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第38話 多くを知る男




 戦士控室に戻った俺達は決勝戦に向けて最後の確認と体力回復を行っていた。


 サーシャは忌み黒猫のブラック 拒絶リジェクションズのスキル『アクセラ』を全力で開放し、俺の体力回復に努めてくれている。俺が元気になっていくのと引き換えにサーシャは大きく息を切らしていた。


 見ているこっちが心配になりそうだったが、息切れしつつもサーシャはとても充実した笑顔を浮かべながら俺の背中を押してくれた。


「ハァハァ、サーシャのことは気にしないで。パープルズを抜けて胸のつかえを下ろすことができたあの日から初めてスキルで援助できていることが堪らなく嬉しいの。ハァハァ……だから倒れたって構わない。ガラルド君を援護させて」


「サーシャ……ありがとな。今の俺の元気はサーシャから渡されたバトンに等しい。必ず優勝まで繋いでみせるぞ」


 俺の決意表明にサーシャは無言の笑顔で頷いた。


 一方リリスは1回戦からのローブマンの動きを自身の身体で芝居のように表現しながら教えてくれた。サーシャとは対照的に下手糞な踊りみたいにシュールな動きを見せるリリスに笑いそうになる。だが真剣なリリスを笑ったら怒られてしまうだろうから必死に我慢した。


 そして、リリスなりに感じたローブマンの動きの癖を言葉で教えてもらったところで決勝開始3分前の鐘が鳴る。俺は肩を回しながら自身のコンディションを確認した。


「サーシャのおかげで疲れが嘘みたいになくなってるぜ。それに準決勝でできた痣もリリスの回復魔術で消えているし痛みもなくなってる。よし、全快だ! ありがとな2人とも、それじゃあ行ってくる」


 戦士控室を出て、廊下を進んでいくと武舞台手前でシンとストレングとリーメイが立っていた。『頑張ってこい』という意味を込めて、三3は俺の背中を軽くたたいて送り出す。


 シンバードのトップ、師匠、ライバルギルドのトップ、観客、そしてパーティーの仲間たち、沢山の人が俺を応援してくれている。その事実が俺を過去1番に集中させてくれる。


 俺が武舞台の階段を上がりきると先にローブマンが待機していて笑顔でこっちに向かって手を振っている。


 俺はローブマンに一言「さっきは助けてくれてありがとな」と礼を言うとローブマンは一層口角をあげた笑顔を返してきた、フードで隠れているがきっと目元も笑っているのだろう。


 そして俺達は大歓声を浴びながら司会の紹介を聞いていた。


「さぁいよいよ待ちに待った決勝戦です! オッズでは7対3でローブマン選手が優勢ですが、波乱続きの今大会、勝利の女神がどちらに微笑むかは最後の最後まで分かりません! それではお互い準備はよろしいですか?」


 そもそも3割も俺に賭けてくれていること自体が驚きだし嬉しい。司会の確認に俺もローブマンも無言で頷く。


「では……ガラルド選手対ローブマン選手 決勝戦……始め!」


 司会の合図のもと、遂に決勝戦が始まった。俺はローブマンの出方を伺いつつ、両手に棍を構えて防御主体の姿勢をとった。


 しかし、ローブマンは防御の構えも関係なしにいきなり跳び蹴りを放ってきた。お互いの開始位置にはそれなりの距離があったがローブマンは一跳びで俺の目の前に到達する。


 とんでもない跳躍ではあるが跳んだ位置からここまで距離もある。動きも大雑把なおかげで、何とか上体を横に逸らして回避に成功する。


 真っすぐ飛んできたローブマンはそのまま俺の後方へ飛んでいった……かと思ったが、突如足から魔力を放出したローブマンは空中で急ブレーキをかけた。


 勢いよく飛んだ体を魔力の放出だけで制止するなんて見た事も聞いたこともない。とんでもないことを平然とやってのけるローブマンに頭が真っ白になりそうだったが、困惑する余裕すらローブマンは与えてくれない。


 ローブマンは空中停止後すぐに俺に向かって踵落としを放ってきた。まるでギロチンが降ってくるかの如き恐怖に駆られた俺は反射的に両手で棍を広げてガードした。


 ローブマンの踵落としの速度は凄まじく、構えていたはずの棍は手元に振動を感じる暇もないまま地面に叩きつけられた。バウンドした棍はそのまま真上へと跳ねあがり、4階席の高さまで上昇する。


 叩きつけられた武器がここまで跳ねる姿を俺は今まで見た事がない。そもそも棍は跳ねる物ではないのだが。


 あまりの威力に一瞬放心状態になってしまった俺は慌ててバックステップで距離を取る。しかし、ローブマンは何故か追撃してこなかった。


 踵落としを辛うじて避けられて、追撃もされなかった……一瞬にして2度命拾いした事になる。俺はローブマンに何故追撃してこなかったのかを尋ねる。


「聞かせてくれローブマン。俺が棍を手放した瞬間、何故追撃をしてこなかったんだ?」


「ガラルド君の力を全て見てから倒したいからだよ」


「……どうやら舐められているみたいだな」


「舐めてなんかないよ。100%の力を出した君に勝たないと僕自身納得が出来ないからね。それと今後の為にガラルド君の全力を知っておきたいんだ」


「今後の為? どういうことだ?」


「話してばかりじゃ観客を退屈させちゃうから、戦いながら説明させてもらうね。行くよ!」


 そう言うとローブマンは再び俺に向かって攻撃を仕掛けてきた。大振りなパンチは人の手から出たとは思えない程の風音を鳴らしている。


 大振りゆえに寸でのところで躱すことができたが、ローブマンは続けて2発、3発とパンチを繰り出してくる。


 1発当たるだけで終わってしまいそうなぐらいに威力のあるパンチを必死に捌いていた俺だったが、ローブマンは息一つ乱していない。それどころか殴りながら落ち着いたトーンで話を始める。


