◇ ◇ ◇
二日後、遂に対抗戦に出場する六十人が発表され、校内は騒然としていた。
出場選手に選ばれて喜ぶ者や、落選して肩を落とす者、選ばれた友人を祝福する者など様々だが、騒然としている最大の理由は別にある。
それは――
「何故、俺が本戦のメンバーに選ばれている?」
学園長室で眉間に皺を寄せたジルヴェスターが苦言を呈していた。
対面のソファにはレティとクラウディアが腰を下ろしている。
実は一年生のジルヴェスターが本戦のメンバーに選ばれていたのだ。
その件が校内を騒然とさせている最大の要因であった。
そしてジルヴェスターは自分が本戦の出場選手に選ばれている理由を問い質す為に、クラウディアに声を掛けた。
すると、学園長室で話をしようと言われて今の状況に至っている。
「新人戦ならともかく、本戦は反感を買うだろ」
学年一位のジルヴェスターが新人戦のメンバーに選ばれても全く不思議ではない。むしろ選ばれて当然だ。
しかし本戦だと話は変わってくる。
新人戦には一年生が三十人出場できるが、本戦は二年生と三年生合わせて三十人だ。
ただでさえ狭き門である。一年生のジルヴェスターが本戦に出場するとなれば、二、三年生からしたら不満が出てもおかしくはない。
そもそもジルヴェスターは新人戦でも乗り気ではなかったのだ。
特級魔法師である自分が出場してもいいのかという思いと、単純にあまり目立ちたくないという思いがある。
出場者は否が応でも注目されてしまう。平穏な学園生活を気に入っているからこそ気が進まなかった。
「申し訳ありません」
クラウディアが慌てて頭を下げる。
「私が頼んだのよ。ジェニングスさんを責めないであげて」
「お前が介入したのか?」
クラウディアを庇うレティの姿に、ジルヴェスターは一層疑問を深めた。
ランチェスター学園は生徒の自主性を重んじているので、対抗戦に出場する選手の選考は生徒会、風紀委員会、統轄連、監査局が中心になって行われる。
生徒が教師に助言を求めることはあるが、本来教師の方から介入することはない。
「我が校が優勝する為にはあなたの力が必要なのよ」
プリム女学院に特級魔法師であるエレオノーラがいる限り、他の学校が本戦優勝と総合優勝を手にするのは厳しいと言わざるを得ない。
対抗戦は政治的要素を含んでいるので、レティが学園長としてランチェスター学園を優勝させたいという気持ちは理解できる。
優勝すれば十二校ある国立魔法教育高等学校の中で発言権と影響力が増すからだ。
そういった思惑を抜きにしても、レティは純粋に生徒たちを優勝させてあげたかった。
「だからと言って俺は一年だぞ?」
ジルヴェスターが二、三年生から反感を買いかねない。完全にとばっちりだ。
「それは大丈夫だと思います」
「何故だ?」
クラウディアはそう言うが、ジルヴェスターにしてみたら心配無用の根拠がわからない。
「私、カオル、ヴェスターゴーア君、ルクレツィアが推薦したので反対意見は出ませんでした」
ランチェスター学園の頂点に君臨する四人の影響力と人望は校内で無視できないものがある。
その四人が認めた以上、表立った不満は出なかった。――陰で不満を漏らしている者はいるかもしれないが。
「お前と委員長はわかるが、総長と局長もか?」
「はい」
クラウディアとは付き合いが長いので理解できる。ジルヴェスターの実力と正体を知っているからだ。
カオルはクラウディアと親しいので、ジルヴェスターに関することは話せる範囲で伝えている。
そもそもカオルはクラウディアの味方をする傾向にあるので、話を聞いていなくても賛同していたかもしれない。
だが、オスヴァルドとルクレツィアは接点がない。
一方的に姿を見掛けたことがあるだけだ。
「ヴェスターゴーア君は、ジルヴェスター様のことを見掛けた際に実力を理解したそうです」
優れた魔法師は実力を見極めることにも長けている。
オスヴァルドは自分では推し量りきれないほど、底知れない実力があるとジルヴェスターのことを評した。
普段からクラウディアが絶賛していることに納得し、優勝を目指す以上は推薦するべきだと判断したそうだ。
ちなみに今、学園長室にはジルヴェスターが特級魔法師第一席だと知っている者しかいない。なので、クラウディアはジルヴェスターのことを君ではなく様付けで呼んでいる。
