パープルズとの話し合い……改め口喧嘩から一夜明け、俺とリリスはギルド長ストレングからコロシアムに向けての武術指導を受ける為にギルド長室へ向かった。
部屋にはまだストレングは到着しておらず、サーシャがいるだけだった。俺は朝の挨拶とともにサーシャの現況を尋ねた。
「おはようサーシャ、昨日は色々あったがアクア達に何もされてないか? 睡眠もしっかりとれたか?」
「おはようガラルド君、リリスさん。昨日の話し合いの後、絡まれるかなぁって思ってたけど全然絡まれなかったよ。睡眠も悩みが解消されたからか、ここ最近で1番ぐっすり眠れたかも。2人がサーシャを助けてくれたおかげだね」
「そうか、安心したぜ。ところで聞くのが遅くなって申し訳ないんだが、サーシャはどこで寝泊まりしているんだ? 同じパーティーになったのにそういったことを全然話し合わずに昨日は解散してしまったからな」
「サーシャはギルドというかシンバード国営のハンター寮で寝泊まりしているよ、狭いけど安いし節約しなきゃいけないからね」
「そんなものがあるのか。詳しく聞かせてもらってもいいか?」
俺がハンター寮について尋ねるとサーシャは基本的なことから丁寧に教えてくれた。
どうやらシンバード国営のハンター寮はハンター登録をしてから最長5年間利用する事が出来るらしい。期間を超えるか、ハンターが増えすぎるか、バードランクが高くなり過ぎない限りは利用できるらしい。
金額も今泊まっている宿屋より1日当たりの金額が3分の1になる計算だ。これは利用しない手はないぞ! とリリスへ直ぐに申請を提案した。
しかし、リリスは渋い顔をしながら反対する。
「確かにお金は浮きますけど、寮って全部1人部屋ですよね? 私は多少お金がかかっても今まで通りガラルドさんと同室でイチャイチャしていたいですけどね」
「え? ガラルド君とリリスさんっていつも同室なの? そういう関係なの? いつもイチャイチャしているの?」
サーシャはよっぽど驚いたようで出会ってから1番大きい声で聞いてきた。もちろんイチャイチャなんてしていないから強く否定しておかなければ。
「リリスが馬鹿な事を言っているだけだから聞き流してくれ。同じ部屋に泊まってはいるが、部屋代を浮かせたいだけだ。それにパーティーの仲間にそんな気持ちを持つつもりはないさ」
「でも、同じ部屋なのは事実なわけで、リリスさんも凄く好意的でしかも美人だし……ガラルド君って悟りをひらいた仙人か何かなの?」
「何で男女が同室ってだけでそんな話になるんだよ、本当に俺達はそんな関係じゃないぞ。単にリリスは社交的で人懐っこくて、ちょっとふざけるのが好きな奴なんだ。話半分に聞いといてくれ」
俺はちゃんと誤解がないように説明したけれど、サーシャは俺とリリスの顔を交互に見た後、大きな溜息を吐いた。そしてリリスの肩に手を置き、励ますように話しかける。
「リリスさんの頑張りと苦労が分かったよ。こういう男性だと上手くいかないよね、サーシャ応援するから頑張ってね」
「サーシャさん……やっと良き理解者が現れました! ありがとうございます。頑張りますね、私」
何を言っているのかサッパリ分からないが、固く握手を交わす2人を見て、仲良くしていってくれそうで安心だ。
その後も女子2人が色恋話で盛り上がっている傍で帳簿を開いた俺が収入・支出の計算に熱を入れていると、ギルド長室にストレングが現れた。ストレングは朝の時間帯にはうるさく感じる程に大きな声で挨拶をしてきた。
「ガラルド、リリス、サーシャ、おはよーさんッッ! 早速コロシアムに向けて話し合いを始めるぞ!」
すると、ストレングは机の上にコロシアムの募集要項が書かれた紙を広げた。
ストレングはコロシアムの概要をかいつまんで説明しはじめる。
「まず、募集条件だが15歳以上なら誰でも参加可能だ。魔術の使用も可能で武器は刃物と銃器以外OKだ。試合開始前1分以内に武舞台に立っていなければ失格とする。試合後の治療・回復は各自で行い、サポートに連れていける人数は闘技者1人に対して4人までとする」
武器に関しては俺の扱う棍は刃物ではないし、討伐任務で使っている短剣も魔獣からのヘイトを稼ぐ為に使うのが主な使い道だから試合で使用できなくても問題ないだろう。
それよりも気になるのがサポートというシステムだ。俺の予想だが、組織力のある闘技者ならサポートに優秀な治癒術師を用意して万全を期して戦いを挑んでくることだろう。
それどころか下手したら回復期間と称して身体強化系の補助魔術をかけて挑んでくる可能性すらある。
俺はその点をストレングに尋ねると、予想通りの答えが返ってきた。
