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四月七日――ジルヴェスター宅には複数の人物が集まっていた。
客間にはジルヴェスター、アーデル、ミハエル、レアル、フィローネ、カーラの六人の姿がある。
ジルヴェスターとアーデルが同じソファに並んで腰掛け、対面のソファにイングルス一家が三人並んで座っている。そしてミハエルは一人掛けのソファに腰を下ろしていた。
既に全員自己紹介を済ませている。
ジルヴェスターが既婚者だったことにレアルは物凄く驚いていた。
彼の驚きようは滑稽で、一堂に笑いを
「この度は本当にお世話になりました」
カーラが深く頭を下げる。
隣に腰掛けているレアルとフィローネも母に倣って頭を下げた。
カーラは茶色の髪をミディアムくらいの長さで纏め、上品で落ち着きのあるフェミニンな印象の女性だ。鮮やかな碧眼に吸い込まれそうになる。
レアルとフィローネは金髪だが、おそらく二人の髪は父親から遺伝したのだろう。
そしてレアルの碧眼は母から、フィローネの赤眼は父からの遺伝だと思われる。
三人はビリーのもとから解放され、久々の再開を果たしていた。
今回はジルヴェスターがレアルとカーラを迎えにいき、自宅に招待している。
「頭を上げてください」
ジルヴェスターが頭を上げるように促す。
「この御恩には必ず報います」
「あまりお気になさらずに」
「いえ、そういうわけにはいきません」
ジルヴェスターとしては本当に気にしなくていいことだった。
感謝される為に手を差し伸べたわけでも、恩に着せる為に助けたわけでもない。
しかし、それではカーラの気が済まなかった。
「受けた恩を返しもせずにのうのうと過ごすなどと、そんな恩知らずな真似は致せません」
「そうですか……ご無理はなさらないように」
カーラの意思を無下に扱うのは野暮だ。
しかし、恩を返すのに奔走して日常生活を疎かにしては、せっかく自由の身になった意味がない。
「ジル、僕からもお礼を言わせてほしい。本当にありがとう」
レアルが改めて頭を下げる。
「今度は僕がジルの力になれるように精進するよ。正直、ジルに僕の助力が必要かはわからないけど……」
確固たる意志の宿った眼差しをしていたが、途中から苦笑交じりになっていく。だが、それも仕方がない。
特級魔法師第一席であるジルヴェスターが危機に陥る状況は、最早常人には手に負えない状況だろう。
しかも、ジルヴェスターには第三席であるアーデルが付いている。彼女ほど心強い味方はいない。
その上、第六席であるミハエルとも良好な関係を築いており、元第六席で現在は準特級魔法師であるレティも生徒の為に尽力してくれるはずだ。
レアルは国のトップに君臨する面々が助力をしてくれるのに、普通の学生である自分の手が必要になるとは到底思えなかった。
「正直に言うが、今回助けたのはお前が飼い殺しにされるのを防ぐのが最大の目的だった」
「どういうこと?」
ジルヴェスターの言葉にレアルは首を傾げる。
ジルヴェスターがイングルス一家を助ける決断を下した最大の理由は、レアルがビリーに飼い殺しにされるのを防ぎたかったからだ。
現在のレアルは優秀な生徒の域を出ないが、魔法師としての才能は豊かで、将来的には化ける素養があるとジルヴェスターは踏んでいる。それこそ特級魔法師の座も夢ではないと。
「そ、そうかな?」
予想以上に自分のことを買ってくれていることが嬉しかったレアルだが、それよりも驚きと疑問が上回っていた。
特級魔法師などと現実味のない話を持ち出されたのだから仕方のない反応だろう。
自分にそれほどの才能があるのか? とレアルは考え込む。
「ああ、それは俺が保証する」
「……ジルのお墨付きなら事実だと思うことにするよ」
レアルはジルヴェスターのことを信用している。また、特級魔法師第一席が保証すると言っているのだ。その言葉を疑うのは
「その才能溢れる若者が飼い殺されるのは国にとって痛手だ」
優れた魔法師は何人いても困らない。むしろ多ければ多いほど助かる。
特級魔法師になれるほどの素質を有する者なら尚更だ。
国防に関わる以上は軽視できない。
「それに有能な者が多ければそのぶん俺が楽できるだろ」
「それが本音か……」
ジルヴェスターの台詞にレアルは呆れて溜息を吐く。
「気持ちはわかるが……」
横で聞いていたミハエルはそう呟くと、苦笑しながら肩を竦めた。
心情的には同意するが、中々言い出しにくい本音であった。
「フィローネにも言ったが、才ある者を世に出さないのは損失以外の何物でもない」
見出すことで国力が増し、個人の負担が軽減するのなら見す見す放置はできない。
「そうだね。僕も一層励むことにするよ」
「是非とも俺を楽させてくれ」
少しでも力になれるように努力しようと意気込むレアルは肩に力が入っていたが、ジルヴェスターが口にした言葉に思わず脱力してしまった。本音が駄々洩れでつい笑ってしまったのだ。
レアルの心に余裕が生まれたところで、ジルヴェスターが口を開く。
「そこでだ、ミハエル」
「なんだい?」
唐突に話を振られたミハエルは慌てることなく答える。
「お前がレアルを鍛えてやれ」
「――え」
予想外の言葉にレアルが瞠目して声を漏らす。
「私がかい?」
「ああ」
「理由を訊いても?」
当然の疑問だろう。
突然話を振られ、今日初めて対面した相手の面倒を見ろと無茶ぶりされているのだ。
即座に断ることなく、話に耳を傾ける辺りミハエルはできた大人である。
ジルヴェスターとの関係値があるからこその対応なのかもしれないが。
「レアルの魔法師としての特徴がお前と酷似しているからだ」
「ほう。それは興味深い」
実はレアルとミハエルには類似点が多かった。
レアルの魔法属性の適正はミハエルとそっくりだ。
ミハエルの方が適正属性の数が多く、適正の高い属性の順も異なるが、レアルが適性を持つ属性はミハエルも全て備えている。
また、二人が最も高い適正を有していて、得意にしている属性は同じ光属性だ。
そして属性の適正だけではなく、戦闘スタイルも似ている。
レアルは剣型のMACを用いるスタイルだ。
剣で敵を切り伏せ、魔法を駆使して攻撃、防御、牽制、支援を行う。
攻防、遠近のバランスがいい王道な戦闘スタイルだ。マニュアル通りとも言う。
要するに、レアルは基本に忠実なマニュアル通りの魔法師と言うことだ。
そしてミハエルは基本に忠実を限界まで極めた結果、特級魔法師第六席の座を手にした傑物だ。――もちろん、魔力量などの努力だけではどうにもならない持って生まれた才能があってこそだが。
以上の理由により、レアルを鍛えるのに彼ほどの適任は存在しないとジルヴェスターは思っていた。