◇ ◇ ◇
翌日から対抗戦に向けての特訓が始まった。
新人戦に出場する三十人は顔合わせとミーティングを済ませた後、各自特訓に励んでいる。
同級生が訓練に励んでいるところをジルヴェスターは見学していた。訓練室が並んでいる実技棟の通路に設置されているベンチに腰掛けている。
そして隣に座っているクラウディアから対抗戦の説明を受けていた。
対抗戦は国中が盛り上がる一大イベントなのだが、残念ながらジルヴェスターは興味がなかったので知識が乏しかった。なので、クラウディアの説明は大変助かっている。
対抗戦は夏季休暇の期間に行われる。
開催場所はウォール・ツヴァイ内の南東に位置するキュース区の、サントロローデという町にあるオーベル・フォルトゥナート・コロシアムだ。
オーベル・フォルトゥナート・コロシアムに、魔法協会本部が厳重に管理している
過去の技術と知識で作られた物であり、現代では増産することができない貴重品でもある。
多くの技術者と研究者が増産できるように究明しようと試みているが、未だに芳しい成果が出ておらず、現代では完全にブラックボックスの技術となっている。
ジルヴェスターも研究しているが成果は出ていなかった。
Virtual space creation transfer deviceという単語はウェスペル語ではない異国の言語だ。
現代では未知の技術で作られた
仮想空間で受けたダメージは精神ダメージに変換されるので、身体的ダメージを負うことはない。
ただし、死亡判定を下されるほどのダメージを負った場合は、三十分経過した時点で仮想空間から強制的に排出される。
また、対抗戦の場合は自ら棄権した場合も排出される仕様だ。
仮想空間で死ぬことはないので、昔は訓練用として一般的に用いられていたのではないかと考えられている。
それが現代では貴重な遺物なので対抗戦や重大な行事でのみ用いていた。
「対抗戦は各校の選手全員参加の総当たりで行われます」
出題選手は全員仮想空間に送られる。
転送前に各校それぞれ三十人の中から旗手になる者を五人だけ選んでおく。
送られる先はランダムであり、近くに味方がいる場合もあれば、敵に囲まれている場合もある。
その中で旗手の一人がフィールドのどこかにチームの証である
旗手が五人いるのは陣地を築く前に戦闘不能になって脱落する可能性があるからだ。リスク分散である。
そして陣地を
陣地を築く前に五人の旗手が全員脱落したら当然五十ポイントは貰えない。
敢えて陣地を築かずに防衛の手間を省く選択肢もあるが、五十ポイントを獲得できるチャンスをみすみす逃すのはもったいないだろう。
逆に他校の陣地を占領したら新人戦の場合は二十五ポイント、本戦なら三十ポイント獲得できる。
相手の陣地の
占領用の旗は事前に三十人それぞれに十一枚ずつ配布される。
占領された陣地を取り返したり、別の学校が占領したりすることもできるので、占領地が増えるほど防衛の負担になってしまう。
占領した数ポイントを獲得できるので、攻めに転じるか防衛に徹するかの駆け引きが重要だ。
「なるほど。事前の作戦を加味しつつ、状況に応じて臨機応変な判断が求められるということだな」
「その通りです」
脳内で情報を整理したジルヴェスターが頷く。
「そして相手を一人脱落させる毎に十ポイント獲得できます」
「逆に味方が一人やられる度に相手に十ポイント与えてしまうわけか」
「はい」
相手を脱落させればポイントを獲得できるが、反撃を食らう恐れがあるので、無理に攻めず十ポイントを与えないようにする作戦もある。
「見事な作戦や連携、魔法行使などで技術点を、観客を魅了すると得られる芸術点もあります。どちらも五ポイントずつですね」
「それの基準は?」
技術点と芸術点を得られる基準がわからないと、獲得ポイントを計算できない。
「残念ながら公表されていません」
「そうか」
クラウディアが首を左右に振る。
技術点と芸術点の獲得基準を公表すると、二つのポイントを得ようと無駄に派手な行動に出る可能性がある。
派手さを意識しても、卒業後に魔法師として活動する上で無駄にしかならない。派手な演出をしている最中に魔物に襲われてしまうので命取りになる。
対抗戦は魔法師を養成する為に行われるイベントだ。本末転倒になりかねない。
それが基準を公表しない理由だ。
しかし、イベントである以上は観客を楽しませないといけない。エンターテインメントとビジネスが絡んでいるからだ。故に芸術点も設けられている。
そして一年生よりも二、三年生の方が練度に優れているので、技術点と芸術点による加点が必然的に多くなる。
加点は上限なく獲得できるので積極的に狙っていきたい。
あくまで真剣に戦った上で加点を貰えれば儲けもの程度に考え、意識するあまり隙を作らないようにするのが肝要だ。
「一先ず概要は把握した」
対抗戦についての詳細を理解したジルヴェスターは、腰掛けているベンチから見える訓練室に目を向ける。
そこではカオルが一年生に指導を行っていた。
別の場所ではオスヴァルドとアリスターも指導役を務めている。
「お前たちは訓練しなくてもいいのか?」
指導役を務めている者は自分の訓練時間を削っているはずだ。
「もちろんしますよ。ずっと付きっきりで指導するわけではありませんから」
「そうか」
新人戦と本戦を合わせてのチーム戦なので、後輩の指導をするのは総合優勝に向けて欠かせない。
それに対抗戦を抜きにしても、純粋に先輩として後輩を教え導くのは当然の役目である。