目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
プロローグ

 六月十五日――季節は夏になり、新緑の輝きが目立つようになった。段々と蒸し暑くなってきている。来月には更に気温が上昇し、辟易する日々を送ることになるだろう。


 外は蒸し暑いので室内で過ごすことが増える。

 例に漏れず、ランチェスター区のヴァストフェレッヒェンにあるジルヴェスター宅の訓練室には、ミハエルとレアルの姿があった。


「今日はこの辺にしよう」

「ありがとうございました」


 レアルはミハエルに頭を下げる。


「今日は早く切り上げてすまないね。この後、所用があるんだ」

「いえ、大丈夫です。師匠が悪いわけではありませんから」


 レアルはミハエルに認められ、無事、弟子にしてもらえていた。

 既に外弟子として約二カ月の間、指導してもらっている。


 ミハエルはレアルの実力と将来性を買っており、時間がある時は師匠として熱心に指導していた。その甲斐もあり、レアルは魔法師として著しく成長している。


 二人は日頃からジルヴェスター宅の訓練室を使わせてもらっている。


 魔法協会にも訓練室はあるが、ミハエルがいると注目の的になってしまう。

 ランチェスター学園の訓練室を利用しても同じだ。


 また、ミハエルは元々贅沢をする性分ではなく、独身でもあるので一般的なアパートで暮らしている。なので、当然個人所有の訓練室などは持っていない。


 以上の理由により、ジルヴェスター宅の訓練室を活用させてもらっていた。


「アナベルさんの様子を見に行くんですか?」

「そうだよ」


 レアルが質問するとミハエルが頷く。


「そうですか……すみません」

「君が謝ることではないさ。むしろ君も被害者なんだから」

「全く無関係と言うわけではありませんので……」


 ロバートが亡くなって以降、ミハエルは度々アナベルのもとを訪ねていた。

 彼女の心をケアする為でもあるが、子供たちの様子を見に行く目的もある。


 ロバートを暗殺した者はまだ捕まっていないので、彼女たちの心が晴れることはない。

 仮に捕らえても失った命が戻るわけではないので完全に心が晴れることはないのだが、多少なりとも溜飲りゅういんを下げることはできるだろう。


 レアルが暗殺したわけではないが、関係者であった事実は変わらない。

 その事実が彼の心に重く圧し掛かっていた。謝罪を口にする気持ちもわかる。

 だが、ロバートの件に関してはミハエルの言う通りレアルも被害者だ。


 暗殺の件でレアルに非があるとすれば、マーカス・ベイン暗殺未遂に関してだけだ。

 ビリー――正確にはビリーを利用した黒幕――に命じられて仕方なく行ったことだとしても、関与した事実は変えられない。

 それがレアルに罪悪感を与える要因となっていた。


「真面目だね。でも君のそういうところは好感が持てるよ」


 ミハエルも真面目な性分なので、レアルには親近感を抱いていた。


「犯人は私が必ず捕らえる」


 確固たる意志の宿った瞳で握り締めた拳に目を向ける。

 犯人を捕らえることでアナベルとその子供たちの無念を晴らすことができ、レアルの罪悪感も多少は薄れるだろう、とミハエルは思っていた。

 その為にも自分が犯人を捕らえてみせると心に誓っている。


「僕もお手伝いします」


 レアルが少しでも罪滅ぼしになるのならと協力を申し出る。


「ありがとう。だが、その為には今より強くなってもらわないとだね」


 ミハエルの足を引っ張らない為には確かな実力が必要だ。

 今のレアルではまだ相応しい実力を有していない。

 今後も鍛錬を重ね、ミハエルと肩を並べられるようにならなくてはお荷物になるだけだ。


「はい。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」


 ミハエルは深く頭を下げるレアルの肩に手を置いて口を開く。


「あまり焦らないようにね。一歩一歩着実に進んでいこう」


 そう言うと、ミハエルは背を向けて歩き出す。


「はい!」


 レアルは顔を上げてミハエルの背に向けて覇気のある返事をした。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?