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第21話 森の異変




 赤色の信号弾を見つけ、急いで森の中に入ると森中が異様に騒めいていた。


 いたるところに草木が生い茂っているせいで森の中心部分は見えそうにない。仕方なく耳を澄ましつつ周囲を見渡してみると、あちらこちらで動物やモンスターが逃げるように走っているのが確認できた。


 この現象はどこかで見た事がある気がする……。リリスも同じことを思っていたらしく俺の服の裾を軽く引っ張る。


「ガラルドさん、この感じはヘカトンケイル平原でガルム討伐をした時と似ていませんか? 弱い魔獣がこぞって何かから逃げているような動きだと思うのですが……」


「もしそうなら脅威となりえる魔獣がいることになる。ますます急がなくちゃいけないな。しかし、地図の無い入り組んだ森の中を急いで進んでしまうと、中心へ行けずに逸れてしまう可能性がある。角度がズレないように細かく確認しながら進まないといけないな」


「急ぎたいのにもどかしいですね……街の見張り台のように高い位置があればいいのですが」


 確かに高い位置から森全体を見渡すことができれば、赤の信号弾が発している煙の位置に向かって一気にアイ・テレポートすることが可能だ。


 ならば一時的に木の上に登って見渡せばいいかとも考えたが、上方を木々の葉が埋め尽くしている現状、目の前にある木が高く伸びている保証などない。木の選択でハズレを引き続ければ木登りだけで時間を使ってしまう。


 このまま時間をかけて中心に進んでいくしかないのかと頭を悩ませていた俺に1つの作戦が舞い降りた。俺はその作戦が実行可能かどうかを調べる為にリリスに質問する。


「リリス、少し確認させてくれ。アイ・テレポートで飛べる場所っていうのはリリスが肉眼で見つめているポイントだから、空中を見つめるとか、動いている物体を見つめるとかは駄目なんだよな?」


「はい、動いていない場所と私が認識していなければいけないので、飛んでいる鳥などには瞬間移動できません。あくまで床や壁などのポイントで尚且つ止まっていないといけません……」


「だったら床とは逆に天井のようなポイントに飛ぶことは可能か?」


「妙な事を聞きますね? 一応可能だと思いますよ、飛んだ瞬間に落下しちゃいますけど……あ! もしかしてガラルドさん、魔砂マジックサンドで瞬間移動先の代わりを造るつもりですか?」


「正解だ。今から俺が魔砂マジックサンドを竜巻状に巻きあげて真上の木々や葉っぱを吹き飛ばして真上の視界を開く。そして、空中に魔砂マジックサンドの足場を作りだして位置を固定する作戦だ。早速やるぞ、アイ・テレポートの準備はいいか?」


「オッケーとしか言えないですよね、本当は疲れているから休みたいですけど緊急事態ですし」


「それじゃあ行くぞ!」


 そして俺は両手を上に挙げて、竜巻状の魔砂マジックサンドを放った。


 バキバキと勢いよく折れる木の枝と吹き飛ばされる葉っぱに若干申し訳ない気持ちになってくる……人命が懸かっているから許してくれと心の中で謝った。


 緑に穴を開け、天窓を開けた時のような光の差し込みを確認したと同時に、俺は再び魔砂マジックサンドを練り出し、上空40メード地点に平たい足場を形成した。


 足場は回転の能力ではないうえ、離れた位置に固定する技術が得意分野ではないから魔量を効率よく消費出来ず消耗は激しい。だが、一応完成させることができた。


 足場を自身の目で確認したリリスがアイ・テレポートを発動すると狙い通り俺達は高い位置に到達することができた。


 アイ・テレポートを成功させたものの、飛んだ瞬間に俺達を浮遊感が襲った、踏みしめる大地がないのだから当然なのだが。


 俺は空中で左腕を伸ばし、すぐさまリリスの腹を抱え込むと右手に持った棍で空中固定した魔砂マジックサンドの足場を突き刺し、落下を防いだ。


 棍にぶら下がる俺と布袋のように抱えられるリリスの図は傍から見れば何とも言えないシュールさがあるかもしれないが成功には変わりない。


「うぅ~、さっきいっぱいに飲んだジンジャーエールが腹を抱えられている影響で出ちゃいそうですぅ。アイ・テレポートの疲労もありますし」


「腹痛要素のオンパレードだな。すまんがもう少しだけ頑張ってくれ、あと一跳びの辛抱だ。ここから見渡して赤の救難信号のポイントへ飛べばリリスの仕事は一段落だ」


 俺は空から周りを見渡した。すると東の方向で赤の煙がまだ上がり続けているのを確認できた。


 煙が上がっている位置はちょうど湖となっているようで、木が蓋をしている様子もなく、煙の発生地点も目視できた。


 そしてその場所には今まさに『魔獣ドラゴンニュート』に襲われようとしている5人組のパーティーと猪型の魔獣『ワイルドボア』の大量の死体があった。


 ドラゴンニュートはトカゲ人間とも呼ばれるリザードンマンの強化型と評される強敵だ。サイズ的には大きめの熊ぐらいではあるものの、強い腕力・ブレス攻撃・剣を扱う頭脳を持つ難敵だ。


