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第17話 懇親会(五)

 ◇ ◇ ◇


 懇親会が盛上りを見せる中、一人の男性が壇上に姿を現した。

 気配がなく、会場にいるほとんどの人は気づいていない。


 壇上の中心に立った男が口を開く。


「――みなさん、懇親会を楽しんでいますか?」


 男性の声は鼓膜に残り安心感を与えてくれる低くて渋い声だった。


 突然室内に響いた声に驚きの声がこだまする。

 ジルヴェスターとレアルは気づいていたので平静だが、一緒にいる面々は驚いていた。


「いま私が声を発する前に、私の存在に気がついていた人は数人しかおりませんでしたね」


 男性は数人に視線を向ける。

 目が合ったジルヴェスターは肩を竦めた。


「つまり私が襲撃犯だった場合に対応できたのは、その数人だけということになります」


 男性の言葉に場が騒然となる。

 務めて穏和な口調だが、言っていることは辛辣だ。魔法師として未熟と言っているに等しいのだから。


「とはいえ、みなさんはまだ学生です。少しずつ魔法師としての自覚を養ってください。焦りは禁物ですよ」


 優しい笑みを浮かべる。

 その笑みには人を惹きつける不思議な力があった。


「挨拶が遅れましたが、私は魔法協会本部長のマクシミリアン・ローゼンシュティールです」


 壇上の男性――マクシミリアンが名乗ったことでざわめきがより大きくなる。


 マクシミリアンの名を知らない者はほとんどいない。

 魔法協会の本部長は、魔法協会のナンバースリーである。支部のトップである支部長よりも本部長の方が立場は上だ。本部長よりも上位の地位は会長と副会長しかない。


 魔法協会の重役が現れたのだ。騒然となるのは道理だろう。

 しかもマクシミリアンは三十八歳の若さで本部長の座まで登り詰めた才人だ。


「本来は別の者が来る予定でしたが、無理を言って変わってもらいました」


 穏和な笑みに、会場にいる大勢の者の視線が釘付けになる。


 懇親会では主催を務めている魔法協会の者が登壇して激励するのが恒例になっているが、例年ならマクシミリアンほどの大物が来ることはない。なので、今は正に異例の事態である。


 彼は本部長という魔法協会の重役を務めているが、腰が低くて穏和な性格だ。

 お陰で生徒たちは過度に緊張することなく話に耳を傾けることができている。


 収拾がつかない事態になっていたらどうしていたのだろうか、と思いながらジルヴェスターは冷めた視線を向けて静観していた。


 ジルヴェスターとマクシミリアンは面識がある。だからこその冷めた視線だ。

 視線の意味は、「本部長なのにフットワーク軽すぎだろ」という呆れの表れだった。


「相変わらず本部長は年齢不詳だね」


 イザベラが苦笑する。


 面識があるからこその言葉だ。

 普通は簡単に本部長に会えたりはしないのだが、さすがは魔法師界の名門であるエアハート家の令嬢だ。エアハート家だからこそ会う機会があったのだろう。


 マクシミリアンは白い肌をしており、肩に掛からないくらいの長さの茶髪が特徴だ。少し癖がありカールしているが、丁寧にセットしてあって清潔感がある。


 長身でスラっとしているのでスーツが良く似合う紳士だ。

 実年齢よりも十歳ほど若く見える為、年齢不詳と言われることが多い。


 魔法師としても優秀であり、文武を兼ね備えた頼れる男だ。

 人望が厚く、将来的には魔法協会の会長の座に最も近い人物とも言われている。


「せっかくみなさんが楽しんでいる場を長話で遮るのは野暮なので、一言だけ私から言わせてください」


 マクシミリアンは会場にいる生徒たちを見回してから続きの台詞を紡ぐ。


「今は純粋に対抗戦を楽しんでください。仲間やライバルと楽しく切磋琢磨することで成長できると私は思っています。もちろん魔法師としての自覚は忘れないでくださいね」


 最後には年甲斐もなくウインクをする。

 実年齢よりも若く見える外見の所為で違和感がなく、女性陣の心を鷲摑みにしていた。

 優れた魔法師故の整った顔立ちも影響している。


「それではおじさんは退散しますので、みなさんは引き続き懇親会を楽しんでください。ただし、羽目を外しすぎないように気をつけてくださいね」


 そう言うとマクシミリアンは壇上から降りて出入口へと足を向けた。

 すれ違う生徒一人一人に声を掛ける気遣いを自然と行えるあたりが、人望を集める所以ゆえんなのかもしれない。


 マクシミリアンが会場から退室すると、室内の盛り上がりが戻っていく。


「まさか本部長が来るとはなー」

「そうだね。僕も驚いたよ」


 アレックスが後頭部で腕を組みながら呟くと、レアルが相槌を打った。


「本部長って、めっちゃイケメンなんだね」

「若く見えるけど、三十八歳なんだよ」

「――え!?」


 レベッカは本部長に会ったこともなければ見掛けたこともない。――マクシミリアンだと気づいていないだけで、遠くから見掛けたことはあるかもしれないが。

 少なくとも本人と理解した上で会ったのは今回が初めてだ。

 故に、「イケメンだな~」と軽い気持ちで眺めていた。

 だからこそイザベラが口にした言葉に驚いて目を見開いている。


「三十手前くらいだと思ってた……」

「人を見た目で判断してはいけないってことよ」

「だね~」


 シズカの指摘はもっともだ。

 人を見掛けで判断すると痛い目に遭うこともある。

 何より相手に失礼だ。


「ま、今は懇親会を楽しもうぜ」

「今回ばかりはあんたに賛成」


 反目し合うことの多いアレックスとレベッカだが、珍しく同意見のようだ。


「みんなも一緒にね」


 レベッカの声掛けに一同が頷く。


 他校と交流できる貴重な機会だが、結局は仲良しグループで同じ時を過ごすことになるのであった。


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