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第24話 VIP(三)

 ◇ ◇ ◇


 時同じくして、スタジアムのフィールドでは魔法協会会長――ボニファーツ・アーベントロートが開会の挨拶を行っていた。


 第三位階の無属性魔法――拡声ラウドゥ・ボイスを行使しながら演説する声は、威厳がありながらも高圧的に感じない包容力がある。

 現在七十二歳のボニファーツは年の功なのか話術にも長けているようだ。


 その様子を選手たち――作戦スタッフや技術スタッフを含む――は各校毎に割り当てられている控室に設置されている映写板スクリーンで眺めていた。


 この映写板スクリーンは魔法具であり、同じく魔法具の投影機プロジェクタとセットで用いられる。

 投影機プロジェクタで撮影しているものをリアルタイムで映写板スクリーンに映し出すことができる代物だ。また、録画撮影もでき、任意のタイミングで映像を映し出すことも可能である。

 しかも録画した映像を記録媒体である記録円盤レコードディスクに移植して受け渡しすることも可能だ。ちなみに記録円盤レコードディスクも魔法具である。


 仕組みは機械に専用の術式を刻んだ魔晶石と、魔力を溜めておくことができる魔有石を埋め込み、スイッチを押すことで魔力を溜め込んだ魔有石に振動による信号を送り、魔有石が魔晶石へと魔力を送ることで術式が発動する仕組みになっている。


