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第11話 混乱のヘカトンケイル



 ガルムを討伐してから2日後の朝、事件は突然訪れた。


――――カラン カラン カラン――――


 眠っていた体がビックリして跳ねてしまうほどに大きな鐘の音が聞こえてきた。何事かと窓の外を見てみると町民が血相を変えて広場の方へ走っている。


 状況が飲み込めない俺とリリスは急いで宿屋のカウンターへ向かい主人に騒動の詳細を尋ねた。


「ご主人教えてくれ、この騒がしさは一体?」


「おお、ガラルドさん、ちょうど呼びに行こうと思っていたんです。この鐘の鳴らし方は魔獣の襲撃があったことを知らせるものです。ガラルドさん達ハンターは直ぐに町の中央にある噴水広場へ向かって、町の兵士長から指示を仰いでください。ワシも客を全員避難させたら直ぐに向かいますので。どうかお気を付けて」


「魔獣が……分かった、ご主人も無事を祈ってるぞ」


 そして俺達は何があってもいいように荷物を全て持ち出し、噴水広場へと向かった。所々に魔獣の血や死体が散乱しており事態の深刻さがうかがえる。


 噴水広場へ到着すると、そこには町中の住民が集まっており、住民を囲むように兵士とハンターが守っていた。


 俺達が駆けつけた直後、噴水の前に身なりの良い初老の男性が現れた。すると男性は全員に聞こえるぐらい大きな声で喋り出した。


「皆のもの、どうか落ち着いてくれ。町の長である私の指示通りに動いてくれれば、きっと魔獣の群れを追い払う事ができる。女子供は噴水の近くに寄って身を固めてくれ。強い兵士とハンターを配置して必ず守ってみせよう。そして男は分散して兵士・ハンターの後ろにつき、魔獣討伐を援護せよ。しかし君たちは戦闘のプロではない、決して無理はしないように」


 町長の指示に従い、町民はそれぞれの位置に移動した。それなりに信頼のある町長なのか特にパニックもおきず、スムーズに移動をすませることができた。


 そして、町長は全員を鼓舞させる為なのか、勝利を確信したかのように宣言する。


「私たちは必ずこの困難を突破することができる。何故ならヘカトンケイルには3つの強みがあるからだ。1つは迅速な移動・対応ができる我が誇りの町民たちがいること。2つ目は腕の立つ兵士とハンターが数多くいる事、そして3つ目は……」


 町長は息を溜めたあと、噴水広場にあるヘカトンケイル像の足元を指してこう言った。


「この町最強の戦士レック殿とその仲間たちがいるからだ!」


「わあああぁぁぁ!」


「頑張れヒーロー!」


「お前達ならできるぞぉぉ」


 耳を引き裂かんばかりの歓声が沸き上がった。それに応える様にレックは剣を高々と掲げて町民を鼓舞している。


 盛り上がる町民を見て頬を膨らましたリリスが不満をぶちまける。


「何であんな人が人気者扱いされているんですか!」


「実際スターランクは高いし、近隣国の王族の四男だって噂もあるらしいからな。強さと身分と実績面で人気なんだろうな」


「ふんっ! 今なら絶対ガラルドさんの方が強いのに……」


「どっちが強いかなんてどうでもいいさ。今は町民がパニックを起こさず希望が持てる様にするべきだ。そういう意味では盛り上げてくれている町長とレックは正しいと思うぞ。レックが褒められているのは個人的に癪だがな。それより俺達も魔獣を撃退しに行くぞ」


 そして俺達は町に散らばる魔獣を討伐する為に走り回った。リリスは怪我人へ簡易的な治癒魔術を施しつつ、アイ・テレポートを使って高いところへ登り、魔獣の位置を教えてくれた。


 人々からは「瞬間移動で高い場所に現れるあの銀髪の女性は何者だ?」 とざわめかれていた。人々から噂されたリリスは自慢げに「フフンッ」と鼻を高くしている。


 普段からあまり人と関わりたくないタイプの俺からしたら楽しそうに自分をアピールしているリリスが少し羨ましく思えた。全く女神っぽくはないけれど……。


 リリスから教えてもらった魔獣の位置を周りのハンター達と共有しつつ、俺自身も着々と魔獣を討伐していった。


 本当は実績や討伐報酬の多そうな魔獣は自分の手で倒した方が得ではあるのだが、今は早期討伐を最優先にすべきと判断し、大声で魔獣の場所情報を伝えまくった。今日ほど声を出す日は今後こないのではなかろうか。


 時々、怪我をして戦線離脱しているハンター達を見かけるものの、体感的には確実に魔獣の数は減っているのが分かる。戦況はきわめて順調のようだ。


 魔砂マジックサンドの操作訓練を兼ねつつ、魔獣を討伐し続けた俺はハイオークと戦った時よりもスキルの練度が上がっているのを感じていた。今まで間違ったスキルの解釈をしていた時間が本当に悔やまれる。


 そんな事を考えていると、見張り台の頂上へアイ・テレポートをしていたリリスが、下にいる俺に向かって大声で呼びかけてきた。


「た、大変ですガラルドさん、あっちでレックさんが!」


 リリスが指差す方を見てみると、その方向には町の象徴である超巨大な『ヘカトンケイル像』があり、像の上で魔獣のオーガがレックを何度も殴りつけていた。


 『ヘカトンケイル像』は巨人を模した像で、宿屋やギルドよりもずっと縦横に大きいから登るのも一苦労に違いない。


 それなのにオーガが像の上へ登っていることを考慮すると、もしかしたら魔獣襲撃のボスはオーガであり、見渡しの良い位置から各魔獣へ攻撃を促す指示を出しているのかもしれない。


 威圧で雑魚魔獣を大移動させたガルムとは違い、頭が切れるタイプの厄介さを持つオーガは魔獣の序列から言えばガルムやハイオークよりも上になる。


 魔術は使わないものの、常人の2倍近い背丈と筋骨隆々とした肉体から繰り出される打撃で恐れられる人型の魔獣だ。それ故にレックが勝てないのも納得ができる。


 ハンターや兵士が何名か中心部を守っていたはずなのに、レックの援護をしていないということは、像に登ることができないのか、もしくは既にやられてしまっているのかもしれない。


 このままではレックが危険だ、離れた位置にいるハンター達を呼ぶ時間もない以上直ぐに助けに行かなければ。


 俺は『アイ・テレポートで俺を飛ばせ』と指示を出すべく、リリスがいる見張り台の頂上へ顔を向けると、リリスは既に頂上から飛び降りている最中だった。


「受け止めてくださいガラルドさぁぁぁん!」


「うわああぁぁぁぁ」


 何の相談もなくいきなり飛び降りるリリスに対して、慌てて魔砂マジックサンドで螺旋状のクッションを作って衝撃を和らげ、両腕でリリスの身体をキャッチした。


「いきなり過ぎだ、危ないだろうが!」


「アイ・テレポートは消耗が激しく、触れた人しか飛ばせませんからね。階段を降りたり、アイ・テレポートでガラルドさんの近くに飛んでいる余裕はないのですよ。さぁ、お姫様抱っこから降りるのは名残惜しいですが、早く助けに行きましょう」


 お姫様抱っこはともかく、リリスの言う事にも一理ある。納得させられた俺は右手で棍を持ち、左手でリリスの手を握る。


「アイ・テレポート!」


 リリスの叫びと共に消えた俺達は一瞬でオーガの真後ろへ移動した。尻もちをついたレックを今まさにオーガが踏みつけようとしている。


 俺は棍に回転砂を纏わせてオーガに向かって振りかぶる。


「させるか! トルネード・ブロウ」




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