◇ ◇ ◇
約三十分後、ステラはオリヴィアを伴ってやって来た。
風呂上がりのオリヴィアは身体が火照っており、男なら誰もが見惚れてしまう色気があった。
石鹸の匂いだろうか? オリヴィアから鼻腔を擽るいい香りがする。
ジルヴェスターでなければ間違いなく鼻の下を伸ばしていただろう。
「こんな時間にごめんなさいね」
「気にするな。これも俺の役目だ」
オリヴィアが申し訳なさそうにしているのは無理もない。
本来、夜分遅く訪ねるのは非常識だ。
三人の関係値があるからこそ許されることである。
「それに技術スタッフは好きでやっているからな」
ジルヴェスターは技術スタッフを務めている以上、ステラを始め担当している人の要望には可能な限り答えるつもりだったし、趣味も兼ねているので全く迷惑ではない。むしろ嬉々としているくらいだ。
「ふふ。ジルくんらしいわね」
クールであまり表情が変化しないジルヴェスターだが、内心は楽しみで仕方がなかった。
それがオリヴィアには筒抜けであり微笑まれてしまう。
彼女に対しては何も恥じ入ることはないので、ジルヴェスターはこそばゆくならない。
「それでステラの相談はなんだ?」
ベッドに腰を下ろして二人のやり取りを傍観していたステラに視線を向ける。
「わたしは攻撃魔法が得意だからMACはそれを中心に構成していたけど、治癒魔法や支援魔法も組み込めたらと思って」
ステラが喋っている間にオリヴィアもベッドに腰を下ろす。ステラと横に並ぶ形だ。
「なるほど」
腕を組んで耳を傾けていたジルヴェスターが頷く。
「苦手な魔法を無理に組み込む必要はないんじゃない?」
オリヴィアが心配そうな表情になる。
「でも、その方がみんなの力になれる」
「攻撃魔法に特化しても力になれると思うわよ」
支援魔法や治癒魔法は仲間の為に使ってこそ真価が発揮される。
しかし、攻撃魔法に特化して敵を倒すことも仲間の力になれる。
無理に苦手な魔法を行使しなくてもいいのではないか? とオリヴィアが心配するのは道理だ。
それで本来の力を発揮できなければ本末転倒なのだから。
「
ステラはジルヴェスター以外の同級生の男子は君付けで呼んでいる。おそらく付き合いの長さの違いだろう。
それはともかく、彼女の言う通り新人戦のエースは間違いなくレアルだ。彼だけ実力が突出している。
レアルのサポートに徹すればより多くのポイントを獲得できるのは間違いないだろう。
「だけどステラは対抗戦を楽しみにしていたわよね? 本当にそれでいいの?」
「ん」
サポートに徹するのは誰にでもできることではない。
派手に魔法を繰り出して戦う人や場面に注目が集まってしまうので、どうしても地味な立ち回りのサポーターは目立たない存在だ。性格的な適正が伴う役目でもある。
元々控え目な性格の人や目立ちたくないという者にとってはうってつけの立場なのだが、ステラは対抗戦のファンだ。
自分が出場する日をずっと楽しみにしていたに違いない。サポーターとしてではなく、前線で戦いたいはずだ。
「わたし個人のことよりもチームが勝つことの方が大事」
ほとんど表情が変わらないのでわかりにくいが、オリヴィアとジルヴェスターにははっきりとわかった――ステラの瞳には確固たる意志が宿っていると。
対抗戦のファンだからこそ、出場する個人個人が自分の役割を把握した上でチームを勝利に導くことが大事だとわかっているのだろう。
「そういうことなら俺もできる限り力になろう」
「ありがと」
苦手な魔法でもMACに埋め込んである魔晶石に刻む術式の精度によって上手く行使できることもある。
そこは技術スタッフを務めるジルヴェスターの腕の見せ所だ。
「お前の適正属性を考慮すると……そうだな、いくつか試してみるか」
ジルヴェスターが考え込む時間はあっという間だった。
数秒で考えを纏めると、早速作業に取り掛かる。
「MACを貸してくれ」
「ん」
ステラは身に付けている指輪型のMACと、腕輪型のMACを取り外して手渡す。
魔法師は
なので、
就寝中もだ。仮に取り外しても手の届く範囲に置いておくのが常である。
「しばらく待っていてくれ」
デスクに向き合ったジルヴェスターは、
慣れた手付きで術式を書き込んでいき、ステラは目で追うのもやっとな速度だった。
研究者肌のオリヴィアはステラよりは理解が追い付いている。
そうして二人はしばしの間ジルヴェスターが作業する姿を見守るのだった。