「うむ、ガラルドの考えは正しいぞ。回復魔術も強化魔術も後ろ盾がある奴ほどガッツリ力を入れてくるだろうな。それにコロシアムの旨味は闘技者が賞金を稼いだり、客を多く呼んで収益をあげることだけじゃない、優秀なサポートをした人間にもスポットライトが当たるんだ。そうすることで『ギルド』『パーティー』『杖などの武具を提供している店、鍛冶屋』などの宣伝にもなるからな。皆かなり気合が入っているぞ」
「となると3人しかいない俺達はサポートも2人だけだから結構不利かもしれないな」
「ん? お前達のパーティーで闘技者として出場するのはガラルドだけなのか?」
「ああ、リリスは瞬間移動こそ強いものの、腕力も特別強くないし攻撃魔術も得意な方ではない。サーシャのスキルも1対1には適していないし、魔術師タイプで小柄で華奢だから厳しいと思うしな」
「ふむ、じゃあ2人がガラルドをサポートする形でトレーニングを進めていくぞ。っと、その前に試合のルールも説明しておかなければいけないな。試合は制限時間10分 決着がつかなければ四聖であるワシら4人とシンを合わせた計五人でどっちが優勢だったかを判定する。円形の闘技場から落ちても負けになり、倒れてから10秒経っても起き上がれなかった場合でも負けになる。それと相手を死なせてしまっても負けだ」
なるほど、極端な消耗戦をできないようにしているわけだ。それにダウンや場外を狙う作戦も使えたり、死人が出ないように刃物・銃器を禁止したりと色々考えられているようだ。
そして、ストレングは紙を取り出して長々と何かを書き始めた。5分ほど経ったところでそれは完成し、俺達3人にそれぞれ紙を配って、それが何かを教えてくれた。
「これがコロシアム当日までのお前達のトレーニングメニューだ。本番まではもう50日を切っているから、魔獣討伐の任務をこなしつつ、ビシビシ鍛えていくから覚悟しておけよ。ワシはお前らに期待しているし、絶対に上位へ食い込んでほしいからな」
俺のメニューには殆どが基礎的なスキルトレーニングが記されていて、後半に少しだけ近・中・遠距離の技を開発する予定と書かれている。
リリスとサーシャの紙も見させてもらうと、リリスは回復魔術・強化補助魔術・解毒系魔術の練習に加え、ダッシュを延々と繰り返すトレーニングが書かれている。
恐らく、サーシャでは癒せない傷や出血の治療と毒攻撃魔術を受けた際の解毒などを担当させる為だろう。
体力トレーニングに関してはコロシアムとは関係なく、単純にハンター業でアイ・テレポートの回数を増やすことを目的として鍛え上げたいのかもしれない。
コロシアムにかまけて日常のハンター業務を疎かにするわけにはいかないからだ。
サーシャは逆に時間経過を早める黒猫のスキル『アクセラ』の練度をあげて、リリスができないスタミナの回復を担当しつつ、少しだけ身体強化系の魔術も練習するスケージュールになっているようだ。
若手ハンターの俺が偉そうに言えるものではないが、中々よく出来ているメニューだと思う。
サーシャはともかく俺とリリスのことはまだあまり知らないだろうにストレングはよく考えているなと感心させられる。
ストレングは『お前らに期待している』と言っていたけれど、その理由が気になった俺は尋ねてみることにした。
「ストレングさん、どうして貴方は新人の俺達にここまで手厚くしてくれるんだ?」
「シンがお前達を気に入っているというのもあるが、1番はパープルズを迅速に救出した手腕だな。戦闘経過も報告を受けているが、新人であそこまで上手く戦える人間はそういないし、スキルだって汎用性があって強力だ。シンバードでも上位2割に入るぐらいに優秀だったパープルズでも歯が立たなかったドラゴンニュートをたった3人で沈めてしまったんだからな。そりゃ期待もするさ」
「褒めてもらえて恐縮だけど、俺とリリスが駆け付けた時にはパープルズがドラゴンニュートの片足に傷を入れておいてくれたから戦いやすくなってラッキーだったんだ。だからパープルズの奴らも後で褒めてやってくれないか?」
「昨日あんなに色々言い合って、八つ当たりまでしてきた連中を褒めるのか? ワシはお前みたいなお人好しにはあったことがないな」
「お人好しなんかじゃないさ、あくまでソレはソレ、ってだけの話だよ。戦闘において助かった点があるなら、好きだろうが嫌いだろうが、良かった点は良かったと言っておかないとフェアじゃないと思っただけさ」
「…………面白い。お前のことがますます気に入ったぞ、それじゃあ早速特訓を始めるぞ!」
そして、俺達はコロシアム当日まで、地獄のトレーニングを続けた。
魔力も魔量もスキル練度もメキメキと仕上がっていくのを感じながら、あっという間にコロシアム本番の日を迎えた。