「ルクレツィアは学年に関係なく実力のある者を選ぶべきだと言っていました」
厳格で公正なルクレツィアらしい言葉だ。
「彼女もヴェスターゴーア君ほどではありませんが、実力を見抜く目がありますから」
ルクレツィアもジルヴェスターのことを見掛けた際に実力を見極めていた。
実技科目での成績や、実技試験の結果を
あくまでも公正に判断した上での推薦だ。
「それにプリム女学院の学園長からお願いされたのよ」
「……何故プリム女学院の学園長が出てくる?」
ジルヴェスターが首を傾げる。
プリム女学院の学園長がレティにお願いする意味がわからなかった。
「ジョアンナさんと言うのだけれど、私が昔お世話になった人なのよ」
レティがことの経緯を説明する。
ジョアンナはレティのもとを訪ねて、相談も兼ねた愚痴を零したそうだ。
彼女は約一年間頭を抱える日々を送っていた。
その原因となっているのはプリム女学院の二年生で、特級魔法師第十五席のエレオノーラ・フェトファシディスであった。
何故エレオノーラのことで頭を抱えているのか、それは単純な理由だ。
エレオノーラは幼い頃から魔法師としての才能に恵まれ、なんの努力もせずに順風満帆な人生を送ってきた。
他人より優れており、尚且つ苦労を知らない故か、プリム女学院に入学した時点で既に生意気な上に他者を見下す傲慢な人格が形成されていたのだ。
当時から問題児であったエレオノーラだが、事態が更に悪化したのは昨年のこと。
彼女が特級魔法師になったことだ。
特級魔法師になったことで一段と調子に乗り、手が付けられないほど傲慢な性格になってしまった。
今では先輩の言葉に耳を傾けないどころか、教師のことすら見下している。
同級生や後輩に対しての接し方は人を人とも思わない態度だ。先輩に対しての態度は多少柔らかいが、それでも酷いと言わざるを得ない。
学園長であるジョアンナの言葉にすら耳を傾けない始末だ。
いくら注意しても全く聞く耳を持たない。
「そこで同性であり、準特級魔法師でもある私が注意することになったのよ」
ジョアンナは中級一等魔法師だ。
魔法師としての階級がエレオノーラよりも下だから見下しているのかもしれない。
故に、元特級魔法師第六席であり、現在は準特級魔法師であるレティに一度注意してほしいと頼み込んだのだ。
同性でエレオノーラよりも実績と実力のある者の言葉なら耳を傾けると思ったのだろう。
「でも、あれは私でも手が付けられなかったわ」
深々と溜息を吐いたレティは、頭が痛いと言いたげに悩ましげな表情になる。
「まるで世界は自分を中心に回っていると疑いもせずに本気で信じ込んでいるようだったわ」
レティの言葉には溜め込んだ物を吐き出したかのような重々しさがあった。
「痛々しい奴だな」
ジルヴェスターが棘のある感想を漏らす。
「勘違いして調子に乗るのは幼稚以外の何物でもない」
大人でも調子に乗ってしまい至らない態度を取ってしまうことはある。
それでも自分のことを客観視できる理性があれば反省して改める。
しかし、エレオノーラは何度注意されても歯茎にもかけない。
まるで自分は何をしても許されると思っているかのような態度だ。
「本当に困りものよ。特級魔法師の地位を貶めかねないもの」
特級魔法師には相応しい振る舞いがある。
憧れの的になるからこそ、特級魔法師として自覚のある態度でいなくてはならない。
私生活までとやかく言われることはないが、他者を重んじることのできない者は特級魔法師として相応しくない。
「ご両親からも持て
エレオノーラの父は中級四等魔法師で、母は下級一等魔法師だ。
魔法の才能は遺伝的な要素が大きい。もちろん例外はあるが、優れた魔法師からは才能のある子が生まれやすい。その逆も然りだ。
つまりエレオノーラは、
魔法師として平凡な自分たちから特級魔法師にまで成り上がれるほどの才能を持った娘が生まれて歓喜した両親は、エレオノーラのことを殊更甘やかしてきた。
その結果、自己中の塊のようなエレオノーラが誕生したのだ。
「両親にも問題があるのか……」
「そうなのよ」
ジルヴェスターは溜息を吐いて肩を竦める。
子の人格形成には親の教育が影響を及ぼす。
時には子を甘やかすことも大事だが、飴と鞭の使い方を見誤ってはいけない。――もっとも、エレオノーラの両親は飴しか与えていないようだが。