閉会の言葉を聞き、観客が帰ったところでコロシアム上位8名へ賞金の受け渡しが始まった。
各上位入賞者に賞金が渡されていき、準優勝者であるローブマンへ渡す番になったところでローブマンが俺に質問してきた。
「ガラルド君が設立するギルドはどのくらいのお金がかかるんだい?」
「いきなりリアルな質問だな。そうだなぁ、最低規模のギルドだとしても2000万ゴールドはかかるだろうな」
「じゃあ、優勝賞金3000万ゴールドで充分足りそうだね」
「いや、実は仲間との約束で取り戻さなければいけない鍛冶工場があってな、それを先に取り戻すために2000万ゴールド消費することになるから、まだ半分近く足りないんだよ」
「ふむふむ、なるほど」
ローブマンは何やら指折りしながら計算をした後、貰った1500万ゴールドが入った箱をいきなり俺に手渡ししてきた。困惑する俺達を尻目にローブマンが真意を語る。
「僕の賞金1500万ゴールドをあげるから工場奪還とギルド設立の両方をやっちゃってよ。どうせ僕がお金を持っていても使う機会も場所もないし。それにガラルド君にはいち早く成長してもらって魔獣の活性化に備えてもらいたいしね」
「ええぇっ! いやいや、気持ちはありがたいが流石に貰う訳にはいかないだろ」
首を激しく横に振って断る俺だったが、そっと近づいてきたローブマンは俺達のパーティーとシンにだけ聞こえる様に小声で呟く。
「これはハンター達に知っておいてほしいのだけど、魔獣の大軍は大まかに分けて2つの勢力があって90日毎に人里を襲う大軍と80日毎に襲う大軍があるんだ。ヘカトンケイルを攻めてきたのは90日周期で襲う方の勢力だね。次もまた90日毎に、どこかの町が魔獣に襲われるはずだ。そして、その確率は南方と港町ほど高くなるし、複数の町が同時に襲われる可能性だってある。1日も早くギルドを設立して備えた方がいい」
ローブマンは再び意味深な事を言い放つ。そして、おもむろに自身の手帳を見せて、世界各国の襲撃履歴が見事に80と90の倍数に合致していることを証明してみせた。
今はもうローブマンがでたらめなことを言っているなんて否定する気はない。だが、それにしたって時間があまりにも具体的すぎる。
俺は再度ローブマンに尋ねる。
「お前は本当に敵じゃないんだな?」
「さっきも言ったけど『ガラルド君の味方』だよ」
相変わらず煮え切らない言い方をするローブマンは更に小声で話を続ける。
「魔獣活性化の理由、僕の正体、真実の歴史、今よりもっと強くなる方法、それら全てを知りたかったら遥か南東にある『死の海』を越えた街『イグノーラ』へ行くといいよ。そこで過去に五英雄と呼ばれた人達の伝承を追うことをお勧めするよ。そうすることでガラルド君とリリス君がどんな人間なのかも分かるはずだ、と言ってもリリス君は女神族だったっけ?」
なんとローブマンはリリスの正体まで知っていた。俺以上に驚いたリリスが慌てて詳細を尋ねる。
「どうして私が女神族だと知っているのですか? ごく一部の人にしか教えていないのに」
「僕が何故リリス君の正体を知っているのかという事も『イグノーラ』に行けば分かるかもしれないよ? わざわざ情報を断片的に伝えているのは僕がひねくれ者だからじゃない。重大な事実は自らの手で触れる方がいいと思っているからだよ」
「……分かりました。全てはイグノーラにある、ですね」
「その通り。ただ、現状イグノーラに行くには遥か南東の『死の海』を超えるしか方法がないから準備はしっかりしていくようにね」
『死の海』とは海における全ての嵐と危険が集約すると言われている危険地帯だ。ここ20年ぐらいの記録では、死の海から帰ってきた船は1隻も無いと言われている。そして長い歴史の中で沈んできた船の数はゆうに100を超えているらしい。
一応他にも『イグノーラ』に行く手段として遥か南方にある『死の山』と呼ばれる山岳地帯を経由する方法もあるのだが『死の山』は『死の海』以上の危険地帯で入山したら最期と言われている。生きて帰ってきたという報告は長い歴史の中で1度もないらしい。
『死の山』は魔獣の総本山とも呼ばれていて、魔獣の数も桁違いに多いらしい。
俺の故郷ディアトイルはまさに『死の山』のすぐ北隣に存在する村であり『恐ろしい地のすぐ隣で魔獣の遺棄した物で生計を立てている』点が多くの人から嫌われている1番の理由なのだろう。
危険性を考慮すると結局は地獄を選ぶか大地獄を選ぶかという話になり、死の海を越えるという方法を選ばざるを得なくなる。しっかり準備していくようにと念を押すローブマンの言葉にも納得だ。
今のところ『死の海を越える準備』『工場奪還』『ギルド設立』『魔獣襲撃に備える』等々、やることは山積みだ。猫の手も借りたいぐらいに人手が足りない。俺はダメもとでローブマンにお願いすることにした。
「ローブマンはこれからどうするんだ? もしよかったら俺達と一緒に活動しないか?」
