シンの顔を見ていると今まで出生地で悩んでいたことが馬鹿らしくなるくらいだ。シンは俺の肩にポンと手を置き、更に話を続ける。
「ディアトイル出身なら生産・調合・加工にも色々詳しいんじゃないかな? もし、ガラルド君に時間があればそういった分野でも活躍してほしいと思っているよ」
シンのおかげで初めてディアトイル生まれを誇りに思えそうだ。そんなやりとりをしていると役人の1人が困り顔でシンに話しかける。
「シン様、一応ジャッジメントでの真偽確認を忘れてはいけませんぞ、世の中には色々な人間がいますからな」
「分かっているよ爺。と言っても目を見れば大体分かるけどな、ガラルド達は絶対に嘘をついていないよ。一応確かめておくけどね」
そしてシンは形式的に俺達へ質問し、ジャッジメントで確認作業を行った。俺達は全て真実を言っていたのでジャッジメントの刀身は赤色ではなく青色に光っている。どうやら嘘をついていない時の刀身は青色になるらしい。
シンは刀身を眺めて真実だったことを喜んでいたが、突然表情が真剣になり、俺の方を向いて尋ねてきた。
「ガラルド君、すまないがもう1つ質問させてくれ。君は赤ん坊の頃からディアトイルで育ち、17歳頃にディアトイルを出て、各町でハンター業に務めてきたってことでいいのかな?」
「え? ああ、その通りだが」
「一応確かめさせてくれ」
そう言ってシンはジャッジメントで再び俺を貫いた。当然嘘など言っていないから刀身は青色に光っている。刀身をジッと眺め、何かを考え続けたシンは、コロッと笑顔に変わり俺に謝ってきた。
「いやー、妙な事を聞いてしまってすまない、忘れてくれ。それで話は変わるのだが、君たちはこれからどういった活動をしていくつもりなんだい?」
「今はとにかく、ハンター業で実績を積みつつ金を稼いで、最終的にはギルドを立ち上げたいと思っているよ」
俺は包み隠さずシンに目標を伝えた。
「なるほど、それは立派な目標だね、じゃあ今度は何故その目標を掲げたのかを聞かせてもらってもいいかな?」
目標を掲げた理由まで聞かれるとは思わず少し驚いたが、今は少しでも自分のことを理解してもらいたいと考えた俺は『ディアトイルの地位向上』と『ディアトイル人が暮らしやすい世界』を求めていることを伝えた。
シンは俺の回答にどうやら納得してくれたようだ。次にシンはリリスへ『何故、追放者を集めているのか?』を尋ねた。リリスはしばらく沈黙したあとに意外な言葉を口にする。
「国王の前で申し上げにくいのですが、目的や目標は全て話さなければいけないのでしょうか?」
リリスは何故か少し反抗的ともとれる態度でシンに返事をした。しかし、シンは不機嫌な顔は見せず、むしろ申し訳ないとこちらへ謝ってきた。
「すまない、興味が湧いたことについてズバズバと聞いてしまうのは俺の悪い癖でね。答えたくなければ答えなくても大丈夫だ。俺たち公人がジャッジメントを使用して尋ねるのはあくまで、国益を損なうような人物かどうかを調べる場合や個々の就業活動に正当性があるかを調べる時ぐらいだ。だから個人的な理由でジャッジメントを使用することはない。露天商たちに使用したのもあくまで捜査の為に過ぎないしね」
「分かりました、こちらこそ国王に対して失礼な返事をしてしまったことをお許しください」
「そんな、畏まって謝らないでおくれよ、俺は君たちと友達になりたいと思っているし、俺が国王だからって敬語や敬称を使わなくても構わないよ。現に街の人達も俺に対してフランクな言葉遣いだからね、ってことで改めてこれからよろしくね」
シンは満面の笑みでこちらに握手を求めてきたので俺達はそれに応えた。握手を終えたあと、シンは俺達に既存のギルドについて教えてくれた。
「君たちはまずどこのギルドに入るかを決めた方がいいだろうね。シンバードには4つもハンターギルドがあるから迷うかもしれないが、大まかに分けて魔獣討伐に力を入れているギルドが2つ、防衛・援護に力を入れているギルドが2つある。魔獣討伐経験がそれなりにあるガラルド君は前者がお勧めかな」
「なるほど、俺もそう思うよ。じゃあ2つに絞れたギルドのうち1つに決めるにあたってシンさんならどう考えるんだ?」
「4つのギルドを管轄しているのは俺の部下である
「へっ? シンと?」
突然の提案に俺は間抜けな声を出してしまった。仮にも一国の王であるシンに刃を向けるのにはかなり抵抗があるのだが、シンはそんな事は全く気にしないとばかりに準備運動を始める。
「ルールは先に相手へ一撃を入れた方が勝ちというシンプルなものにしよう。俺は結構強いから負けないと思うが、仮にガラルド君が勝ったら褒美に100万ゴールドをプレゼントすると約束するよ。逆に俺が勝っても君にデメリットは無しだ」
