目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第6話 責任(二)

「いや、『紅蓮ぐれん』という単語に聞き覚えがあったんだが、なんのことだったかと思ってな」

「……」


 ジルヴェスターがそう言うと、全員が瞠目して言葉に詰まり沈黙した。


 アレックスはちょうどアイスコーヒーを飲んでいるところだったので、驚きのあまり口から吹き出しそうになっていた。

 なんとか吹き出さずに飲み込んだがむせている。


「本気で言ってる?」

「ああ」


 いち早く沈黙から復活したオリヴィアが確認すると、ジルヴェスターはすかさず頷いた。


「本当にジルくんは興味を引かれないことに関しては無頓着よね」


 オリヴィアが深々と溜息を吐く。


「はは、ジルらしいね」


 苦笑したレアルが表情を引き締めて説明する。


「『紅蓮ぐれん』というのは、特級魔法師第十五席のエレオノーラ・フェトファシディス様のことだよ」


 レアル、オリヴィア、ステラの三人は他の面々とは驚きの意味が異なる。

 三人はジルヴェスターが特級魔法師第一席だということを知っているからだ。


 ジルヴェスターは同じ特級魔法師のことを把握していなかった。

 しかも第一席は、非常時に際して同格であるはずの他の特級魔法師に対する命令権を有する。上司と部下の関係と言っても差し支えない。


 だからこそ、『紅蓮ぐれん』のことを把握していなかったジルヴェスターに対する驚きと呆れが胸中を占めていた。

 他の面々は純粋に驚いているだけだ。


「なるほど」


 ジルヴェスターが頷く。

 彼は以前、アーデルとレイチェルが新しい特級魔法師が誕生した、と話していたのを耳にしていたが、興味がなかったので記憶の片隅に追いやっていた。


「昨年の対抗戦では圧倒的だった」


 ステラは昨年の対抗戦を現地で観戦していた。

 なので、当時の記憶は鮮明に残っている。


「対抗戦で鮮烈なデビューを飾って、そのまま特級魔法師の地位を与えられたんだよね」

「本当に凄いですよね」


 イザベラの言葉にリリアナが続く。


 昨年の対抗戦で当時一年生だったエレオノーラは新人戦に出場した。

 そこで圧倒的な力で他校の生徒を蹴散らし、プリム女学院に新人戦優勝の栄誉をもたらした。


 本戦優勝と総合優勝はランチェスター学園が死守したが、新人戦はエレオノーラの独壇場であり、彼女の為に用意された舞台と化していた。


 そのエレオノーラは現在二年生なので、何事もなければ今年からは本戦に出場してくる。

 本戦の方が新人戦よりも獲得ポイントの割合が多い。なので、他校にとっては本戦だけでなく、総合優勝も厳しいのが現実だ。


「会長たちでも厳しいのかな?」


 クラウディアを筆頭に精鋭が連携を組んで挑めば勝機があるのではないか、と思ったレベッカが首を傾げる。


「さすがに一人では太刀打ちできないと思うけど、複数人で立ち向かえば一矢報いることはできるかな? ジルはどう思う?」


 レアルは推測を立てるが、実際にエレオノーラと相対したことがないので曖昧にしか答えられない。

 そこでジルヴェスターに意見を求めることにした。

 特級魔法師のことは同じ特級魔法師に尋ねるのが一番だ。


「俺はクラウディアの実力しか知らないからなんとも言えんな」

「そうだよね」


 いくらジルヴェスターでもわからないことはある。

 対面すればある程度相手の力量を推し量れるが、完全に見極められるわけではない。

 そもそもエレオノーラのことは全く知らないので比較のしようがなかった。


「新人戦を優勝して本戦に勢いを持って行ければいいかもね」

「だな」


 レアルの言葉にアレックスが頷く。


「その前に出場選手に選ばれないと意味ないけどな」

「正論ね」


 ジルヴェスターのツッコミにオリヴィアが相槌を打つ。


 確かに気が早い。

 まずは出場できるか否かを気に掛けるべきだろう。


「今は鍛錬に励むのが一番よ」

「シズカにとっては日課だもんね~」

「『十年一剣じゅうねんいっけんを磨く』がシノノメ家の家訓だもの」


 まだ選ばれるかはわからないが、対抗戦に向けて鍛錬に励むべきだ。

 仮に出場選手に選ばれなかったとしても糧にはなる。


 とはいえ、レベッカが言うようにシズカにとっては努力するのが当たり前だとしても、誰もが毎日頑張れるわけではない。


「シノノメ家らしい家訓だな。俺には無理だわ」


 アレックスが顔を顰める。

 彼は必要以上の努力はしない主義だ。何事も程々が一番だと思っている。

 もちろん必要に駆られればいくらでも努力するが、できることなら遠慮したいのが本音だった。


「うわ、クズじゃん」


 レベッカがアレックスにジト目を向ける。


「うるせ」

「なによ」


 二人は火花が散っているかのように錯覚するほど睨み合う。


「ほんと二人は仲いいわね」


 オリヴィアが微笑む。

 喧嘩するほど仲がいいではないが、二人は良くいがみ合っている。

 最早もはや、恒例行事と言っても過言ではない。


「仲良くねえっての!」「仲良くないってば!」


 否定するタイミングが見事に合致する。


 全く説得力がない二人の様子に、場が笑いに包まれた。




 一方その頃、会議室では生徒会、風紀委員会、統轄連、監査局の面々が集まって対抗戦に出場する選手の選考を行っていた。

 ランチェスター学園は生徒の自主性を重んじているので選考も生徒主導で行われる。――その分、選考に関わった者には責任が伴うが。


 果たして対抗戦に出場する選手は誰が選ばれるのであろうか。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?