◇ ◇ ◇
「――ん?」
ビリーの屋敷から立ち去ろうとしていたジルヴェスターは、複数人の気配に気づく。
執務室から出て気配の正体を探る。
探知魔法を使えば早いが、万が一優れた魔法師が屋敷内にいた場合は勘付かれてしまう恐れがある。なので、安易に探知魔法は使えなかった。
すると、同じ階にあるビリーの寝室から複数の女性が退室しているところに遭遇した。
追い出されて慌てていたのか、衣服を着る暇もなく手に持って全裸のままの者や、下着だけ身に付けている者ばかりだ。
(ちょうどいい)
ジルヴェスターは日を改めようと思っていたが、タイミング良くビリーが一人になってくれた。
チャンスだと思い、女性たちが退散して扉が完全に締まる前に素早く室内に侵入する。
室内は薄暗かった。
近付かなくても寝息が聞こえてくる。
(熟睡しているな)
ビリーに近付くと、良く確認するまでもなく深い眠りについているのがわかった。
ジルヴェスターはビリーへ左手を翳す。
そして――
(
魔法を発動した。
魔法行使時にはMACが光るが、
――『
ジルヴェスターはビリーの精神に干渉し、思考を誘導して必要な情報を自白させようと企てていた。
しかし――
(ん? これは……弾かれた?)
思考誘導しようとしたが、割り込む余地がないかのように魔法を弾かれてしまった。
今度はより魔力を込めて割り込もうと試みる。
しかし、再び弾かれてしまう。
ジルヴェスターは一度魔法を解除し、顎に手を当てて思考するが、数秒後には結論に辿り着く。
(まさか……既に思考誘導されている?)
既に思考誘導されている者を新たに思考誘導しようと試みても優先順位が発生し、後から割り込むのは厳しくなる。精神に刻み込まれた事象は基本的に上書きできないからだ。
しかし、優れた技量と魔力量を有していれば割り込むことは決して不可能ではない。
(しかもこれは思考誘導より強力な代物だ。洗脳に近いか)
ジルヴェスターですら割り込めなかった。
これらのことから推測するに、彼よりも豊富な魔力量と技量を有する者が先に思考誘導を行っていることになる。
しかし、その線は考えがたい。いや、むしろ不可能だ。
ジルヴェスターは特級魔法師第一席である。
魔法師によって得意な魔法の種類に違いがあるとはいえ、彼には得手不得手が存在しない。どのような魔法でも難なく行使できる。
そもそもジルヴェスターより優れた魔法師が存在するとも考え辛い。
ジルヴェスターは自分のことを過信していないが、周囲からの評価を鑑みても覆りようがない事実だとは理解していた。
以上の理由から、残された可能性は思考誘導よりも強力な力が作用している線に絞られる。
しかし、
また、洗脳の効力を持つ魔法そのものが現状存在しない。
(考えるのは後だ)
ジルヴェスターは一度思考を放棄して、別の手段を試みる。
(できればこの手は用いたくなかったが、仕方ない)
行使する魔法は先程と同じ
ジルヴェスターはビリーの精神に深く侵入し、記憶領域にまで踏み込む。
そしてビリーの記憶を覗き込む。
また、記憶を覗くと対象の記憶を追体験することなる。対象に過酷な過去がある場合、術者も同じ出来事を追体験しなくてはならない。過酷な過去などなくとも、術者にとって不快な記憶を追体験してしまう恐れもある。
それこそビリーの場合は、様々な女性と乱交している時の記憶などを追体験してしまう。なので、この手は避けたいのが本音だった。
それからしばらくビリーの記憶を追体験する。
一部洗脳の影響か
(黒か)
その結果、ビリーは完全に黒であった。
レアルの父がビリーに借金しているというのは全くの
レアルの父が亡くなったのは完全に不幸な偶然だったようだが、元々カーラに目を付けていたビリーは絶好の機会だと思い工作に乗り出したようだ。
また、別の女性にも様々な工作をして手籠めにしたようである。
中には真っ当な件もあるが、ほとんどは非合法だ。
そして七賢人の立場を利用して横領も行っていたようだ。
基本的に大掛かりなことは行っておらず、小物感が漂っている。
おそらくレアルに暗殺を命じたのは洗脳の件が関わっており、ビリー本人の意思は介在していない可能性が高い。
(最早遠慮はいらんな)
ビリーが合法の上で行っていた場合を考慮して穏便にことを進めていたが、完全に黒だとわかった以上遠慮する必要はなくなった。