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第4話 再会とリベンジ

 小さい茂みから何やら音が聞こえる。身体の大きいハイオークが隠れていることはないとは思うが、小さいモンスターが隠れているかもしれない。俺は念のために茂みへ小石を軽く投げいれた。


「ヒィィッ!」


 どう聞いても人の声、それも聞き覚えのある女性の声が茂みから発せられた。俺はもしやと思い茂みを掻き分けると、中から同じパーティーの魔術師――――ブルネが現れた。


 どうやらブルネは足首を怪我しているようで、身体をブルブルと震わせ怯えている。俺は裏切って逃げられた恨みを一旦保留にして、ブルネに何があったのかを尋ねた。


「3人で無事逃げ切ったんじゃないのか? 何でブルネだけがここにいるんだ」


「……私たちはガラルド君を置いて逃げたのに怒らないの?」


「言いたいことは色々あるがそれは後でいい。それよりも3人に何があったのか聞かせてくれ」


「……ガラルド君を置いて逃げた私達3人はレック君を先頭にして逃げていたんだけど、途中で私が足を踏み外して高い位置から転げ落ちそうになったの。それだけならまだいいのだけど、私を助けようとネイミーちゃんが私の腕を掴んでくれてね。だけど結局引き上げることができなくて2人一緒に崖を転がった挙句にちょうど川に落っこちちゃって……そのまま2人して流されていたら森の西の方へ来てしまってレック君とはぐれちゃったの」


 正直、自業自得だと思ったけれど、皮肉を言うのもはばかられるぐらいに事態は切迫しているようだ。


 魔術師のブルネも治癒術師のネイミーもコンパスを持っていないから単独で森を抜けるのは困難だ。ブルネもそれを分かっているからこそ、川近くの茂みに身を隠してレックが迎えに来るのを待っているのかもしれない。


 しかし、川は幾つか枝分かれした箇所があるから、しらみつぶしに探していては時間もかかるだろう。それに今いるエリアだとハイオークと遭遇する可能性だってある。


 そもそもレックが単身仲間を助けに来る保証もない。何故なら俺を見捨てたという前科があるからだ。


 俺はこのままレックがブルネを迎えに来るのを待つか、それとも俺が持っているコンパスで先に森の外へブルネを連れていくか迷っていた。俺がブルネを連れていくとレックとすれ違いになってしまい、レックは居なくなったブルネを探し続けてしまう可能性だってある。


「キャァァァァ!」


 どう行動するかを決めかねていると川の下流の方から突然叫び声が聞こえてきた、考えられるのは1人しかいない……同パーティーの治癒術師ネイミーだ。


 俺とリリスは急いで声の聞こえた方へ駆けつけると、そこにはさっきまで戦っていたハイオークとネイミー、そして鎧を砕かれて口から血を流しているレックの姿があった。


「ガ、ガラルド、どう……して……俺たち……を助けにき……」


 ボロボロになって横たわっていたレックは言葉を言い切る前に意識を失った。


「レックが私をかばって……」


 ネイミーが顔をぐしゃぐしゃにしながらレックを心配して泣いている。


 これは一体どういうことだ……パニックになりそうな頭を何とか落ち着かせて状況を分析する。


 恐らくレックは見失ったブルネとネイミーを探して、今いるエリアまで戻ってきたのだろう。


 そしてハイオークに襲われているネイミーを見つけたレックは身を挺してネイミーを守り、棍棒で吹き飛ばされたといったところだろうか。


 この時俺は『何故ネイミーとブルネのことは守ったのに俺のことは見捨てたんだ、無能だからか?』と悲しさと怒りでどうにかなりそうだった。


 ネイミーだってそうだ。俺の事は簡単に見捨てた癖にレックの危険には涙を流して悲しんでいる。


 しかし、今はそんなことを分析している暇はない、目の前には強敵ハイオークがいるのだから。俺はリリスとネイミーに指示を出した。


「リリス、ネイミー、俺が時間を稼ぐから今すぐレックを回復して3人でこの場を離れろ! それから上流沿いにいるブルネと合流して4人で逃げるんだ、お前らだけでも助かってくれ!」


 自分でも何を言っているのかよく分からなかった。俺を見捨てた人間の為に再び盾役をして時間を稼ぐ――――これの意味するところはムカつく奴を助けて、自分の命を散らすことと同義だ。


 自分の中にあった義侠心に驚きつつも、俺の命と引き換えに『恩人のリリス』を助けられるなら悪くはない――――と無理やり自分を納得させる。しかし、そんな俺の考えを許さない奴が1人いた。


「死ぬなっ! 絶対に倒しなさい!」


 破裂音のように大きな声で突然リリスが俺に喝を入れた。あまりのボリュームにハイオークも少しびっくりしているように見える。リリスは更に言葉を続けた。


「人の為に頑張るのは良い。だけど絶対に死を受け入れちゃダメ、最後の1秒まであがきなさい。本当のスキルを知った今のガラルドさんなら倒せる可能性だってきっとあるんだから!」


