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第6話 リリスのスキルと熱意

 動く気力も考える気力も湧かずに俺は何時間もボンヤリと川を眺めていた。


 人って絶望的になるとこんな行動をするんだな、と自虐的な自己分析をしていると夕陽を照らす川面に人の影が映った。


 後ろを振り向くとそこにはリリスが立っていた。リリスは唇を噛みしめながら俺に言葉をかける。


「実は、ガラルドさんとレックさんが診療所で話していた内容を外から盗み聞きしていました。あんなの酷すぎます、どうしてガラルドさんは言い返さないのですか? 優しすぎますよ……」


 なるほど、朝から部屋にいなかったのは先回りして盗み聞きをする為だったのか。俺は別に優しい人間なんかじゃない……単に言い返す気力が湧かなかっただけなのだが、リリスの目にはそう映ったらしい。


 リリスの顔は逆光でよく見えないが声は鼻声になっているから、もしかすると少し泣いているのかもしれない。


「優しいわけじゃなくて何も言い返せなかっただけさ、それだけディアトイルは嫌われているし社会的にも恵まれていない立場なのは事実だしな。害虫を見るだけで叫び声をあげる人間がいる様に、どう頑張っても受け付けない対象があって、あいつらにとってそれが俺だっただけの話さ」


「でも、そんなの理不尽すぎます……。私はずっとガラルドさんの味方ですから、これから一緒に新しいパーティーで頑張っていきましょうよ」


 予想通りというか、やっぱりリリスは出生など一切気にしない優しい女神だった。世の中に1人だけでも自分を認めてくれる人がいただけラッキーじゃないか、と自分に言い聞かせ、俺はリリスの誘いを断ろうと思う。


 きっと明日以降ギルドに俺の出生情報が広がって、俺には誰も寄り付かなくなるだろう。


 リリスは追放者を集めるという謎の行動をしている変わり者ではあるが、俺は追放者以下の厄介者だ。俺がいるだけでリリスに迷惑をかけるだろう。


 明日以降、俺自身どう生きていくかはまだ考えていないが、とりあえず今は『ハンターは辞めて故郷に帰って仕事をするつもり』と嘘をついて、俺の元から去ってもらおう。


 そう決断して言葉を掛けようと立ち上がった瞬間、俺は逆光で隠れていたリリスの顔の異変に気付いた。


 なんとリリスの左頬が腫れているのである。驚いて直ぐにリリスへ理由を尋ねる。


「リリス、どうして左頬が腫れているんだ?」


「あ~、気づいちゃいましたか? 実はガラルドさんが診療所を出ていった後、レックさんへ詰め寄ったんです。『あなた達は最低です!』って私が怒ったのを皮切りに言い合いになって、どれだけ私が説得しても、ずっと差別的なことを言い続けるレックさんに腹が立ってビンタしちゃったんです」


「おいおい、一応レックは怪我人だぞ」


「顔は元々怪我していませんでしたし、一応ビンタした後に治癒魔術をかけましたよ、と言ってもビンタはよくないですよね……ごめんなさい。ですがレックさんは叩かれたことを怒ってなくて、むしろ隣にいたネイミーさんが激昂しちゃって私の頬をビンタしたんです。そしてブルネさんが止めに入って落ち着いた後、レックさんが引き出しを開けて、私にハイオークの討伐報酬が入った布袋を渡したんです」


「そうか、それで頬が腫れていたんだな。それにしても色々なことがありすぎて討伐報酬のことはすっかり忘れていたぜ。レックは俺にいくら渡したのか分からないが、リリスも沢山貢献してくれたわけだし、半分持って行っていいぞ」


「実はですね……その時の私はかなり頭に血が昇っていまして『こんな最悪なパーティーで得たクエスト報酬なんか必要ありません!』って言って投げ返しちゃったんです……ごめんなさい」