「嬉しい誘いだけど遠慮しておくよ。僕は暇そうに見えて意外とやらなきゃいけないことが沢山あるからね。それに僕みたいな奴はシンバード以外の人里では何かと行動が取り辛いからね」
「シンバード以外では行動し辛い? どういう意味だ?」
「その言葉の意味はガラルド君とパーティーメンバーだけに教えてあげるよ。ちょっとこっちに来てくれるかい?」
そう言ってローブマンは少し離れた位置に俺達を手招きする。他のコロシアム受賞者や大会関係者が談笑している間にローブマンは数秒だけ顔を隠していたフードを上げて、素顔を俺達3人に見せてくれた。
ローブマンの素顔は戦いの最中にも多少は見えていて、少し影のある中世的で丸い目をした優男という印象だけだったが、改めてフードを上げた姿を見せられた俺は驚かされた。なんと瞳の色が緋色だったのだ。
俺は今までハンターとして旅をし、色々な町や民族を見てきたが、こんな人間は見た事がない。髪や肌の色はもちろん、瞳の色も民族によって多少は違いがあるものの、夕焼けの様に綺麗なその瞳は物語の中でだって見たことがない。
ローブマンがずっとフードで目元を隠していたのは、影によって瞳の色を暗く見せる為だったのだろう。ローブマンは再びフードを被ると自嘲気味に語る。
「この瞳じゃ何かと珍しがられたり気味悪がられたりしちゃってね。ぶっちゃけるとディアトイル出身者以上に蔑まれてきた過去もあるんだ。そういう意味ではガラルド君と通じるものがあるかもしれないね、アハハ。信用商売でもあるハンター業で気味悪がられてちゃ何かと仕事がやり辛いし、僕には向いてないよ」
ローブマンが度々『ガラルド君の味方』と言ってくれていたのは、異端仲間だからという意味もあるのだろうか? まさかこんな形でローブマンに親近感が湧くとは思わなかった。
明るい性格に見えたローブマンにこんな悩みがあったことは残念ではあるけれど、どんな人間でも受け入れてくれるシンバードならきっとハンター業をやっていける筈だ。改めてローブマンに説得を試みることにした。
「シンバードを中心にハンターをすれば大丈夫なんじゃないか?」
「さっきも言ったけどハンターは信用商売であり、交流が盛んな仕事でもあるから、シンバードにしか居られないのは辛いと思うよ。それに僕にはやらなきゃいけないことが他にあるから……ごめんね」
「どうやら決意は固そうだし今回は諦めるとするか。ただ俺達はいつでも歓迎してるから気が向いたらいつでも俺達のギルドを訪れてくれよな」
「うん、ありがとね。それじゃあ僕はそろそろ次の場所へ向かうとするよ。また次にガラルド君と会える時を楽しみにしているよ。それじゃあね、バイバーイ!」
ローブマンは賞金を俺達の前に置き、彼らしい軽い挨拶で消える様に去っていった。
※
そして、俺達は準優勝・優勝両方の賞金を受け取り、ハンター寮へと帰宅した。長い長いコロシアムが遂に幕を下ろしたわけだ。
ハンター寮の玄関前で止まった俺達3人は今日一日を振り返っていた。パープルズのこと、レナとの準決勝、ローブマンとの熱戦、ローブマンが教えてくれた情報、1日に詰め込むにはあまりに濃すぎて自分でも笑えてくるぐらいだ。
3人で勝利を喜び合っていると、話題はローブマンの素顔の話へと移った。
「そういえばローブマンの瞳にはビックリしたな。世界には色んな人がいるんだなぁ、と思うと同時に特異な人間が迫害されない世界が早く訪れないかと願うばかりだぜ。もしローブマンと同じような人が暮らす町とかがあればローブマンも暮らしやすいだろうけど、2人は噂とか伝承とか聞いたことはないか?」
「サ、サーシャは無いかな。伝記とか伝説とか調べるのは好きだから、有力な情報が掴めたら教えるね」
「私は……」
何故かリリスは下を向いて言い淀んでいる。疲れているのか、それとも何か言い辛い情報でもあるのだろうか? 俺は話を終わらせやすいように自分なりに気を遣ってリリスへ言葉を掛ける。
「どうしたんだリリス? もしかして疲れているのか? もしそうなら、直ぐに部屋へ戻って休むといいぞ」
「いえ……大丈夫ですよ。そうですね、私も緋色の瞳を見たのは今日が初めてですね」
やはり元気がないというか何かを考えこんでいるように見える。しかし、追及するのもよくない。俺はサッと明日の集合時間と場所を伝えて、今日は早めに話を切り上げて解散する事にした。
「そうか、じゃあ俺は疲れたからそろそろ部屋に戻って寝るとするぞ。今日一日、2人には本当に助けられた。また明日からもよろしくな、それじゃあおやすみ」
「こちらこそ頑張ってくれてありがとうだよ、おやすみ、リリスさん、ガラルド君」
「お疲れさまでしたサーシャさん、ガラルドさん、おやすみなさい」
そして、俺達3人は各々自分の部屋へと帰っていった。さあ、明日からはやらなければならないことが盛り沢山だ。期待と不安と達成感が混ざり合った不思議な感情を抱えたまま、俺は目を閉じる。
最高の1日、最高の勝利だった。今晩は素晴らしい夢が見られそうだ。