シンは金があるからか自信があるからか分からないが、とんでもない額を持ち出してきた。横で見ていたリリスは目の色を変えて俺に喝を入れる。
「絶対に勝ってくださいね、100万ゴールドもあれば美味しいものが食べ放題ですし、おしゃれな服だって買い放題ですよ!」
女神の癖に煩悩丸出しのリリスに苦笑いを返しつつ、俺は武具の準備を整えてルールを再確認する。
「先に一撃を加えることができたら本当に100万ゴールドくれるんだな? それと怪我を考慮せずに全力で攻撃しても構わないのか?」
「ああ、もちろん構わない。それと俺はガラルド君に攻撃は加えるけれど大きな怪我はさせないことを約束するよ、それを破ったら、その時点でガラルド君の勝ちでオッケーだ」
「何だか至れり尽くせりだな、後悔しても知らないぜ!」
俺がシンに啖呵を飛ばすと、役人が勝負開始の合図を告げた。
※
俺はハイオーク戦と同様、自身の周囲に
回避のために飛び上がった瞬間をチャンスと考えた俺は、予め
竜巻に囲まれている現状、シンの視点だと短剣を投げる予備動作も見えず、竜巻の中からいきなり短剣が飛んできたように見えるはずだ。
一方、俺は竜巻を出すと同時に戦闘空間全体にうっすらと
短剣はきっとシンに命中するはずだと思ったのだが、その予想はあっけなく覆されることとなった。俺が投げつけた短剣を竜巻の向こうでシンがパシッとキャッチした音が聞こえてきたのだ。
「ふぅ、危ない危ない……。ほら、短剣を返すよ」
そう呟いた瞬間、シンは豪快に短剣を投げ返した。凄まじい勢いで風を切り裂きこちらに飛んでくる短剣の音が聞こえてきたと同時に、俺が作った竜巻型の防御壁は短剣をぶつけられた衝撃で爆発四散してしまった。
俺が魔力を込めて作った防御壁をサッと投げた短剣で丸ごと破壊されるなんて思ってはおらず、シンの膂力の強さに驚かされることとなった。
防御壁はハイオークの攻撃を受けた時ですら壊れはしなかったのに……。シンはこちらを見てニヤニヤしながら俺を褒め始める。
「中が見えづらい竜巻から、いきなりナイフを飛ばしてくる作戦は中々良かったよ。予備動作が見えない攻撃ほど恐ろしいものはないからね」
シンはまるで先生のように戦術の評価と戦闘の指導を始めた。普通なら舐めやがってと言い返すところだが、シンには指導するだけの強さと資格がある。
シンはようやく体が温まってきたと言わんばかりに首・手首・足首を回し、拳をこちらに掲げて宣言する。
「それじゃあ次は俺の番だ、いくよガラルド君!」
シンは俺の名を言ったと同時に高速で俺の懐に入り込んだ。あまりの移動の速さに通過したルートに散らばっていた大量の
シンはそのままぶっきらぼうに俺の腹へパンチを繰り出す。俺は慌てて棍を構えてパンチを防いだ。
――――ゴオオォォン!――――
大きなハンマーで大鐘を叩いたような重低音が俺の全身に飛び込んできた。人間の拳と金属がぶつかったとは思えない音に俺の腕と心が震える。
「ッツアァァ!」
あまりの衝撃で声にならない声を出した俺はそのまま棍を手放してしまい、バルコニーから地上へ棍を落としてしまった。
武器を落としてしまって動揺している隙をシンは見逃さなかった。
シンは殴ってきた手とは逆の手で俺の手首を掴かんだかと思うと、そのまま槍でも投げるかのように俺を壁のある方向へ放り投げた。
体格のいい俺をまるでオモチャの様に扱うシンの膂力に驚く暇もなく、今まさに俺の身体は壁に直撃しそうだった。
このままではルール的に『壁にぶつかる=ダメージ=敗北』になってしまう……。それを避けるために俺は土壇場で大きな車輪状の
俺の体は回転する
少し体が砂まみれになってしまったが、衝撃を砂と回転で受け流して緩和する事でダメージを負わずに済んだ。その様子を見たシンは目を見開き、拍手を送る。
「見事だ、ガラルド君! 人生も戦いも常に準備不足の連続であり、そんな時に自分を救ってくれるのは諦めずに考え続ける精神力だ。まだスキルを使い慣れていないガラルド君が応用技術で窮地を脱することができたのも、最後まで考える事を止めなかったからだ。きっと君がハイオークやオーガとの戦いを乗り越えてこられたのもそういった点が大きいのだろうね」
「褒めてくれてありがとよ、でもそうやって余裕をぶっこいてると足元を救われるぜ、シンさん」
「ほほう、言うようになったじゃないか。それじゃあガラルド君は次にどんな手を見せてくれるのかな?」
「次の手は……これだ!」
啖呵を切った俺は次で確実に決めるべく奇策に出る事にした。その奇策とは今いる4階のバルコニーから飛び降りることだ。
俺は手すりに足を掛け、そのまま飛び降りる。突然4階から飛び降りたことでシンの姿は見えなくなったが、びっくりしているであろうシンの声が聞こえてくる。
「嘘だろ! 一体何を?」