「――なるほど」
理由を聞いたミハエルは顎に手を当てて考え込む。
難しい顔ではなく、面白そうな表情を浮かべている。
「一度試しに見てみよう」
「ああ。まずはそれで構わない」
ミハエルはいきなりレアルを預かるのではなく、一度指導してみてから正式に預かるか否かを決めることにした。
預かる以上は責任が伴う。安易に請け負うことはできないので当然の判断だろう。
「――ちょ、ちょっと待って、話について行けないんだけど……」
自分のことを放置して話が進んで行くことに、レアルは戸惑っていた。
「お前をミハエルの弟子にしようって話だ」
「いや、説明になってないんだけど……」
ジルヴェスターが勝手にレアルの今後を決めようとしているのだから、彼の反応はもっともだ。
「いい話じゃない。感謝こそすれ、こちらが拒む理由はないでしょ?」
「そうだけど……」
カーラの言葉にレアルは釈然としないが反論はできなかった。
実際問題、特級魔法師の指導を受けられるように斡旋してくれているのだから、ジルヴェスターの提案は魅力的な話だ。普通に生活していたら到底得られないチャンスである。
誰もが手にしたい立場が棚から
カーラとしても息子を特級魔法師の弟子にしてもらえるのは喜ばしいことだった。
しかも特級魔法師の中でも人気、人望、人格が備わっているミハエルなら尚更である。
「ジルに恩を返せるように頑張って力をつけるよ」
レアルは覚悟を決めた。
自分の意思を無視して進められる話に釈然としなかったが、せっかく貴重な機会を頂けるならと好意に甘えることにした。
「その意気よ」
息子の判断にカーラは微笑みを浮かべて背中を押す。
「ミハエル様もよろしくお願いします」
レアルは世話になることになったミハエルに頭を下げる。
「まずは合格か不合格かを見極めさせてもらうけどね」
「はい」
まだ弟子にするとは決まっていない。
それは見極めてから決める。
「息子のことをよろしくお願い致します」
「はい。一度息子さんをお預かりします」
カーラが頭を下げると、ミハエルも失礼のないように誠意の限りを尽くす。
「一先ずレアルの話は終わりだな」
話が一段落したタイミングでジルヴェスターが話題転換する。
「カーラさんにはしばらく我が家で生活してもらいます」
ビリーの件が片付いたとはいえ、今後手出ししてこない保証はない。
ジルヴェスターが匿うのが最も安全だ。なので、しばらくは生活を共にしてもらうつもりでいた。
それに関してはカーラも理解しているので言う通りにするつもりだったが――
「承知しております。ですが、ただお世話になるだけの立場に甘んじるつもりはありません」
一方的に世話になる気は毛頭なかった。
既に何度も助けてもらっている。その上、今後も厚意に甘えるだけの人生を享受するほど性根は腐っていない。
「お世話になっている
世話になる代わりに、カーラは使用人としてジルヴェスターとアーデルに尽くすつもりだった。
「娘と共にご奉仕させてくださいませ」
「――私も!?」
突如巻き込まれたフィローネは吃驚して声が裏返った。
「まあ、今と変わらないから構わないけれど……」
フィローネはジルヴェスターの内弟子として掃除、洗濯、料理などの雑用を日々こなしている。
今と生活がそれほど変わるわけではないので、反論する理由がなかった。
「こちらとしては構いませんが……」
ジルヴェスターとしても断る理由はない。
広い家なので信用できる使用人がいるのはむしろ助かる。
だが、家中での奥向きなことは大部分をアーデルに一任しているので、彼の一存で決めるわけにはいかなかった。
なので、アーデルに意見を求める為に視線を向ける。
「私も構わないよ」
もっとも、アーデルはジルヴェスターが決めたことに反対する気は元からなかった。
基本的に彼女はジルヴェスターに対して従順だ。逆らうこともなく、一歩下がった位置から支えてくれるタイプである。彼女が従順なのには理由があるのだが、今は関係ない話だ。
いくら従順であっても、ジルヴェスターはアーデルのことを疎かにすることなく、日頃から彼女の意思を尊重している。
「なら決まりだな」
アーデルが構わないなら、それこそジルヴェスターには断る理由がない。
カーラの要望はすんなりと受け入れられた。
「ありがとうございます。これから娘共々よろしくお願い致します」
これでイングルス一家の今後は全て決まった。
イングルス一家には平穏が戻り、これから新たな生活が始まる。