フレイムとの2回戦を終えた俺達はその後も順調にトーナメントを勝ち上がっていった。3回戦と4回戦に戦った相手は正直フレイムやブレイズよりも弱かったことを考えると、あの2人はそこそこ強い方なのかもしれない。
きっと俺があまりにも強すぎるのだろう……なんて調子にのっていたら痛い目にあうだろう。勝つたびに自身を戒めていた。
とはいえ気がつけば準決勝まで駒を進めており、この時点で賞金750万ゴールドは確定している。そのことを考えるだけで頬が緩んでしまう。
そんな俺の心理状態に気づいたのか、近くにいたストレングが釘を刺す。
「ガラルド、ここからは今まで以上に気合を入れろ。準決勝の相手はギルド『リーメイ』所属の大型ルーキー 魔術師レナだ」
「レナ? 魔術師? 名前的に女性っぽいな。近接有利の闘技大会に女性魔術師が出るのも珍しいな」
「そうだな、ワシの調べた限りだと128名の参加者のうち女性は僅か10名で魔術師として登録されているのはレナだけだ。1対1の狭いエリアで戦うルール上、普通なら体格・筋力・スピードで勝る男性のファイター系が有利にはなるが、相手はなんせ『リーメイ』の部下だ、警戒するに越したことはない」
何やら『リーメイ』所属というだけでストレングはとても警戒している気がする。その理由を尋ねるとストレングは渋い顔をしながら答える。
「リーメイとは同じ四聖同士だから一緒に仕事をすることが多かったのだがワシとは色々と真逆の奴でな。手玉に取られてばかりだった。ワシが本能で真っすぐ進むタイプなのに対し、リーメイはいつも飄々としていて掴みどころがない」
俺は30日ほど前、特訓中に1度だけリーメイに声をかけられたことがある。その時に『暑苦しいストレングの所なんて抜けて、美しいリーメイお姉さんのギルドにおいでよ』とふざけながら勧誘されたことがある。
自画自賛するだけあってリーメイは確かに綺麗だった。『青髪に涼やかな目をした細身の綺麗なお姉さん』だったから、お言葉に甘えて地獄の特訓から抜け出し、亡命しようかと3秒ほど考えたけれど、後が恐いから丁重に断った。
あの時の印象からも何となく豪快で真面目なストレングとは合わないだろう、というのは理解できる。そして、ストレングは更に愚痴を続ける。
「戦闘スタイルもワシが『剛の剣』と呼ばれているのに対し、あいつは『柔の剣』と呼ばれ、何かと比較されてばかりでな。模擬試合でもほとんど負け越している。だからせめて弟子対決だけでも勝ちたいんだ、頼んだぞガラルド!」
モロに私情を挟んでいるが、ストレングには色々と世話になっているから恩返しがしたいと常々思っている。そういった意味で今回の戦いはチャンスかもしれない。ストレングの頼みに俺は首を縦に振った。
そして、準決勝の時間がやってきた。武舞台に上がると、リーメイを幼くしたような少女レナが既に立っていた。
遠目から見ると間違ってしまいそうな程に似ている彼女はリーメイより少し目が丸っこくて小柄な点以外はそっくりだ。そんな彼女はこっちを見てにっこりと微笑んだ。
司会が選手紹介をして盛り上げている間、レナが俺に話しかける。
「よろしくねガラルド君、私はか弱い女の子だから手加減してね」
「準決勝なのに冗談を言えるぐらい余裕があるんだな。飄々とした態度は師匠ゆずりか?」
「リーメイさんのことを知っているんだね。確かに性格も見た目も似ていると言われることが多々あるよ。親族でもなんでもないんだけどね」
「ふむ、そうなのか。まぁリーメイさんの身内だろうと女の子だろうと手を抜くつもりはないから諦めてくれ」
「ちぇっ、じゃあ真面目に一生懸命戦うとしますか」
へらへらとした態度から一変、レナは杖を構えると同時に真剣な表情をみせる。
いつの間にか司会の紹介も終わっていて、試合が始まろうとしていた。
「準決勝 ガラルド選手VSレナ選手――――始めッッ!」
試合開始と同時にレナがバックステップで距離を取った。魔術師だから接近戦を避けるのは当然ではあるが。
しかし、俺には一気に距離を詰める技『サンド・ステップ』がある。相手のペースにさせる前に俺はサンド・ステップでレナに近づく。
しかし、レナは高速で近づいてくる俺に焦ることなく、冷静かつ高速で魔術を唱える。
「アイスロープ!」
レナが魔術を唱えると、俺とレナの間から突如大きな氷の円錐がせり上がってきた。既に加速していた俺は止まる事ができず、坂をつるりと滑りながら登り、そのまま空中へ放り出された。
まるで射出されたかのように飛んでいってしまった俺の体はこのままだと場外に落ちてしまう。焦った俺は空中に