 俺も実物を見るのは初めてだが、確か普通のギルドではパーティーの合計スターランクが170以上なければ受注すらできない魔獣だったはずだ。5人組のパーティーを退けたうえに、それなりに強いワイルドボアを大量に殺している点からも力量に納得がいく。


 正直オーガ以上に戦いたくない相手ではあるのだが、震える自身の手を何とか抑えてリリスへ合図を出した。


「ドラゴンニュートはかなり強敵だが、アイ・テレポートでの不意打ちで致命傷を与えてアドバンテージを取ってみる。だからリリスはアイ・テレポートを使ったら直ぐにドラゴンニュートから離れてくれ」


 俺の言葉に頷いたリリスは俺の肩を掴み、すぐさまドラゴンニュートの背後へと瞬間移動をした。俺は1撃で全てを決めるつもりで全力の魔力を棍に込め、ドラゴンニュートの頭部に振り下ろした。


「トルネード・ブロウ!」


 俺達の存在を認識していないドラゴンニュートは後頭部への突然の猛打で潰れるような喚き声をあげた。


「ビギィヤァァァ!」


 ドラゴンニュートが後頭部を抑えて、のたうち回っている。その間にリリスが走ってドラゴンニュートから離れてくれればと思っていたが、リリスはアイ・テレポートを連発した影響で、その場でどさりと倒れてしまった。


「リリス! 大丈夫か!」


 俺の問いかけに対してリリスからの反応はなく、ただひたすら苦しそうに息を乱している。一方リリスの状態に反比例するようにドラゴンニュートは徐々に元気になり、体勢を戻そうとしている。


 街から合わせれば短時間に7回……人数で言えば14人分の瞬間移動をしてきたわけだから相当無理をさせてしまったに違いない。


 俺はもっとリリスの負担を軽くすることは出来なかったのかと自分で自分が嫌になったが、今は後悔をしている時間はない。ドラゴンニュートを自分に引き付け、なおかつリリスをドラゴンニュートから離れた位置に移動させなければ。


 どうするべきかと周りを見渡すと、信号弾をあげた5人組のパーティーが尻もちをついてこちらを見ていた。


 パーティーの内約は装備を見た限り、男の剣士2人と女魔術師が3人といったところだろうか。


 男の剣士2人は流血こそしていないものの、盾も鎧もボロボロで既に戦闘ができる状態ではなさそうだ。


 女魔術師3人は怪我こそしていないものの、3人の内2人が泣きながら体を震わせていて、とてもじゃないが戦力になりそうもない。


 しかし、5人の中で唯一戦闘に参加できそうな赤いフードを被った女の子がいた。その子は一見戦闘には向いてない小柄な体格で少したれ目な童顔の優しそうな女の子だ。だが、怯んではおらず『必ず窮地を脱するぞ!』という意思が目にしっかりと宿っている。


 この子にならリリスを預けてもいいかもしれないと思った俺は、赤いフードの女の子に急いで呼びかける。


「そこのあんた、俺がドラゴンニュートを引き付けるからリリスのことを頼む!」


 返事を聞く前に俺はリリスの体を赤いフードの女の子のところへと投げた。もちろん怪我をしないように魔砂マジックサンドで包んで衝撃を緩和してだ。


「わ、分かったよ、こちらの女性……リリスさんの治療に専念するね。ドラゴンニュートは強敵だけど、サーシャ達が何とか右足に怪我を負わせたから、そこを狙うといいよ」


「了解だ」


 自らをサーシャと名乗る赤いフードの女の子は短くも的確な指示をくれた。サーシャは一生懸命に治癒魔術ヒールをリリスにかけてくれていたが、怪我の治療魔術であるヒールでは体力枯渇状態のリリスには効果が薄い。


 リリスの状態を説明しようと思ったが、今まさにドラゴンニュートが体勢を整えようとしている状況では説明している暇がない。


 向かってくるドラゴンニュートに対し、俺は短剣を投げ、1発右足に直撃させたあと、再びトルネード・ブロウを当てるべく棍を握り、追撃する。


 しかし、ドラゴンニュートは尻尾を右足代わりにし、怪我をしていない左足と同時に地面を蹴って跳び上がる。


 俺の棍はギリギリのところで空振り、俺の頭上にドラゴンニュートの体が移動する。


「まずい!」


 俺の呟きと同時にドラゴンニュートは体を縦に旋回し、剣で俺の背中を斬りつけた。


「ぐああぁぁ!」


 力の入れ辛い空中にも関わらず、ドラゴンニュートの一撃は重く、背中に背負った円盾越しでも気を失いそうな程の衝撃だった。もし、円盾を背負っていなかったら確実に死んでいただろう。





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