遠くへ吹き飛ばされた俺はゴロゴロと地面を転がったあと追撃されないようにすぐさま起き上がった。しかし、ドラゴンニュートは追い打ちをかけてこず、ゆっくり歩いて俺に近づいてきていた。
恐らく足の怪我が響いているのだろう。これなら距離を取り続けることができればリリスの体力回復まで時間を稼ぎ、俺・リリス・サーシャの3人で戦うことが出来るかもしれない――――と考えたがドラゴンニュートはそれを許してはくれなかった。
ドラゴンニュートは距離を取ろうとする俺を見ると、口から強烈な火炎ブレスを俺に向かって吐き出してきた。
「くっ、サンド・ストーム!」
俺はハイオークとの戦いでも使った自身の周囲に
狙い通り火炎ブレスは回転砂に受け流されて俺の斜め後方へと流れていったが、如何せん火炎の熱量が強すぎる。受け流し続けてもなお体がとんでもなく熱い。
かなりの熱量を誇る火炎ブレスにもかかわらず、ドラゴンニュートのスタミナは衰えることなく、気が付けば2分近く受け流し続けていた。
「ちくしょう、無尽蔵にブレスを吐けるのか? サンドストームを解除して接近戦を仕掛けるか、どこかに身を隠したいところだが解除した瞬間に黒焦げにされちまいそうだ……」
このまま、ジリ貧で死んでしまうかと思ったその時、俺の周囲を覆っていた熱量が突然下がりはじめた。しばらくするとドラゴンニュートの火炎ブレスが止まった。
俺はサンドストームで視界が防がれていたこともありドラゴンニュートの様子が見えなかったから火炎ブレスが遂に底をついたのかと思ったのだが、それは違った。
何と復活したリリスが俺の後方で氷魔術を放出し、高熱を緩和してくれていたのである。
「大丈夫ですかガラルドさん?」
まともに言葉を発する事も出来ないぐらいに疲弊していたはずのリリスが数分の間に魔術で援護する程まで回復している。この事実に俺は困惑していた。
「リリスこそ大丈夫なのか? あんなに疲弊していたのに一体どうやって……」
「サーシャさんのスキルのおかげなんですけど、説明している時間はなさそうです。今はとにかくサーシャさんの近くに寄ってください」
俺はリリスの指示に頷き、サーシャのいる方向へ走り出した。一方のドラゴンニュートはその場で立ち尽くしている。
火炎ブレスでダメージを与えられなかったのがショックだったのか、それとも次の攻撃手段を考えているのだろうか?
どちらにしても止まってくれている今はサーシャに合流して戦術を話し合うチャンスだ。俺とリリスはサーシャに合流し、まずは短く礼を伝えた。
「リリスを回復してくれてありがとな、サーシャ」
「い、いえいえ、そんな! た、単に消耗が激しい状態だったからサーシャのスキルと相性がよかっただけなの」
どうやらサーシャの一人称は『サーシャ』のようだ。見た目と声質の幼さに比例した可愛らしい話し方だ。
俺がリリスの体を放り投げた時もそうだが、言葉がどもっているし、謙遜もしていたから大人しく気弱なタイプなのかもしれない。
そんなことを考えつつ俺はもう1つ気になっていることがあった、それは『スキルと相性がよかった』というサーシャの言葉である。
俺の知る限りでは治癒魔術に傷や毒を治療するものはあるけれど、スタミナ自体を回復するものは見たことも聞いたこともない。
だからきっとサーシャのスキルはそういった類のものなのだろう、と当たりをつけて詳細を尋ねてみた。
「スタミナを回復するのがサーシャのスキルなのか?」
「厳密には違うけど、そういう使い方が多いかも……サーシャのスキル『
そういうとサーシャは自身の手から黒い煙を放ち始め、煙は大きな黒猫の形となったところで固体化した。
虎の様に大きな黒猫はサーシャに頭を撫でられて喜んでいる。その姿はシンのスキル『白鯨モーデック』とのやり取りを彷彿とさせた。
「この黒猫の能力の1つが『触れたものの時間経過を早める――アクセラ――』って技でね。アクセラを使ってリリスさんの体を5倍速で時間経過させたの。だからリリスさんは実質10分近く安静に休むことができたの」
サーシャの説明を聞いて納得ができた。俺がドラゴンニュートの火炎ブレスを耐え続けた時間が2分程度だったから、サーシャの言う通り5倍で10分になる。