「なっ、何してんだ、お前! ハイオークの討伐報酬は凄く高いのによぉぉ」


「うわーん、ごめんなさいぃぃ、今から取り返してきますぅ!」


 回れ右をして診療所の方へ行こうとするリリスの肩を掴んだ俺は首を横に振る。


「もういいよ、俺の為に怒ってくれたんだもんな、それだけで儲けものだと思う事にするよ。正直リリスが言いたいことを言ってくれて少しスッとしたからな」


「うぅ……ありがとうございます……。ところで話は変わりますが、これからガラルドさんはどうするおつもりですか? また1からパーティーメンバーを集める感じですか?」


「いや、もう故郷に帰ることにするよ。俺の出生だってギルドの連中にバレちまうのも時間の問題だ。ハンターはやっていけないだろうからな」


「そんな……きっと何か方法はありますよ。今辞めてしまうとこれまで積み上げてきた実績が勿体ないですよ。それに折角スキルもちゃんと使えるようになったのですから」


 そう言ってリリスは俺の右手を両手でしっかりと握りしめる。リリスの震える手から熱意と思いやりが痛いほど伝わってきたけれど、俺はもう理不尽な世界に疲れてしまった。


「すまん、別の仲間を見つけて頑張ってくれ」


 俺はリリスの両手をゆっくりと剥がし、リリスの前から立ち去った。しかし、リリスは全く諦めておらず、俺の前に回り込んで両手を広げて通さない意思を示す。


「私はガラルドさんの勧誘を諦めませんよ」


「しつこいな、俺のことは放っておいてくれ!」


 俺はリリスの手に捕まらないように脇に逸れながら走って逃げた。こんな別れになってしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだが、リリスが諦めてくれないから仕方がない。


 後ろを振り返らず全力で走っていると前方から突如、鎌鼬かまいたちの様な風切り音が聞こえてきた。その音の直後、まるで瞬間移動の如く、リリスが俺の前方へと回り込んだ。


「ハァハァ、に、逃がしませんよ」


「今、何をしたんだ、リリス?」


「私の後天スキル『アイ・テレポート』で回り込ませてもらいましたよ、ハァハァ……」


「『アイ・テレポート』? どんなスキルなんだ?」


「至ってシンプルなスキルで、私が見つめている場所へ瞬時に移動ができるスキルです。神託の森でガラルドさんを助けた時に使ったのがこのスキルなんですよ。ガラルドさんが神託の森で私のスキル内容を聞いてきた時に『後で答えます』と言った理由は広々とした場所で使った方が分かりやすくて効果的だと思って説明を保留にしたんです」


「ほうほう、ちなみにどうしてそんなにも息切れしているんだ?」


「このスキルは1回発動する毎にかなりの体力を使ってしまう弱点があるのです」


「なるほど、よく分かった。攻守に渡って使える良いスキルだな。でも体力を使うってところまで種明かしをしてしまうと簡単に逃げられちまうぞ?」


「あっ!」


 やってしまったとばかりに目を点にして、口を大きく開けているリリスを尻目に俺は再び逃走した。どうやらリリスは結構抜けているところがあるようだ。


 アイ・テレポートで回り込まれる度に進行方向を変えて逃げ続けることで、俺は全く捕まりそうになかった。


 どうにか逃げ切れそうだな、と安心していた俺だったが、リリスはどれだけ体力的に辛くてもアイ・テレポートを止めなかった。


「ハァハァ、ま、待ってください、どれだけ逃げても私は諦めませんよ、ハァハァ」


 顔を青くして肩で息をする健気なリリスの姿を見ていると、周りから邪魔者扱いされる俺に優しくしてくれる唯一の存在なのかもしれない……と心が揺らぐ。


 その優しさに甘えたくなったけれど、リリスに迷惑をかける訳にはいかない。再び逃げる構えをした俺だったが、リリスが残る力を振り絞るかのように大声で自分の思いを伝える。


「私の使命は平和な世界をつくることです! その世界ではガラルドさんだって笑っていなきゃいけないんです。だから私はガラルドさんを絶対に放っておきません。それに私は使命を抜きにしてもガラルドさんという人間を尊敬していますし、一緒に旅をしたいんです! だから……どうかお願いします!」


 使命感・慈しみ・願い、全てがこもったリリスの説得に俺の心が解きほぐされていくのを感じる。逃げるのをやめて自らリリスへと近づいていった俺は頭を下げて謝った。


「本当は俺の方からリリスへ仲間になってくれと言う立場なのにリリスがクタクタになるまで追いかけさせてすまなかった。俺はもう逃げない。出生という重たい枷はあるけれど、それでもどこまで進めるか試してやる。だから改めて俺の方から言うよ。リリス――――俺についてきてくれ!」


 俺なりに真剣な謝罪と決意をリリスに伝えた。だが、言葉を聞いたリリスは何故かクスクスと笑っている。


「ふふふ、何だか言葉のチョイスと雰囲気がプロポーズみたいですね」


「真剣なんだから茶化すなよ」


「ふふ、ごめんなさい。でもとっても嬉しいです。もしかしたら異変調査の旅に出てから1番嬉しい出来事かもしれないです」


「リリスは異変調査でヘカトンケイルの近隣しか旅をしたことがないんだよな? 世界は本当に広いから女神の使命を頑張りつつ、これからもっと嬉しい事や楽しい事を見つけていこうぜ」

「はい! よろしくおねがいします!」


 そして俺達は宿屋へと戻った。晩御飯を食べ終え、明日以降どうするかを話し合ったあと、俺達は眠ることにした。


 さあ、明日からは新生パーティーでスタートだ! 不安とワクワクを抱えた俺はリリスに占領されたベッドを尻目にカーペットが敷かれた床で眠りについた。


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