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第12話 説明(四)

 ◇ ◇ ◇


 翌日の放課後。

 訓練室の一室に多くの見学者が詰めかけている。


「あー、手も足も出ねぇ!」


 バーナードが床に大の字になって悔しげに声を荒げる。

 額からは汗が流れて呼吸が乱れている。


「……委員長たちが推す理由がわかりました」


 メイヴィスは片膝をつき、槍型の武装一体型MACを杖代わりにしている。


「いや……私もここまでとは思わなかったぞ……」


 胡坐あぐらをかいているカオルが苦笑しながら頭を掻く。


「カオル、胡坐あぐらははしたないわよ」


 訓練室の隅に立っているクラウディアが苦言を呈する。

 胡坐あぐらをかくのは淑女として相応しくないと思っての指摘だ。


「そういうの、私はいいんだよ」


 だがカオルはあしらうように片手を振る。


「嫁の貰い手がなくなるわよ」

「そもそも私より弱い男のもとに嫁ぐ気はない」

「確かにカオルより強い男性は限られるけれど……」


 断固としたカオルの態度に、クラウディアは頬に手を添えて困り顔になる。

 実際問題、同世代でカオルより強い男は然程いない。

 すぐに思い浮かぶのはオスヴァルドくらいだろう。


「いや……目の前にいるか」


 カオルは口元をニヤつかせて正面にいる人物に目を向ける。


「どうだ? 私を嫁にする気はないか?」


 カオルの視線の先には悠然と佇むジルヴェスターがいた。


「カオル……?」

「い、いや、冗談だぞ」


 クラウディアに感情の籠っていない瞳を向けられたカオルは、恐怖を感じて背中に悪寒が走った。


「ふふ、わかっているわよ」

「お、脅かすなよ……」


 当のクラウディアは、カオルが冗談で言ったのは理解している。

 揶揄からかわれたからやり返しただけだ。だがカオルは本当に恐怖を感じていた。

 クラウディアを揶揄からかう際に、ジルヴェスターのことを色恋方面でのネタに使っては駄目だと心に刻んだ。


(相変わらず二人は仲がいいな)


 二人のやり取りを見ていたジルヴェスターは微笑ましい気持ちになった。


「――そ、それよりもジルヴェスター君は私の想像以上だったよ」


 カオルは話を逸らすように早口で言葉を紡ぐ。


 今回一同が訓練室の一室に集まっていたのは、カオルがジルヴェスターと模擬戦をしたいと言ったことに端を発する。

 彼女は耳に胼胝たこができるほどクラウディアにジルヴェスターの話を聞かされていた。


 クラウディアのことを信用しているので疑ってはいないが、ジルヴェスターがどれほどの実力者なのかは気になっていたのだ。

 故に模擬戦を申し出た次第である。


 ジルヴェスターとしては対抗戦でエレオノーラの相手をする為に、ある程度は自由に動けた方が都合がいい。

 対抗戦全体のリーダーであり本戦のリーダーでもあるクラウディアが許可しても、一年生であるジルヴェスターがエレオノーラの相手をすると言って納得する者はいないだろう。


 なので、自由に行動できるように自分の実力を見せつけておいた方が話が早いと思い、カオルの提案を受け入れた。


 無論、全力ではない。当然力を抑えて相手をした。

 全力で相手をしたらカオルがただでは済まないからだ。何より正体がバレてしまう恐れがある。


 最初はカオルと一対一で戦っていたが、ジルヴェスターには手も足も出なかった。

 そこで見学していたバーナードが参戦を申し出た。共に見学していたメイヴィスを巻き込んでだ。


 その後、ジルヴェスターは三人を相手に手古摺てこずることもなくあしらった。

 そして今に至る。


 大の字になって悔しがっているが、楽しかったのか口元が緩んでいるバーナード。

 片膝をついて槍型の武装一体型MACを杖代わりにして、肩で息をしているメイヴィス。

 胡坐あぐらをかいて「参った」と言うかのように頭を掻くカオル。

 冒頭の場面のできあがりだ。


「次は一矢報いてやるからな!」

「相変わらず戦闘狂ですね」


 バーナードが上半身を起こして右手の拳を突き出すと、メイヴィスが呆れて溜息を吐く。


「楽しいからな」

「だからって巻き込まないでくださいよ……」


 彼女は戦闘が大好きなバーナードにいつも振り回されている。巻き込まれる身としては堪ったものではないだろう。


「これで誰も文句はあるまい」

「そうだな」


 模擬戦を見学していたオスヴァルドの言葉にカオルが頷く。


「ジェニングスの目に狂いはなかったようだ」


 日頃からジルヴェスターのことを賛美歌のごとく熱く語っていたクラウディアの言葉が正しかったと証明された。

 オスヴァルドも以前観察した際に推し量った実力が誤りではなかったと確信を得られた。


 ジルヴェスターが本戦に出場することは決まっていることだが、未だに懐疑的な目を向ける者もいる。一年生なのだから仕方がない。


 しかし、ランチェスター学園でも指折りの実力者であるカオル、バーナード、メイヴィスの三人を相手に汗をかくこともなくあしらうほどの実力を目の当たりにした。

 これで誰も異論を述べることはできなくなるだろう。

 現に見学者の中でどよめきが広がっている。


「カオルはこれで満足したかしら?」

「ああ」


 クラウディアの問いに頷く。


「なら模擬戦は終わりね」

「いや――まだだ」

「ブラッドフォード君?」


 模擬戦を終わらせようとしたクラウディアを静止する声が掛かった。

 彼女は声の主へ顔を向けて首を傾げる。


「ヴェステンヴィルキス。模擬戦じゃなくていいから、この後訓練に付き合ってくれないか?」


 バーナードは手も足も出なかった後輩に頼み込む。

 後輩の実力を素直に認め、自分の糧とする為に頭を下げられるのは彼のいいところだ。

 その姿はジルヴェスターにも好印象だった。


「構いませんよ」

「よろしくな!」


 ジルヴェスターはバーナードのようなタイプが嫌いではない。むしろ好ましく思っている。

 予定があるわけでもないので、彼の頼みを断る理由はなかった。


「よろしいのですか?」


 クラウディアが尋ねる。

 彼女にとってジルヴェスターの手を煩わせるのは我慢ならないことだが、他人にまで同じ価値観を強要する気はない。


 それに特級魔法師であるジルヴェスターが弟子でもない者の訓練に付き合っても問題ないのか? という意味合いも含まれている。


 バーナードの場合は、ジルヴェスターが特級魔法師であることを知らないので問題ない。

 知っていて頼むのなら確信犯だが、知らないならあくまでも後輩に頼んでいる形に過ぎないからだ。

 それに訓練に付き合うだけで本格的に指導するわけではない。


「ああ。俺も身体を動かしておきたいからな」


 身体が鈍らないように動かしておきたかったジルヴェスターには、バーナードの提案は好都合だった。


 クラウディアはジルヴェスター至上主義なので、彼に対しては信者のごとく従順だ。

 本人が問題ないと言っているのなら彼女が口を挟むことはない。


「では、始めましょうか」

「おう!」


 ジルヴェスターが声を掛けると、バーナードは立ち上がってやる気に満ちた顔つきになった。


「私たちは仕事に戻りますね」


 生徒会、風紀委員会、統轄連、クラブ活動、自主練習など、各々予定があるので見学者はクラウディアの後に続くように退室していく。

 詰めかけていた者たちがいなくなり、室内の熱気が下がったように感じる。


 そして数人の見学者を残したまま二人は訓練を始めるのであった。


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