あの黒猫をどこまで自由に動かせるかは分からないし、実戦中に有効利用するのは難しいかもしれないが、今みたいに互いに刃を下げているような時には相手より早く回復ができて、とても便利な能力かもしれない。
しかも、サーシャは複数の能力があると言っていたことから、他の能力も期待できるかもしれない。現状を打開できる能力があるかどうかを聞いてみよう。
「良い能力だな、他にドラゴンニュートへ有効そうな能力は何かあるか?」
「ん~、火力のある能力がほとんどなくて、あっ! グラビティを使えばもしかしたら……」
「グラビティ? どんな能力だ?」
「これも黒猫が触れていなければいけないのだけど、触れたものに強い重力をかけることができるの。なんとか向こうにある『底なし沼』まで誘導してから、グラビティを喰らわすことができれば、もしかしたらドラゴンニュートを沼に沈めて勝つことができる……かも?」
サーシャの2つ目の能力もまた中々強力そうだ。黒猫が触れなければいけない制約はあるものの、妨害系スキルとしては聞いたことがない稀有なスキルだ。サーシャは更に黒猫の説明を続ける。
「黒猫は今の最大サイズから掌に乗るぐらい小さな子猫サイズまで伸縮自在なうえに素早く動くこともできるけど、物理的な力は弱くて自ら近接戦闘をするのは難しいの。物理的な力もサイズに比例するから小さいと気づかれにくい反面、力も弱くなるね」
「なるほど、一長一短ってわけか」
「そうだね。一応『アクセラ』や『グラビティ』の威力はサイズに関わらず強くできる特性があるんだけどね。そして黒猫は一定のダメージを負うと消失して私の手元に戻っちゃうから、それも気を付けないといけないの」
大体サーシャのスキルの得手不得手が分かってきた。これなら工夫次第でドラゴンニュートに勝てるかもしれない。
近接戦・中距離戦・体力面どれをとってもドラゴンニュートの方がずっと上手である以上、底なし沼を利用したサーシャ発案の戦術で決着をつけるしか手はなさそうだ。
だから何とか黒猫にダメージを負わせないようにしつつ攻撃を誘導し、黒猫のグラビティで沈めてトドメを刺す流れに持っていかなければならない。俺はサーシャの提案に対して囮役を買って出た。
「なら誘導役は俺がやろう。俺ならヘイトスキルでドラゴンニュートを誘導することができるからな」
「ほ、ホントに大丈夫? 底なし沼はちょっと気を抜いたり、その場に立ち止まり過ぎたら直ぐに身動きが出来なくなるくらい沈んでいくよ?」
「大丈夫だ、いざとなったら俺のスキルで足場や取っ掛かりを作って脱出するからな。それじゃあ、いくぞ!」
俺達が再び武器を構えるとドラゴンニュートは30メード程離れた位置でこちらの出方を伺っていた。
ドラゴンニュートの右足をよく見てみると、怪我をしている部分に大きな葉っぱを当てて、ツタでグルグル巻きにして簡易的な止血をしている、やはり相当知能が高いようだ。
俺とリリスは火炎ブレスを警戒しつつ、少しずつドラゴンニュートに近づいていった、一方サーシャは物陰に隠れて黒猫のグラビティを仕掛けるタイミングを伺っている。
俺とリリスが残り7メード程まで近づいたところで、ドラゴンニュートが唸りながら斬りかかってきた。
やはり火炎ブレスが効かなかったことを気にしていたようで、物理で勝負を決めにきたようだ。
俺は再び短剣を2本投げた。もちろん剣先にはヘイトを稼ぐための魔術『ヘイトオーラ』を付与している。
2本のうちの一本はドラゴンニュートに弾かれてしまったが、残りの1本は左腕に命中させることができた。
といっても突き刺さりはせず、ダメージもほとんどなかったようだが、ヘイトを稼ぐことには成功したようだ。ドラゴンニュートは俺だけを睨みつけ、顔に血管を浮かべながら、今日一番の唸り声をあげている。
「よし、上手くヘイトを稼げたぞ。火炎ブレスも使ってくる様子はないから俺だけでも誘導できそうだ、リリスは離れていてくれ!」
「はい! 絶対に死なないでくださいね」
リリスはそう言うと、サーシャが隠れている方へ走っていった。
俺は2人とは逆に底なし沼の方へと走り、ドラゴンニュートの誘導を開始した。