「僕がさっき『今後の為』と言ったのは大きな括りで言うと人類の未来の事を言っているんだ」


 人類の未来? いきなり訳の分からないことを言うな! と言い返してやりたかったが、パンチを捌くのに精一杯で何も言い返す余裕はない。ローブマンは更に話を続ける。


「最近魔獣が活性化しているだろう? これには色々と理由があってね、今後は南方の国々や海洋国家を中心に強い魔獣に襲われ始めるだろうね」


 俺は目の前に迫る拳撃の嵐とローブマンの言葉で混乱していた。


 シンバードやヘカトンケイルのトップでも知らない魔獣活性化の原因を何故ローブマンが知っているのか? 何故南方の国々と海洋国家から先に魔獣が活性化するのか? 話が全く読めない。


 ローブマンがどこまで知っているのか、それともでたらめを言っているのか、ローブマンは一体何者なのか、聞きたいことが山の様に脳内に溢れ出す。


 それでも時間は流れ続け、ローブマンの拳撃と俺の防御は続く。


 戦況的な意味でも、質問を投げる意味でも、今はローブマンの動きを止めなければいけない。俺はリリスとの打ち合わせで見つけた数少ない打開策に移る為、ローブマンの拳だけではなく口元にも注目した。


 試合前にリリスが教えてくれた情報によると、ローブマンは動きが大雑把なだけではなく、強力な攻撃を仕掛ける時には口角が大きくあがる特徴もあるらしい。


 1つ1つ丁寧に拳撃を捌きながら、その瞬間を待ち続ける。そして、待つこと十数秒……ローブマンの口角が上がる瞬間が訪れた。俺は自身の拳にありったけの魔力を込めて、スキルを解き放った。


「今だ! サンド・インパクト!」


 最小限の足運びでローブマンの拳撃を躱し、俺は自身の拳に纏わせた高密度の回転砂をローブマンの腹部へと叩き込む。


「ぐふっ!」


 今日初めて聞いたローブマンのうめき声とともに拳に確かな手ごたえを感じた。分析してくれたリリスには感謝しかない。ローブマンの体は後ろへ大きく吹き飛んでいった。


「ローブマン選手ダウン! 10、9、8」


 司会がノックダウンのカウント始めると同時に歓声が沸き起こった。コロシアムの声援も体感ではあるが半々ぐらいになっている気がする。


 たった1撃ではあるが当てる事ができたし、少しずつ順応できてきているのかもしれない。このまま起き上がらないでくれと祈ったが、ローブマンは倒れた状態から手を使わずに体の反動だけで勢いよく起き上がった。


 ローブマンはまだまだ元気そうで残念極まりない。司会がカウントダウンを止めると、ローブマンは腹をさすりながら言った。


「いやぁ、凄い1撃だったね。お腹が削り取られるかと思ったよ。僅かな時間で僕のスピードに順応してきている。それにサンド・インパクトだっけ? アレを放ってきた時は明らかに身体能力が跳ね上がっていたよ。少しずつ力の開放が出来てきているようだね」


「力の開放? 何のことだ?」


「しまった……ちょっと喋り過ぎたかな、今の言葉だけは忘れてくれないかな」


「お前はずっと訳の分からないことばかり喋っていて気が散ってしょうがねぇよ。だから1つだけ質問させてくれ。お前は人類の敵か?」


 俺の問いかけに数秒沈黙したローブマンは、何かを考え抜いた後に1つの答えを返す。


「少なくともガラルド君の味方ではあるよ。だけど僕はひねくれ者だから、そう易々と情報は話したくないなぁ。だけど同時に僕は強い人間が好きなタイプだから特別にガラルド君が勝てば大事な情報のヒントを2つ教えてあげるよ、その1つはガラルド君の出生に関わる話だ」


「な、何だと? でたらめを言うな!」


「ガラルド君は赤ん坊の頃に呪われた地で捨てられていたのを拾われたんだろ? つまり周りの大人からはそれ以降の情報しか教えてもらっていない訳だ。赤ん坊だから当然誰がどんな風にディアトイルへやってきて君を捨てたかなんて記憶はないはずだ。だけど僕はその情報を知っている」


 俺が捨てられていた子供だと言うことはディアトイルの人間を除けばリリスにしか言っていない。ディアトイルの人間が外に出る筈はない以上、ローブマンの言っていることがでたらめではないことが証明された。


 その後もローブマンは話を続ける。


「ガラルド君はヘカトンケイル地方ではハイオーク、ガルム、オーガと死闘を繰り広げて、シンバードではドラゴンニュートとも戦ったよね? こんなにハイレベルな魔獣と数多く短期間で接触したのは魔獣活性化が原因だ。そんな危険な戦いを新人ハンターであるガラルド君が勝ち残ってこられたのも偏に君の出生が影響していると言えるよ」


 ローブマンはヘカトンケイルでハンターをしていた頃の事まで知っているようだ。ここまで色んな事を知っている以上、この男はきっと俺の人生に大きな影響を与えかねない奴ってことだけは確信が持てる。





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