開始10秒で場外負けするところだった……。ヒヤヒヤした俺は場外を防ぐことが出来た安堵感で一瞬気を抜いてしまいレナはそれを見逃さなかった。彼女は空中にいる俺に向かって氷の
空中で身動きがとれず防御も遅れてしまった俺はまともに氷の
空中で氷の
しかし、レナは攻撃を仕掛けてくることはなかった。それどころかこちらを見てクスクスと笑っている。少し馬鹿にしているように感じた俺はレナに笑っている理由を尋ねる。
「何を笑ってんだ? 随分余裕じゃないか」
「ああ、笑ってしまってごめんね。随分と非効率的なスキルの使い方をしていたからつい」
スキルってことは網目状の
「ガラルド君のスキルは『回転砂』なんだよね? だったら回転させずに浮遊させているだけでは充分な強度を保てないんじゃないかな?」
確かにレナの言う通りだ。俺はリリスに出会ってから自身のスキルが『回転砂』であることに気づく事ができた。逆に言えば特性を知らずにハンターをしていた期間の方がずっと長かったせいもあり、未だに効率の悪い使い方をしてしまう時がある。
レナの忠告通り今すぐ砂を回転させようと思ったけれど、俺が動くよりも先にレナの水魔術が解き放たれる。
「行け! ウォーターボール!」
レナの手から放たれた水の球は直径が俺の背よりも大きく、射出も速かった。何とか俺の砂壁で防ぐことが出来たが砂壁はほぼ全て崩壊し、飛び散った水が大量に俺の体へとかかる。
そして、この状況こそがレナの狙いだった。レナは再び俺に向けて氷の
今度は周りに飛び散ってしまった
その影響で防御が間に合わなくなり、氷の
「うぐぅッ!」
吹き飛ばされた俺は背中から地面に倒れ込んだ。追撃がくる可能性を考慮して備えなくてはいけないが、現状何故か
こうなったら棍で防御するしかない! とすぐさま立ち上がると、案の定レナは既に氷の
「押し出しちゃえ! アイスクラッシュ!」
レナの詠唱通りに沢山の氷の
あと少しで場外に押し出されてしまう……万事休すかと思ったその時、氷の
硬さと速さと物量を兼ね備えた魔術をあれだけ連発していれば無理はないのかもしれない。俺はこれをチャンスと判断し、すぐさまサンド・ステップで距離を詰め、棍でレナを叩きにいく。
「喰らえ!」
「甘いよ! アイスウォール!」
魔術が唱えられると同時に、まるで筒のようにレナの周囲を氷の壁が包みこんだ。俺の棍は間に合わず、氷の壁に弾かれてしまう。
棍に
レナが氷の壁に囲まれている今なら攻撃が飛んでくることはないと判断した俺は先程散らばった
すると
さっきレナが放った『ウォーターボール』という魔術で濡らされた訳だ。もし仮に『オイルボール』とでも叫んでくれていれば直ぐに察しがついたかもしれないが、対人戦の場合ブラフを混ぜるのも立派な戦略となる。
とは言っても、違う技名や魔術名を叫ぶと妖精の加護が受けられず威力や効力は下がってしまうデメリットもある訳だが。
俺は散らばっている
氷の壁越しに俺を見ていたレナは息を整え終わったのか頼んでもいないのに自分の戦力について語り始める。
「どうだったかな私の偽ウォーターボールは。透明だから本当にただの水に見えたでしょう? それに加えてガラルド君のサンド・ステップを受け流し、反撃だって氷壁で止める事ができたんだ、凄いだろう? 私の優秀な魔術と戦術を褒めてくれてもいいよ」
「褒めたくはないが正直褒めざるを得ないな。まるで俺の事をよく研究しているかのような戦い方だ」
「まぁガラルド君の戦闘情報については結構知っているつもりだよ。だから
「…………」
「そして1度に出しておける総量も限界がある。魔力を消費して
レナは俺の能力をあまりにも知り過ぎている……。偽ウォーターボールも『動きを遅く出来ればいいな』と運だよりで放ってきたものではなく、しっかりと俺の能力を熟知したうえで放ってきている。
そして身内でしか使っていない『
「何故レナは
「まさにガラルド君の身内に教えてもらったから知っているのさ」
「何だと?」
レナの言葉に俺は今日一番驚かされた。身内の中に俺の情報を流した裏切り者がいるのかと頭が真っ白になりそうだったが、レナはそれを否定する形で言葉を続ける。
「ああ、誤解の無い様に言っておくけどガラルド君の仲間が裏切った訳じゃないよ。数日前に私とリーメイ師匠とストレングさんの3人が酒場で飲んでいてね。リーメイさんの口車に乗せられたストレングさんが飲まされてベロベロに酔っぱらって寝ちゃったんだ」
「まさか寝言で?」
「半分正解かな。リーメイさん曰く『ストレングは酔っぱらうと
もうギルド『ストレング』を辞めた方がいいだろうか……俺は頭が痛くなってきた。リーメイさんもリーメイさんだがストレングもストレングだ。今後一切酒は飲まないでもらおう。