 記録円盤レコードディスクだけは例外であり、投影機プロジェクタの再生、移植、それぞれの機能を作動させたら自動で起動する仕組みだ。


 今ではこれらを利用して映画や音楽を撮影するようになり、記録円盤レコードディスクに移植して一般向けに販売するようになっている。

 市井の娯楽に一役買っているのが影響してか、役者、音楽家、映画監督などを志す人が増えたという。


 国民の娯楽を豊にさせた三つの魔法具はジルヴェスターが開発した物で、メルヒオット・カンパニーが製造と販売を請け負っている。


 閑話休題。


 ランチェスター学園の出場選手に割り当てられた控え室では、新人戦の最終準備に取り掛かっていた。


 出場する一年生は作戦スタッフの言葉に耳を傾け、技術スタッフにMACの調整や確認を行ってもらっている。


 そんな中、技術スタッフの一員としても対抗戦に参加しているジルヴェスターは、ステラのMACの最終確認を行っていた。

 昨日の夜に急遽MACに保存してある術式の構成を変更したので、問題なく機能するか念の為確認していたのである。


「これで問題ないな」


 ジルヴェスターは作業台に置かれた腕輪型のMACを手に取ると、そばで作業を見守っていたステラに手渡す。


「試しに一度魔力を流してみてくれ」

「ん」


 頷いたステラは腕輪型のMACを右腕に装着すると、魔力を流して動作確認を行う。

 MACは魔力を流すだけでは魔法が発動されることはないので危険はない。もっとも、素人が調整したMACの場合は暴発する恐れがあるが。


「前よりスムーズに魔力が流れる」

「それは良かった」


 ジルヴェスターの作業は完璧だったようで、ステラの頬が緩んでいる。


「せっかくの晴れ舞台だ。楽しんで来い」

「ん。頑張る」


 ステラは両手の拳を胸の前で握って気合を入れるが、相変わらず表情の変化が乏しい。


「どどどどうしよう! 緊張してきた……!!」

「落ち着いて」


 少し離れた場所では、ベンチに座っているレベッカが緊張で青白い顔をしていた。

 そんな彼女のことをシズカが落ち着かせようとして声を掛けているが、残念ながらあまり効果がないようだ。


「お前そんな繊細な性格だったのかよ」

「うるさいハゲ」

「ハゲてねぇよ!」


 通常運転のアレックスは標的を見つけたとばかりにレベッカのことを揶揄からかって笑っている。

 しかし、レベッカに睨まれて反撃を食らってしまった。


「おいでレベッカ」


 緊張で生まれたての小鹿のように震えているレベッカのことをみかねた姉貴分のビアンカが、温かみのある優しい声で呼び寄せる。


 ベンチから立ち上がったレベッカは、幼馴染に導かれるままに胸に飛び込んだ。

 ビアンカの豊満な胸に顔をうずめるレベッカの動悸が少しずつ落ち着きを取り戻していく。


 そんなレベッカのことを抱き締めるビアンカが耳元で囁く。


「今のレベッカはとてもかわいくてわたしは好きだけれど、このままだと愛しのジルくんに情けない姿を晒すことになるよ」

「……別に愛しのジルくんではないけど、かっこ悪いところを見られるのは嫌かな」


 ビアンカの胸に包まれながらボソッと呟く。


「ふふ、そうだね。レベッカなら大丈夫。なんたってわたしのかわいい妹だもの」


 慈愛の籠った眼差しを向けながらレベッカの頭を撫でるビアンカ。


「がんばる」


 そう小さく呟くレベッカの瞳には薄らと闘志が宿っていた。


「リアは大丈夫かい?」


 近くでレベッカの様子を見守っていたイザベラがリリアナに尋ねる。


「ええ」


 リリアナは微笑みながら頷くと――


「そういうイザベラはどうなの?」


 と首を傾げながら問い掛けた。


「はは、私も問題ないよ」


 イザベラはエアハート家の長女として表舞台に立つことに慣れている。なので、今も平常心を保つことができていた。


 その点、リリアナもディンウィディー家の娘としてある程度は表舞台に立つことに慣れている。

 彼女の場合は長女ではないし、家庭の事情もあってイザベラほど表舞台に立つ機会はないが、対抗戦で緊張してしまうようなことはない。


 魔法師界の名門出身の二人と、一般家庭出身のレベッカとの違いが、今の精神状態に表れている。


「お前は大丈夫か?」


 友人たちのやり取りを視界に収めていたジルヴェスターがステラに尋ねる。


「ん。オリヴィアが一緒だから大丈夫」

「そうか」


 ステラは社交界などの表舞台に出ることに慣れているし、対抗戦に出場するのを目標にしていたからイメージトレーニングを欠かしていなかったので、自分のメンタルをコントロールできていた。


「むしろわたしの方が緊張しているかもしれないわね」


 そばにやって来たオリヴィアが苦笑しながら吐露する。


「お前がか?」

「ジルくんはわたしが図太いとでも言いたいのかしら?」


 オリヴィアは意外感をあらわにするジルヴェスターにジト目を向ける。


「そういうわけではないが……」


 若干気圧され気味のジルヴェスターは言葉に詰まる。


「オリヴィアは大人びていてかっこいいから、余裕があるように見えるってことだと思う」


 ステラがお馴染みの無表情でフォローする。

 ジルヴェスターにとってはありがたい助け舟だったが、ステラ本人はフォローしているつもりはなかった。純粋に思っていることを口にしただけだ。


「ふふ。今回はステラに免じて、そういうことだと思っておくわ」


 オリヴィアは一度ステラに穏やかな笑みを向けた後、ジルヴェスターに意味深な視線を向けた。


 その視線に晒されたジルヴェスターは反射的に「あ、ああ」と頷く。


 彼はいつも余裕があって冷静な態度を崩さないが、やはりステラとオリヴィアといる時は年相応の少年に戻るようだ。

 本来の彼なら相手の機嫌を損ねるような失言を口にすることは滅多にない。しかし、二人と一緒にいると幾分か気が緩んでしまい、口が軽くなってしまうのであった。


 もっとも、オリヴィアは機嫌を損ねていたわけではなく、冗談を口にしていただけだ。それをジルヴェスターは理解しているから真に受けてはいない。


「――さあ、みんな、今のうちに作戦の最終確認をしよう」


 一度手を打ち鳴らして注目を集めたレアルが声高に提案すると、新人戦に出場する選手と、作戦スタッフの二、三年生が賛同する。

 そして新人戦のリーダーを務めるレアルを中心にして一同が集まっていく。


「行ってくる」


 ステラはジルヴェスターにそう声を掛けると、オリヴィアの手を取ってレアルのもとへ足を向けた。


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