 的確で手厳しい説教を貰った俺は剣を構えて頷く。女神長サキエルの言う通り、リリスは相当熱い女神なのかもしれない、いつの間にか敬語も抜けているし。


 リリスの言った『本当のスキル』というのは『回転砂』のことを言っているのだろうが、存在を知ったのはついさっきで実戦使用回数は0だ。


 それを使えと言うのはかなり酷なことだと思うが、リリスの言葉に頷いた以上、約束は守らなければならない。自分の内なる魔力を練り込んでいると、そんなことはお構いなしにハイオークが棍棒を振り下ろす。


 マズい、直撃する! 本能で危険を感じ取った俺は、考えるよりも先に両手を前に出し、使ったことのない技を叫んだ。


「守れ、サンドストーム!」


 叫んだ直後、俺の身体の周りに魔法の砂粒『魔砂マジックサンド』が出現し、周囲を高速回転し始める。ハイオークの振り下ろした棍棒が俺の頭にぶつかる寸前で魔砂マジックサンドが打撃を防ぎ、棍棒を遠くへ吹き飛ばした。


 一瞬、目を点にしたハイオークは数秒の沈黙の後、自らの拳を俺に振り下ろしてきた。ハイオークの拳撃も先程と同様に回転するサンドストームで防ぐと、ハイオークの拳は激しい摩擦音と共に擦り傷だらけになっていた。


 高速移動する魔砂マジックサンドの一粒一粒がヤスリのようにハイオークの拳を削ったのだろう。


 初めてハイオークと戦った時に使った『サンドウォール』よりもずっと防御性能が高いようだ。『サンドストーム』を火事場の馬鹿力で出せたことに自分自身とても驚いている。


 ハイオークは拳の怪我によって却って冷静になったようだ。バックステップで距離を取り、そのまま離れた位置に飛んでいった棍棒を取りに行っている。


 直接触れるのは危険だと判断したようだ、やはりハイオークは頭が切れる……。


「凄いですガラルドさん、このまま魔砂マジックサンドを攻撃にも使ってください。そうすればきっと勝てます!」


 リリスがレックを回復させながらアドバイスをくれたが、正直覚えたてのスキルでどうやって攻撃すればいいのかが分からない。


 サンドストームで近づいて傷をつけてやろうにも練度が足りない今の俺には移動しながら発動し続けるのは出来そうにない。


 攻撃と防御を兼ねて剣を持って近づきたいところだが、最初にハイオークと戦った際に自身の剣を投げて背中に刺してしまったせいでハイオークがどこかに捨ててしまったようだ。


 どうすればいいのか、まだ考えも纏まらないうちにハイオークは棍棒を構えてこちらへ突進してきている。


 とりあえず今やれることをやるしかない、そう決意した俺は再びサンドストームを発動する為に両手を構える。


 真上から振り下ろされた棍棒は助走も相まってかなり強く、俺の身体は棍棒と魔砂マジックサンドがぶつかった衝撃波で後ろへ大きく吹き飛ばされた。


 ダメージはないものの、後方の泥濘ぬかるみで尻もちをついてしまった俺は、起き上がるのが遅れて、ハイオークに追撃のチャンスを与えてしまった。


「避けて、ガラルドさん!」


 リリスは必死に叫んでくれたが、この態勢では避けられそうにない。最後の1秒まで諦めるつもりはないが、打開策がさっぱり思いつかない。


 背中に剣と魔術を受けてなお、突進してくるタフなハイオークを褒めてやるべきなのかもしれない。


「背中……そうだ!」


 尻もちをついている俺へ今まさに棍棒が振り下ろされようとしている瞬間、逆転の手を思いついた。俺は左手だけでサンドストームを作り出し、防御姿勢をとった。


 俺は両手で作るサンドストームのような綺麗な円状ではなく前後に長い砂嵐を形成した。少し防御性能は劣るかもしれないが何とか耐えてくれ! そう願いながらハイオークの棍棒を迎え受ける。


 魔砂マジックサンドと棍棒が激しくぶつかった衝撃音が耳に響いたものの、助走をつけて叩いてきた先程とは違い、棍棒の威力は俺の予想通り少し弱まっている。


「受け流せ、サンドストーム!」


 叫んだ俺に呼応するように、サンドストームはハイオークの打撃を俺の斜め下後方へと受け流した。


 片手で生成した前後に長い楕円状のサンドストームは受け流しという利点を見事に活かすことができた。棍棒はそのまま足元にある泥濘ぬかるみへとめり込む。


 棍棒がめり込んで焦っているハイオークは今まさに俺の方へ背中を向けている。チャンスはここしかない!


