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第13話 追い風の始まり




 町長は満面の笑みを浮かべるとヘカトンケイル像を指さしながら俺達にある提案を持ち掛けてきた。


「君たち3人は町の英雄だ。だからそれを象徴する像を作りたいと思うのだがいかがだろうか? と言ってもヘカトンケイル像よりもずっと小さい等身大サイズにはなってしまうのだが」


 正直かなり恥ずかしいが、ディアトイル出身の俺がこういった形で実績を残せば、ディアトイルの地位向上にも役立つかもしれない。俺は町長の提案を了承することにした。


「はい、ありがとうございます、それなら是非――――」


「ちょっと待って!」


 聞き覚えのある声が割り込んできたから視線を向けてみると、そこにはレックと同班の魔術師ブルネが立っていた。ブルネは苦虫を噛み潰したような顔で町長に横槍をいれる。


「町長は知らないのかもしれませんが、ガラルドはディアトイル出身です。そんな人間の像を作ったら近隣諸国の笑い者ですよ」


 ブルネの言葉に町民たちはざわめいている。周りからは「あいつ、ディアトイルの人間だったのか」「応援して損した」「レックの手柄を奪ったのか?」とヒソヒソ声が聞こえてくる。


 やっぱりこうなるのか……所詮は『穢れの地』出身だもんな……と諦念にも似た気持ちが生まれてきた。このままここを離れようとしたその時、人混みを掻き分けて1人の女性が飛び出してきた。


 女性は肩で息をし、整えたあとに顔をあげる。その女性の正体はヒノミさんだった。ヒノミさんは町長の前まで歩いていくと普段の穏やかな様子からは想像もつかないほど大きく凛々しい声で聴衆に語り掛ける。


「聞いてください! 皆さんは誰に救われたのですか? ガラルドさんじゃないのですか? ディアトイルの人達と私達とでは価値観も文化も何もかも違うかもしれませんが、だからといって不公平な扱いをするのは恥ずかしいと思わないのですか? その人の出生や肩書きじゃなくて何を成し遂げたのか、どんな人柄なのかを見ましょうよ。魔獣達ですら協力して攻めてきているというのに仲間である同じ人間を叩くなんて、そんなの魔獣以下じゃないですか!」


 『魔獣以下』という言葉が効いたのか、さっきまで騒がしくしていた町民たちのほとんどが沈黙していた。何とも言えない沈黙が数秒続いたあと、ブルネが声を荒げてヒノミさんに反論する。


「でも私たちは子供のころからずっとディアトイルの人間はろくでもない奴らだって教育されてきたんだから仕方ないじゃない! ガラルドは追放されるべき人間なのよ!」


 ブルネの言葉が合図だと言わんばかりに町の大人たち――特に老人たちは「そうだそうだ!」とブルネの意見を応援し始めた。その様子を見たヒノミさんは拳を握り、歯を食いしばって悔しがっている。


 ヒノミさんが勇気をだして俺の肩を持ってくれたのは嬉しいが、流石にディアトイルの嫌われ具合に勝つのは難しい。虚しい気持ちを抱えた俺は、これ以上ここに居て騒ぎを大きくするのもよくないと考え、この場を離れる事にした。


「ヒノミさん、言い返してくれてありがとう、だけど俺は大丈夫だ。シンバードへ行ってきっと元気に暮らしてみせるよ。さぁ、少し早いけどシンバードに向けて出発するぞ、リリス」


「本当にこのまま出発していいのですか、私も女神としてあの人たちを説教したいですけど」


「リリスならそう言いかねないと思ったよ、だから喧嘩になる前に早くここを離れたいと思ったんだ。だが、その気持ちはありがたく受け取っておくよ、俺はリリスやヒノミさんが応援してくれているだけで充分だ」


 そして俺とリリスは噴水広場から北門の方へと歩き出した。町民から無言で見つめられながら見送られるのは何ともいえない気持ち悪さがある。だが、それも今日までだと心の中で割り切って歩いていると、突然後方から少年の泣き声が聞こえてきた。


「うわーーん、喧嘩は嫌だよぉ!」


 民衆の視線を一点に浴び続けるほどに大きな声で子供が泣いている。そんな少年の声を抑えようと母親らしき女性が必死になっている。


「こら! マルク、静かにしなさい!」


 沈黙の空間で大泣きするマルクという少年を母親らしき女性が叱った。それでも子供は泣き止まず、涙でぐずぐずになりながら言葉を続ける。


「ハンターのお兄ちゃんを虐めないでよぉぉ、悪い事なんかしてないし、魔獣をやっつけてくれたっていうのに……みんな酷いよおおぉぉ」


 文化や常識などを知らない子供から見たら、大勢の大人が俺を虐めているように見えたのだろうか? 子供は知識が無くても大人の感情には敏感だから、この状況が本当に辛かったのだろう。


