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第37話 もう一つの準決勝




 俺はリリス、サーシャと合流し、ローブマンの準決勝を見学しに観客席に行った。本当は休憩室で少しでも多く休んだ方がいいのかもしれないがローブマンの戦いを出来るだけ見学して、戦いっぷりをこの目に焼き付けておきたい。幸運にも最前席に座れたことだし。


 司会が選手紹介をしている間にリリスにローブマンの戦闘スタイルを尋ねた。


「リリス、ここまでローブマンの試合を見てきて奴の戦い方や弱点は掴めたか?」


「……正直、よく分からなかったです。いや、ある意味よく分かったとも言えますし、弱点だらけとも言えますね」


「どういうことだ? 煮え切らない言い方だな」


「何というか、ハンターや兵士の様に最適化された動きをしていないのです。まるで子供が無邪気に運動しているかのような。フェイントもなければ動きも大振りで隙だらけで……ですが、それを補って余りある程に身体能力が高いのです。技術の荒さも圧倒的な運動能力の前にはかないません。今まで戦ってきた人は全員手も足も出ませんでした……」


「俺はローブマンが動くところを1度しか見てないが確かにとんでもなく速かった。こうなったら予備動作で動きを予測するしかなさそうだな」


「そうするしかなさそうですね。それと、あと1つ残念なお知らせがあります。何とローブマンさんはここまで1度も魔術やスキルを使っていません。全て肉弾戦だけで勝ち上がってきてます」


「……勝てるビジョンが浮かばなくて頭が痛くなってきたな。それでも頑張るしかないが」


 俺が少し落ち込んでいると後ろの席にいるサーシャが俺の背中に手を当て、励ましながら忌み黒猫のブラック 拒絶リジェクションズで俺の体力回復を早めてくれた。


「大丈夫、ガラルド君ならきっと勝てるよ。厳しい特訓、ドラゴンニュートとの戦い、準決勝、全部諦めずに乗り越えてきたんだもん。サーシャは信じてるよ」


 サーシャのストレートな言葉に俺の心と体が熱くなる。心なしか心臓の動きが早い気がするし、顔も熱い気がする。これは黒猫の加速のせいだと信じたい。


 そんな俺の状態を察したのかリリスが頬を膨らませて愚痴をもらす。


「サーシャさんが優しくて可愛いからってデレデレしないでくださいよガラルドさん。私だって何か……正妻としてグッとくるサポートしちゃうんですから」


「誰が正妻だよ、それに何も具体性がないぞ。そんなこと気にしなくてもリリスにはいつもしっかり支えてもらっているんだから心配するな」


「え? やだ、照れます……えへへ」


 ちょろい……じゃなくて素直なリリスを鎮めることが出来たところで、ローブマンの試合開始を告げる鐘が鳴る。


 ローブマンの対戦相手はストレングと同じぐらいの体格をもつ拳闘士のようだ。拳闘士はステップを踏みながら徐々にローブマンへと近づいていく。


 一方、ローブマンは試合に集中していないのか観客席をぐるりと見回して何かを探しているようだ。その様子にイラついた拳闘士はローブマンへ忠告する。


「アンタ、よそ見していると痛い目にあうぜ」


「忠告ありがとう、でも僕は準決勝を先に勝ち上がったガラルド君が観客席にいないか探しているんだ。次の決勝で戦う事になるからね」


「もう勝ち上がった気になりやがって……舐めてやがるな」


「舐めてなんかないよ、君が充分強いってことは、ここまで勝ち上がってきた実績が証明しているからね。あ! ガラルド君発見! おーいガラルド君! この戦いを勝って決勝に行くから楽しみにしていてね~」


 なんとローブマンは試合中にも関わらず完全に背中を対戦相手に向けた状態で客席の俺に手を振っている。ローブマンの後方で完全にキレた拳闘士が走って距離を詰め、後頭部めがけて拳を振り下ろす。


 誰もがクリーンヒットしたと思っただろう。だが、恐ろしい事にローブマンは後ろを確認せずに拳闘士の動きを察知し、背を向けたまま難なく拳闘士の拳をキャッチしてしまった。


 ローブマンは踏ん張りのきかない棒立ちの体勢にかかわらず拳闘士のパンチをガードではなくキャッチしている。更にはそれを後ろ向きで成功させたものだから俺を含む全ての客はローブマンの勝利を確信しただろう。


「良いパンチだ。それに君の拳をキャッチして分かったが、相当な訓練を積んできたようだね。手を触って分かったよ」


「グゥッ! は、離せ!」


「また、どこかで試合ができることを楽しみにしているよ。それじゃあすまないけど、今回はここまでにして場外へ行ってもらうね」


 そう宣言したローブマンは拳闘士の拳を握ったまま腕を上げ、拳闘士の身体ごと真上へ持ち上げた。まるで質量を感じさせないような軽々しい持ち上げっぷりに背筋が冷たくなるのを感じる。


「ばいば~い、ポイッ!」


 そしてローブマンは拳闘士を場外方向へ投げた。軽々しい口ぶりとは裏腹に拳闘士の体は打ち上げられた大砲の様に放物線を描き場外に着地した。


 武舞台の中央から端まではそれなりの距離があるにも関わらずとんでもない腕力である。言葉を失った司会は数秒間の沈黙の後に我に返り、試合終了を告げる。


「し、勝者ローブマン選手!」



 ――――ワアアアアァァァァァ――――



「これより20分の休憩後にガラルド選手対ローブマン選手の決勝戦を始めさせていただきます! 賭けを行う方はお早目の手続きを!」


 司会が次の予定と賭けを促し、コロシアムの盛り上がりは最高潮だ。


 とんでもない試合を見せたローブマンに大歓声を送る観客たちだったが、それとは逆に俺達は唖然とし、口数が少なくなっていた。声を震わせながらリリスがローブマンに言及する。


「準々決勝まではずっと手を抜いているのは何となく分かっていましたが、まさかここまでとは。正直底が知れないですね……」


「でも、やるしかねぇ。とにかく近づくのを避けながら戦って、ローブマンの雑な動きを見切って活路を見出すしかないか」


「そうですね、私なりに集めたローブマンさんの動きの情報をできるだけガラルドさんにお伝えしておきたいので、早く作戦会議を始めましょう」


 俺達は不安を胸に抱えつつ、客席を後にし、控室へと移動した。





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