に休ませるリリスさんの力強い優しさがサーシャは大好きだ。だからサーシャは率直な気持ちをリリスさんに伝えることにした。


「ガラルド君をしっかり休ませたり、困っている人がいたら何が何でも助けに行くリリスさんのそういうところがサーシャは大好きだよ」


「え、いきなりそんなこと言われると照れちゃいます、えへへへ」


 リリスさんはお手本の様に顔を真っ赤に染めている。こういうところもまた可愛いし、そんなリリスさんに凄く愛されているガラルド君は果報者だと思う。そして、サーシャは更に褒め続けた。


「ガラルド君にもそういうところがあるから2人は似た者同士でお似合いだと思うよ。だからサーシャはいつも応援してるよ」


「そんな、結婚だなんてまだ早いです、フヘヘヘ」


 結婚なんて単語は一言も言ってないのだけれど面白いからオッケーだ。


 綺麗な顔が台無しになる様な変な笑い方をしているリリスさんを楽しく眺めていると突然遠い目になったリリスさんは心配そうな表情でガラルド君のことを語り始める。


「でも、ガラルドさんは私よりずっと優しい人ですよ。むしろ優しすぎて不安になっちゃいます。私は自分の好きな人が傷つけられている時に牙を剥くタイプですけど、ガラルドさんは仲間、敵、善人、悪人、皆に優しいのです。ヘカトンケイルでは自分を見捨てた仲間を命懸けで守っていましたし、コロシアムでは自分を襲撃してきた人の将来まで心配する程ですからね」


 まさにリリスさんの言う通りだ。現にサーシャだって工場奪還の件でガラルド君の優しさに守られている状態だ。リリスさんは更に言葉を続ける。


「ガラルドさんがどんどん強くなって、多くの人に慕われて、皆の頼みに応えて、いつか遠い存在になってしまわないか心配なのです私。そして、きわめつけは昨日の決勝戦終盤……『あの状態』になっていたガラルドさんです。武舞台近くで見ていたサーシャさんも気付かれていますよね?」


 リリスさんが言う『あの状態』が何のことを示しているのかサーシャも分かっている。恐らく昨日ハンター寮に帰ってきた時にリリスさんの元気がなかったのも『あの状態』のことが気になって心配になっていたからだろう。


 サーシャはリリスさんの問いかけに答えを返す。


「決勝戦終盤にガラルド君の身体能力とスキル練度が跳ね上がって、その時にガラルド君がローブマンさんと同じ『緋色の眼』になっていたことを言っているんだよね?」


「……そうです。戦っている最中も不安になりながら見守っていましたが、戦いが終わった後にローブマンさんがフードをめくって瞳を見せてくれた時にはもっと不安になりました。ローブマンさんが悪い人だと言うつもりはありませんが、正直まだ怪しい人だとは思っています。それに超人的に強かったローブマンさんとの間に共通点があるならば、いつかガラルドさんが私達から離れて、同じ眼を持つ仲間の所へ行ってしまわないか……などと色々考えてしまって……」


 ガラルド君の故郷はディアトイルだけど、ご両親がどんな人なのかは捨て子だから現状分かってはいない。だからローブマンさんとは同族だったり何かしら関係性がある可能性は充分考えられる。


 もっとも一時的に『緋色の眼』になったガラルド君と違い、ローブマンさんは常時『緋色の眼』だったから、その点に違いはあるのだけれど。


 どんな風に言葉を掛ければいいか迷ったサーシャは頭を捻り続ける。その結果、いい考えが思い浮かんだ。


「ひとまず戦いの最中に緋色の眼になっていたことはガラルド君本人には伏せておいた方がいいと思うの。肉体的にも立場的にも負担が大きいガラルド君にこれ以上負担をかけない為にね。それと1つ良い考えを思いついたんだ!」


「良い考え……ですか?」


「うん、工場奪還が上手くいったら2人でこっそりお金を出し合ってガラルド君に強力なオーダーメイド武具をプレゼントしない? そうすれば、戦闘面でガラルド君の負担が減るし、工場があればきっと良い武具が作れるよ。サーシャのお爺ちゃんは優秀な鍛冶師だからね」


「それは良い考えですよサーシャさん! ガラルドさんはいつも戦闘で後衛の私達を守るためにボロボロになっていますからね。ガラルドさんを助ける絶好の機会ですよ」


 リリスさんはこぶしを振り回しながらとても喜んでくれている。提案して本当に良かった。出会ってから約50日程経っているけど2人っきりで話す機会はあまりなかったから、もっと仲良くなれた気がして嬉しい。


 いつもリリスさんがガラルド君にベタベタに甘えているから正直サーシャは羨ましく思っていてサーシャにも同じように甘えてほしいと願っていた。そのせいもあってかサーシャは気が付けばいつか言おうと思っていたお願いをリリスさんに伝えていた。


「リリスさん……これからはサーシャ達、さん付けで呼び合うのを辞めたいなぁって思うんだけどどうかな? リリスちゃんって呼びたいの、ダメ?」


 サーシャにしてはかなり勇気を振り絞ったと思う。自分でも分かるぐらいに顔が熱くなっている。サーシャのお願いにリリスさんはヒマワリみたいな笑顔を返してくれた。


「はい! 喜んで! 女神族は常に敬語を使って上品・丁寧な立ち振る舞いをするようにと女神長サキエル様から言われていたので人の名を呼ぶ時は『さん付け』を徹底していました。ですが、敬語はともかく敬称の指定はありませんから、これからはサーシャちゃんと呼んじゃいますね! サーシャちゃん! サーシャちゃん! サーシャちゃーーん!」


 今度は体を上下させながらワンちゃんの様に喜んでくれている。勇気を振り絞って本当によかった……。





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