 大人が子供よりも馬鹿な事をして子供に泣かれる――――こんな酷い光景は中々見られるものではないだろう。そんな皮肉じみたことを考えていると、少し涙目になったヒノミさんが俺に近づいてきて呟く。


「この町では14歳以上にならないと学校の先生からディアトイルの歴史を習いません。ですからあの少年にとってこの光景は異常に見えたのかもしれませんね」


「異常なのは差別的な大人とそんな教育をしてきた祖先なんだけどな、いや、彼らもまた被害者なのかもしれないが……」


 マルクと呼ばれる少年の大泣きを皮切りに町民たちの反応に少し変化が起き始めた。子供たちと一部の理解ある大人たちが差別的なことを言う大人に対して反論を始めたのだ。


「ディアトイルは過去に色々あったかもしれないが、少なくともガラルドさんはヒーローだ!」


「ディアトイルの人間が英雄と呼ばれる資格なんてない!」


「僕たちはガラルドお兄ちゃんに命を救われたんだ、お礼と恩返しをしなきゃいけないよ」


「最下層の身分に下げる頭は無い!」


「無いのはあんたの良識でしょうが!」


 町民の内の2割が味方、2割が差別派、残りが傍観しているといった状況だろうか。今までの人生で体験したことのない追い風に驚いているとリリスが俺に話しかけてきた。


「女神長サキエル様が昔、言っていました。人は善悪問わずどんな生き方をしていても味方になってくれる人、敵になる人、どちらにも転びえる傍観者がいると。だから私たちの旅は……」


「俺達と同じ志を持った優しくて最高の仲間たちを集められる旅になればいいな」


「はい! だからこそは私は追放者をあつめ……いえ、何でもないです」


「ん? まぁいいか。じゃあ応援してくれる人をこの目で沢山見られた事だし、シンバードへ出発するか。でも、その前に~」


 このまま何も言い返したり、やり返したりしないまま去るのも癪に思えた俺は、少しだけリベンジをしてから去ることにした。


 俺は自分の真上にスキルで砂嵐を作って強引に町民の視線を俺に集中させたあと、遠くの人まで聞こえるような大きな声で宣言する。


「俺は生まれが重視されるこの町を出て、ありのままを受け入れてもらえる遠方の地に行き、一旗あげる! こんなにも狭くて歪んだ世界を飛び出したい奴は、いつか俺が設立するギルドへ来てくれ。真のハンターとして素晴らしい景色と最高の仲間たちで迎えることを約束する!」


 町民はそれぞれ大歓声と大ブーイングで盛り上がっている。大見得をきってしまったけれど不思議と後悔はない……ちょっと性格がリリスに似てしまったという点以外は。


 俺の横でニヤニヤしているリリスを尻目に俺はレックの方を見た。レックは地べたに座り込んでボロボロの状態ではあるものの、ぎらついた眼で俺を睨みながら言った。


「ガラルド……お前が強さを証明できたところでディアトイル生まれの呪縛からは解放されないし、ギルドを立ち上げるなんて絶対無理な話だ。だから俺より高位のハンターになることは絶対にない!」


「いや、必ずなってみせるさ、約束してしまったからな。近いうちに功績面でもお前を超えてやるさ。まぁ今は俺の方が強いし充分可能だろうな」


「黙れ! お、お前になんか負けるもんか!」


「既に今日の戦闘ではボロ負けだけどな、今度会う時を楽しみにしておくよ。その時、俺のお眼鏡に適ったら部下にしてやってもいいぜ?」


「ち、ちくしょうぉぉお! いつかブッ飛ばしてやるからなぁ!」


 レックはよっぽど悔しかったのか、歯を食いしばってボロボロと涙を流している。


 レックは普段から当たりがきつかったことに加え、神託の森で俺が命を張って助けたにも関わらず裏切り・見捨てて・追放して、と散々な目に合わせられてきた。だから恨みも強かったし内心少しスッとしている。


 町民は泣き叫ぶ英雄レックを何とも言えない目で見つめており、ブルネとネイミーも少し涙目になっている。


 それとは逆にリリスは挑発するかのように「ベろべろば~!」と舌を出してブルネ達を煽っている、人の事は言えないが少し大人気ないぞ。


 そして俺達は再び噴水広場から北門へと歩き始めた。ヒノミさんとは笑顔で手を振りあって別れ、町民からは少しの声援と少しの罵倒を背中に受けつつ、噴水広場から出ていった。


 応援と罵倒と泣き声が交錯する混沌とした状況で旅に出る人間なんて、きっと俺達ぐらいしかいないだろう。奇妙な状況に少し笑いながら俺達は町を飛び出し旅に出る。





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