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第5話 宣告と呪い

 ハイオークとの戦いに勝利した翌日、疲労が溜まっていた俺は昼過ぎに目を覚ました。


 突然なだれ込んできてベッドを占領していたリリスはとっくに起きていたようで、置き手紙に『買い物に行ってきます』と残し、出かけたようだ。


 相変わらずマイペースな奴だな、と少し笑えてきたが、床で眠らされたことで身体の所々で痛みが発生し、微笑は苦笑いへと変わった。


 もう少しすればレックが休んでいる診療所へ顔を出す時間になる。時計を見て思い出した俺は支度をして診療所へと向かった。レックが治療を受けている個室の前まで来た俺はドアをノックする。


「レック、入ってもいいか」


「ああ、いいぞ」


 扉を開けた先にはブルネとネイミー、そしてベッドに横たわるレックの姿があり、身体は思ったよりも元気そうで安心した。


 ハイオークの攻撃を喰らって、それなりに出血していたように見えたが、ネイミーとリリスが早めに治癒魔法で出血を抑えたのが功を奏したのだろう。


「元気そうで何よりだ。頑張ってハイオークを倒したかいがあったぜ」


「あの時のガラルドは強かったな、お前を無能と言ったのは撤回しなければいけないな」


 怪我で弱っているせいか、今日のレックは今まで見た事がない程に殊勝だ。いつもは俺の能力不足もあってか当たりがキツイのだけれども。


 昨日、真の力を発現することが出来たのがやはり大きかったようだ。これで俺はパーティーから追放されずに済む、そう確信してレックにこれからのことを尋ねる。


「遅くなったけど昨日になってようやく自分の真の力を見つけることができた。だから今後レック班でも足を引っ張らないと思う。これからも一緒に戦わせてくれよな」


「その事だがガラルド、それでもお前は俺のパーティーから出て行ってもらうことにする」


「は?」


 思いもしない返答に頭が真っ白になった俺は間抜けな返事をしてしまう。遅咲きとはいえ強くなることはできたし、死にかけの仲間を命懸けで助けだした。


 それに俺を放って逃げ出したことも心底腹が立ったけど、堪えに堪えて追及はしなかったのに。


 ぐちゃぐちゃになりそうな脳内を抑えきれなかった俺は、静かにしなければいけない診療所内で大声を出し、レックに詰め寄る。


「何でだよ! 俺はもう弱くないし、レック達の為に身体だって張ってきた。今の俺のどこに気に食わない点があるんだよ」


「戦闘面や人格面が問題じゃないんだ、原因はお前の出生にある。俺達は少し前に知ったんだが……お前『魔屍棄ましきの地 ディアトイル』の出身なんだろ?」


「な、なんで知っているんだ……」


 俺は突然の追及に驚いてしまい、おもわず肯定してしまった。『魔屍棄ましきの地 ディアトイル』は別名『穢れの地』とも言われていて、多くの人間から嫌われている俺の故郷だ。


 魔獣の巣窟となっている山岳地帯の根元にある大穴の中に造られた地で『魔の屍を棄てる地』という名の通り、ディアトイルは高地にある魔獣の巣から、死んだ魔獣の屍や病気になった魔獣が高所から大量に捨てられている。


 ディアトイルに住むほとんどの人間は上から落ちてきた魔獣の死体を捌いて、武器、防具、素材、薬などを作って生計を立てている。


 ディアトイル以外の町で鍛冶や加工をしている職人たちは既にディアトイル内で細かく分けられている魔獣の骨や皮を受け取る形で仕事を進めているパターンが多い。


 ディアトイルが嫌われている理由は複数あり『魔獣の屍を扱う者ばかりが住んでいるから』『魔獣の総本山とも言える場所の近くで生活しているから』『言語、文字、風習などが他の町と比べると独特なものが多いから』等、あげ出したらキリがないレベルだ。


 そしてレックは何故、俺の出生が分かったのかを語り始める。


「怪しいと思った点は幾つかある。一つは古代語を読むのがやたらと下手な事だ。この点に関しては小さい頃から普通の町で教育を受けられなかったり、ディアトイル独自の勉学に染まっている可能性が高いと思えたからだ」


「ぐっ……ふ、2つ目はなんだよ?」


「2つ目は加工・修繕技術だ。ガラルドはパーティーメンバーが買った武具をより強くする為に加工してくれたり、傷んだ武具をよく修繕してくれていたよな? その時にやたらと手慣れていたようだし、加工・修繕方法も見た事がない独特の手法をとっているのが目に入ったんだ」