 俺はサンドストームの発動に使用しなかった余った右手の周りへ小さく高速回転するサンドストームを作り出した。


 右手に宿った魔砂マジックサンドは範囲こそ小さいものの、回転も速く魔力密度も濃くなっている。俺は渾身の力を込めて右拳をハイオークの背中へ叩き込んだ。


「とどめだぁぁ!」


 俺の右拳は剣と魔術で傷ついたハイオークの背中へ直撃する。


「グオオォォォ!」


 呻き声をあげ、背中から大量の血を流したハイオークはそのまま膝をついて、バタリと勢いよく倒れ込んだ。


 さっきみたいに死んだふりをしていないか警戒しながら確かめたが、どうやら本当に死んでいるようだ。じわじわと湧いてきた勝利への喜びが抑えられず、俺は大声で叫んだ。


「よっしゃぁぁ! 俺らの勝ちだぁぁ」


 少し涙目になったリリスが小走りで俺の元へ駆け寄る。


「凄かったですガラルドさん! 直ぐにスキルを使いこなして最高にかっこよかったです、惚れちゃいそうです! そして何より大きな怪我もなくて……本当によかった……」


 さっき知り合ったばかりの俺にここまで親身になってくれるなんて……改めてサキエルが言っていた『優しい子』という言葉が実感できる。


 俺もちょっと涙目になりそうだったし、感動の場面なのかもしれないけれど『狩りは帰るまでが狩り』という言葉もある。とりあえず全員に帰還の指示を出しておこう。


「よし、ハイオークから魔石を取り出したら、日が暮れる前に急いで町に戻るぞ。レックはだいぶ回復してきているようだが、まだ歩いたり喋ったりするのはきつそうだから俺がおんぶしていく。足を怪我しているブルネと合流したら、リリスとネイミーが肩を貸して一緒に歩いてやってくれ」


 そして俺達はブルネと合流を果たし、帰りは特に何もトラブルもなく町へと帰る事ができた。


 レックを診療所へ連れていき、ブルネとネイミーを宿に送り届けた後、俺はようやく自分が泊まっている宿屋へ戻り、ドサッとベッドへ倒れ込んだ。


「あ~、疲れた」


 本当は風呂に入った方がいいのだが、あまりの疲れで面倒くささが打ち勝ってしまった。心と体の奥底から出た言葉に甘えて俺は目を瞑る。こんなにも働いたのだから今日は早く眠って、翌朝風呂に入ればいいだろう。


「あれ? ガラルドさん、お風呂に入らないのですか?」


 突然耳に入った女性の声に飛び起きた俺はベッドの横を見た、そこには机に頬杖をついたリリスの姿があった。


「何であんたがここにいるんだ!」


「えっ? だってまだガラルドさんがレック班に残るかどうか見届けていませんよ? もし抜けるなら私達は同パーティーになりますから、宿泊予行練習ってところですかね。それに私はガラルドさんの人間性に惚れちゃいましたから同部屋大歓迎ですよ……えへへ」


「えへへ……じゃねぇよ! 確かにレックが元気になってから、俺の進退を聞きに行くつもりだったが……だからって同室にいなくてもいいだろう!」


「まぁまぁ、細かい事はいいじゃないですか、それよりも身体はしっかり洗った方がいいですよ、お疲れでしたら背中も流しますし」


「結構だ! 何かもう色々とツッコミどころだらけだが言い出したらキリがない。とりあえず宿代は払っておくから、違う部屋へ行ってくれよ、ベッドは1つしかないんだからな」


 そう言って俺は風呂を済ませた後、フロントでリリスの部屋の分の宿賃を払おうと宿主の親父さんに話しかける。


「すまないが、知り合いが急に俺の部屋へなだれ込んできてしまって、そいつ用にもう1部屋分の料金を払うから泊まらせてくれないか?」


「う~ん、最近魔獣の活性化の影響からかハンターの客が多くて今日も満室でしてね。申し訳ないが、1人部屋を2人で使ってくれ」


「げ! そ、そうか。分かったよ、我儘を言ってすまなかったな」


 仕方なく俺は自分の部屋へ戻った。リリスに事情を伝えようとしたけれど、リリスは既に俺が使っていたベッドで爆睡している。


 枕に頭を置き、身体を壁側に寄せ、掛け布団も半分だけ掛けている様子から、俺の寝るスペースを残しつつ、自身もじっくり寝る気まんまんだったのだろう。


 一応男と女ではあるのだが、信用してくれているのか、それとも警戒心がないのかは分からない。いや、アホ面を浮かべて変な寝相で寝ている様子からして恐らく後者だろう。


 と言ってもリリスは今日大活躍だったし、俺の危機も救ってくれた命の恩人だ。


 長旅からの帰還後すぐにハイオークの事件に巻き込まれたわけだから疲れも溜まっていたのだろう。

 俺はリリスが半分だけ掛けている掛け布団をしっかりかけ直してやった後、床のカーペットを敷き布団代わりにしてそのまま眠ることにした。


 床とはいえ疲れていた影響で瞼が重くなり、直ぐにでも眠れそうだ。


 今日は残留をかけたテスト、女神との出会い、真のスキル理解、仲間の裏切り、色々なことがあったが、無事に帰ってこられただけでもよかった。


 明日レックが話せる状態になったら、俺の進退が分かることになる。


 不安ではあるけれど、自分の真の力をみせることができたし、パーティーにも貢献する事が出来たのだからきっと追放されずにすむだろう。そう前向きに考えながら俺は瞼を閉じた。



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