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第19話 サポート(二)

 ◇ ◇ ◇


 懇親会が終わった後、ジルヴェスターは自分に割り当てられたホテルの部屋にいた。椅子に腰を下ろして読書に興じている。


 静寂が室内を支配する中、ページをめくる音だけが鳴り、耳心地が良く心が穏やかになっていく。心なしか読む速度が上がっている気がした。


 本来は二人一部屋なのだが、人数の関係でジルヴェスターは一人で一室を使っている。

 お陰で誰にも邪魔されることなく読書に没頭できていた。


 もしかしたら裏でクラウディアが手を回したのかもしれないと思ったが、都合が良かったので問い詰めることはしていない。

 真実はどうであれ、ありがたく一人部屋を満喫させてもらうつもりだった。


 次のページをめくろうとした時、扉をノックする音が室内に響く。

 ジルヴェスターは本をテーブルに置くと立ち上がり、来客を出迎える為に扉へ向かう。


 そして扉を開けると、そこにはステラがいた。


「ジル」

「こんな時間にどうした?」


 今は既に夜が更けている。

 寝るのが早い人なら既に休んでいてもおかしくない時間だ。


「MACのことで相談」

「そうか」

「中……入ってもいい?」


 室内を窺うようにステラが尋ねる。


「今からか?」

「ん」


 今の時間帯に女性が一人で男の部屋を訪ねるのは外聞が悪い。

 故にジルヴェスターは渋っていた。

 そのことに気が付いたステラはいつもの通り無表情で言う。


「ジルはわたしの担当だから大丈夫」


 ジルヴェスターは技術スタッフとしてステラのMACを調整する担当を務めている。

 なので、彼女がジルヴェスターを頼るのは何もおかしなことではない。

 例え夜分遅くに部屋を訪れていたとしても勘違いされる可能性は低いだろう。


「それに仮に誤解されたとしても相手がジルならいい」

「そういう問題ではないだろ……」


 ステラとしてはジルヴェスターと男女の仲だと疑われても一向に構わなかった。


 しかしジルヴェスターとしては簡単に流されるわけにはいかない。

 自分が既婚者だからというのもあるが、ステラの場合は大企業の御令嬢なのが最大の問題であった。


 処女性を重んじている魔法師界とはいえ、一般家庭出身の魔法師は男女交際に関して名家ほど厳しくない。


 ステラの実家であるメルヒオット家は魔法師界の名門というわけではないが、財界では確固たる地位を築いている。

 財界の名家であるメルヒオット家の令嬢として異性に関する外聞は足枷になってしまう。婚姻問題にまで発展しかねないので安易な行動は控えなくてはならない。最悪、一生結婚できなくなる恐れもある。本来は自由な恋愛を許される立場ではないのだ。


 もっとも、ステラの父であるマークは実力と実績で先代当主――ステラの祖父――を黙らせて想い人と添い遂げている。相手が優秀な魔法師だったのも認められた大きな要因だ。


 マークは自分が自由恋愛だったので、子供たちの恋愛事情には比較的寛容だ。――もちろん相手が誰でもいいわけではなく、認めた相手に限るが。


 その点、既婚者でさえなければジルヴェスターは縁談を持ち掛けられていたであろう。マークとは友人関係を築いているので尚更だ。


「せめてオリヴィアが一緒ならいいんだが……」

「オリヴィアは今お風呂」


 良く見るとステラの顔が火照っている。

 おそらく二人でホテルの浴場に行き、ステラだけ先に上がったのだろう。


「……そうか」


 二人きりよりは三人でいた方が誤解は生まれにくい。

 最悪誤解されてもオリヴィアが泥を被ればステラの評判は守られる。

 オリヴィアはステラのことを守る役目があるので文句は言わないだろう。

 そもそもステラのことを実の妹のように可愛がっているので自主的に守るはずだ。

 それにジルヴェスターとオリヴィアの関係上――一部の人しか知らない事情――仮に二人の間に良からぬ噂が立っても問題はなかった。


「なら、また後でオリヴィアと来てくれるか?」


 せっかく足を運んでもらったのに申し訳ないが、オリヴィアと共に出直してもらうことにした。

 ステラの名誉を守る為には致し方ない判断だ。


「……わかった」


 ステラは少しだけ残念そうな表情になったが素直に頷いた。


「それじゃまた後でな」

「ん」


 その言葉を最後にステラはホテルの自室に足を向けるが、少し寂びそうに見える背中が彼女の心情を物語っていた。


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