 正直何も言い返すことが出来なかった。抜け目がないというか、レックは細かいところまでよく見ている……。したくもない関心をする羽目になった。


 一応パーティーに加入する時は、ギルドの登録用紙の出身欄に『辺境の村ポルーロの孤児院出身』と嘘を記入していたのだが、完全に嘘がバレてしまった。


 レックはゴミを見るような目で俺を見つめながら、話を続ける。

「その他にも色々と調べ続けた俺達は最近になってようやく確信を持つことができ、どうにかしてガラルドに抜けてほしいと考えた。だからテストという形をとって追放する事に決めたんだが、昨日の俺達はあのザマだ。お前はリビングデッドのようにしぶとい奴だな、とっとと消えてほしかったよ」


 そうか、レック達は再検討するつもりなんてなくて最初から俺に消えてほしかったわけだ。


 だからハイオークと最初に出会った時は、俺を放って逃げて、ブルネやネイミーのことは命懸けで助けに行ったわけだ。


 土台からして生きているステージが違うんだ。言い返す気力も湧かずに下を向いていると、レックは更に侮辱の言葉を重ねる。


「そもそも、ディアトイルが個人的に嫌いかどうかを置いておいても、やっぱりディアトイルの出身の奴は『スターランク』の兼ね合いで仲間にすることはできない。ハンターであるお前ならこの言葉の意味が分かるだろうし、分かっているからこそ嘘の出身地を名乗ったんだろ?」


 レックの言う事は尤もだった。近隣諸国のハンター含む、各分野の仕事人達にはスターランクという制度が採用されているからだ。


 スターランクはハンター等が仕事で収めた業績を数値化したもので、俺は40、レックは70の好成績を収めている。


 現在最高クラスのハンター達でも100前後だからレックは若いながらも相当な位置にいるわけだ。そしてこのスターランクはそのまま地位の高さや権限の強さを決める値となる。


 高ランクの場合、ハンターだと大隊を指揮、職人なら流通を取り仕切る立場になれる等、様々なメリットがある。


 そしてスターランクというシステムは同時に差別的な側面も持っている。出生・身分・家柄などと連動し、倍率補正する仕組みがあるからだ。


 一般的な町や村で普通に生まれた人間の場合ならスターランクに1.0を掛け算し、身分の高い町や家柄の出なら1.5を掛け算するわけだ。


 両者がスターランク20の場合だと前者が20、後者が30となり大きく開きが出ることになる。


 近隣諸国でもトップクラスに出生が恵まれている貴族出身のレックは2.0の倍率がかかる一方で『魔屍棄の地 ディアトイル』出身の俺は、理不尽に0.5倍の倍率を掛けられてしまうのだ。


 反吐が出るようなこのシステムに正面から歯向かってやりたいところだが、現実はそんなに容易いものではないことが分かっている。だから俺は少しでも倍率が上がるように嘘の出生地を書いた。


「ああ、レックの言う通りだ、だから出身地を偽った」


「直ぐに認めてくれて助かるよ。俺達普通の人間はずっとディアトイルの奴らは穢れから生まれたろくでもない奴らの集まりだと教育されてきた。出身地が分かったガラルドに対して、少なからず嫌悪感がある。それでも一応お前は命の恩人だから、礼も兼ねて嘘をついたことを罰しはしない」


 助けてもらっといて何を偉そうに言ってやがるんだ! そう言ってやろうと思ったけれど、喉まで出かかったところで言えなかった。


 俺だってスターランクの高い仲間がいればパーティーの合計スターランクの高さに便乗して高難易度・高報酬の討伐任務を受けてやろうという算段をしていたからだ。


 その点で言えば俺もあまり褒められた人間ではないのかもしれない。少なくとも差別をしたり裏切ったりするような人間よりは100倍マシだとは思うが。


 俺はもう一切言い返す気力が湧かなくなり、診療所を去ることにした。


「世話になったなレック、ブルネ、ネイミー。これからお前達のハンター業が上手くいくことを祈っているよ、じゃあな」


 最後に嫌味の1つでも言ってやろうかと思ったけど、今はもう言い合いをする気力もない。扉を開け、診療所を出ていった俺は、ボーっと歩き続けて、気が付けば川原で横になっていた。



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