ジルヴェスターは自身を対象にして発動している
すると、包容力のあの魔力の幕が部屋全体を覆っていく。
これでこの部屋で発生した音は室外へ漏れない。
問題なく魔法が行使されたのを確認したジルヴェスターが口を開く。
「ビリー・トーマス」
あまり声量は大きくないが、ジルヴェスターの低音ボイスが鮮明に響く。
しかし、それでもビリーは目を覚まさない。
二、三度名前を呼ぶが全く反応がない。
「……」
いくら名を呼んでも埒が明かないと判断したジルヴェスターは、左耳の耳朶に装着している
そして魔法を行使した。
「
ジルヴェスターがそう呟くと、彼を起点に禍々しい魔力の波動が発生し、ビリーへと降り注ぐ。
すると――
「うぐ、ぐぁあああああああ」
ビリーは胸を押さえて悶え苦しみ始め、段々と絶叫へと変わっていく。
目からは涙が、口からは唾液が、身体中から汗が滂沱と流れ出していく。
――『
今のビリーは精神に激痛が襲い、身体中が焼かれているような錯覚を身に受けていた。
非魔法師であるビリーには当然魔法抵抗力がない。普通なら自我を保てず、精神が崩壊し廃人と化してしまう。
しかし、ジルヴェスターはビリーが耐えられるギリギリのラインを保っていた。
「ビリー・トーマス」
ジルヴェスターは苦しむビリーのことなど欠片も気にせずに声を掛ける。
「だ、ぐあ、誰だ!?」
歯を食いしばり激痛と闘っている中、自身の名を呼ぶ声に反応するのは億劫だった。
視線を向けても誰もおらず、苛立ちが募る。
「お前が口を割れば苦痛から解放してやる」
「な、何を言っている!」
あまりの激痛にのた打ち回る気力すら湧かない。
「お前が今まで働いた悪事についてだ」
「か、隠れていないで姿を見せろ」
口を割る気がないようで、息も絶え絶えながら話題を逸らしてくる。
「まあいい。お前の心が折れるまで苦痛から与え続けるだけだ」
しらばっくれても構わない。
心が折れて自ら話させてくれと懇願するまで激痛から解放させなければいいだけだ。
精神が崩壊しないギリギリのラインを見極める必要があるので、ジルヴェスターはソファに腰掛け、ビリーが悶え苦しむ姿を興味なさげに眺める。
それからどれほどの時間が経っただろうか。
ビリーは既に意識を保てていない。
身体が痙攣して脱力している。
「限界か」
ジルヴェスターは一度
激痛から解放されたことにより、ビリーの意識が少しずつ戻っていく。
呼吸が安定して来たところで、ジルヴェスターは再び
「ぐぁぁぁあああああああああ」
再び抗いようのない激痛が身体中を襲い、ビリーは絶叫する。
その後、ビリーの心が折れるまで同じことを数度繰り返していく。
ジルヴェスターが眉一つ動かすことなく淡々と行う姿は、見る人が見れば悪魔の所業と表現するだろう。
やっていることは完全に違法行為だが、心は微塵も痛まない。
そして遂にビリーの心が折れた。
「も、もう……やめてくれ」
ベッドから転がり落ち、ジルヴェスターへ縋るように這い寄る。
ジルヴェスターは
そして水筒をビリーへ投げ渡した。
ビリーは絶叫し続けた上に身体中の水分を放出してしまい水分不足だった。
故に必死の形相で水筒に手を伸ばし、あっという間に飲み干してしまう。口からは勢いで溢れてしまった水が垂れている。
「――さあ、俺の質問に答えてもらおうか」
瞳から光が消えたビリーはすっかり従順になり、素直に問いに答えていく。
(覗いた記憶との相違はないな)
話しを聞き終えて、追体験した記憶との違いがないことを確認できた。
「俺の言う通りにするなら解放してやろう」
ビリーは泣き喚きながら首が
「まずは
残念ながらビリーをこの場で処断することはできない。
また、七賢人である彼には無視できない影響力と人脈がある。彼を安易に七賢人の地位から引き摺り降ろすと、政界へのダメージが甚大だ。
悪事を働いてはいたが、七賢人としての職務はしっかりと全うしているので安易に切り捨てられない事情があった。
少なくともビリーがいなくなっても問題なく世の中が回るようになってからでないと、処断はできない。
故に罪を自白して市井からの信用を失墜させ、尚且つ自ら悪事から手を引かせることが現段階で選択できる最善手であった。
「そして騙して手籠めにした者らを解放しろ」
自らビリーの元に身を寄せている者や、正規の手続きで身売りした者らを除いて、カーラなど違法な手段で手籠めにした者たちは解放させてやる必要がある。
共に生活を送る上で情が芽生えた者もいるかもしれないので、もし自らの意思でビリーのもとに残ると決断した者は除外する。
「今後は清廉潔白に務めることだ」
また同じことを繰り返しでもしたら意味がない。
「俺の目があることを常々忘れるな」
しっかりと釘を刺す為に、常に監視していることを示唆しておく。
「最後に、被害者には今後一切関わらないことだ」
今後の為にも不安の芽を絶やしておく必要がある。
「わ、わかった。命に代えて誓う!」
ビリーは土下座をして必死に許しを請う。
「言質は取ったぞ。万が一違えた際は地獄に叩き落してやろう」
約束を違えた際は、先程の苦痛が甘いと感じられるほどの地獄へと招待するつもりだ。
「では、日が空けたら直ちに行動に移れ」
そう最後に言葉を残すと、ジルヴェスターはビリーのもとから音もなく立ち去る。
そして、その場には裸のまま気絶したビリーだけが残された。