◇ ◇ ◇
六月二十日――一年A組の教室には登校した生徒が続々と集まり、各々思い思いに時間を潰していた。
ジルヴェスターは既に指定席同然になっている後方の席に腰掛ける。
そのタイミングで前方の入口からステラとオリヴィアが入室してきた。
二人は慣れて足取りで席へ向かう。
「おはよう」
「おはよう、ジルくん」
ステラとオリヴィアはジルヴェスターに挨拶すると、一つ前の席に並んで腰を下ろす。
「おはよう」
ジルヴェスターが挨拶を返すと、椅子に腰掛けたステラは後方に半身を向けて見上げる。階段状の席になっているので、顔を上向きにしなくてはならないからだ。
そしていつも通りの無表情で口を開く。
「もうじき対抗戦だね」
「そうだな」
対抗戦は七月に開催される。約一か月後だ。
「ふふ、ステラは楽しみで仕方ないみたいね」
「ん」
ステラは傍目に見ると無表情にしか思えないが、姉妹同然に育ったオリヴィアには機微の変化がお見通しである。
実際ステラは対抗戦が待ち遠しくて気が逸っていた。
「本当に好きなんだな」
「ん。好き」
オリヴィアほどではないが、ジルヴェスターもステラの表情の変化を読み取れる。
故にステラが対抗戦を心の底から楽しみにしているのを感じ取れた。
「新人戦の選手に選ばれるといいな」
いくら好きだとしても、対抗戦の出場選手に選ばれるかはわからない。
一年生の場合は新人戦に出場することになるので、同学年の中でも魔法師として優秀な者から順に選抜される。
絶対ではないので断言はできないが、少なくとも戦力にならない者を選ぶ理由はないだろう。
「ん。オリヴィアとジルも一緒」
ステラは三人一緒に対抗戦に出場したかった。
その気持ちを表すかのように、二人に交互に視線を送っている。
「そうね。せっかくの機会だし選ばれると嬉しいわ」
オリヴィアはどちらかと言えば研究者肌であり活発なタイプではない。
だが、対抗戦は国立魔法教育高等学校にとっても国にとっても一大イベントなので、素直に楽しみたいと思っていた。
それに魔法協会へのアピールの場でもある。将来のことを考えれば貴重な機会だ。――もっとも、オリヴィアはステラの側付きを辞める気がないので、進路を心配する必要はないのだが。
アピール
「俺はどうだろうな……。正直、遠慮したいところだが……」
ジルヴェスターは特級魔法師である自分が出場してもいいのか、と気が引けてしまう。
実際、彼が出場したら戦力バランスが崩壊するのは間違いない。他校にとっては勘弁願いたいだろう。
それに単純にあまり目立ちたくないとも思っている。
明らかに実力の違う者がいたら目立ってしまう上に不思議がられてしまう。
別に自分の正体を何がなんでも隠したいわけではないが、無用なトラブルを避けるに越したことはない。
ジルヴェスターは平穏な学園生活を送りたいだけなので、対抗戦に出場することが必ずしもいいことにはならなかった。
「それは……確かにそうね……」
オリヴィアとステラはジルヴェスターの正体を知っている。
故にオリヴィアは難しい顔になった。
「残念」
乗り気でないジルヴェスターの様子に、相変わらず表情の変化が乏しいステラは落ち込んで肩を落とす。
それでもジルヴェスターの気持ちを尊重したいので素直に受け入れている。健気で愛らしい。
思わずジルヴェスターも笑みを零す。
「その前に期末試験があるが、大丈夫なのか?」
「……」
ジルヴェスターの言葉に黙り込んでしまうステラ。
国立魔法教育高等学校の全校は長期休暇に入る前の三月、七月、十二月に期末試験が実施される。
「実技は当然だが、筆記の結果が芳しくないと対抗戦の選手には選ばれないと聞いたぞ」
対抗戦の出場選手は期末試験後に発表される。
例外はあるが基本的に普段の実技科目の授業成績、クラブ活動での実績、期末試験の実技試験での結果を重視して選考されるが、筆記試験の結果があまりにも芳しくない場合は、選抜されなかった生徒に示しがつかないので選考対象から外されてしまう。
「せめて赤点は取らないようにしないとな」
筆記試験の順位は学年全体が高得点を取ると必然的に上がりにくくなってしまうので、そこまで重視はされない。
なので、赤点さえ取らなければ問題はないだろう。赤点は成績表に記録されてしまうので言いわけができないからだ。
「まあ、大丈夫だと思うわよ? 前回の試験結果も悪くなかったものね?」
「ん。それにオリヴィアが教えてくれる」
ステラは普段からオリヴィアに勉強を見てもらっている。
今回の試験も対策を練っているので、余程のことがない限りは大丈夫だと踏んでいた。