◇ ◇ ◇
時同じくして、シノノメ家の台所では女性陣が
シノノメ家の決まりで、娘たちは花嫁修業を兼ねて料理を担当することになっている。
なので、現在台所にはシズカの母であるツキコはもちろん、姉たちもいた。
ツキコは現在四十六歳。
長女のアヤノは二十六歳。
次女のミヤビは十九歳だ。
ツキコは元々シノノメ家の門下生だったが、現当主のシゲヨシに見初められて妻になった。現在は師範としても、母親としても日々働いている。
長子のアヤノは普段穏やかで優しくお淑やかな姉だが、師範を務めており、剣術の腕は兄弟随一だ。下の兄弟たちにとっては第二の母のような存在でもある。
上から四番目のミヤビは兄弟の中でちょうど真ん中なので、中間管理職のような立場になっており、上と下、両方の兄弟の板挟みなってしまうことが多い。準師範の地位でもあり、門下生の指導もこなしている苦労人だ。
女性陣が食事の用意を担当しているが、男性陣はその分門下生の指導を引き受け、力仕事も請け負っている。無論、まだ幼い下二人の兄妹は例外だ。
門下生は自分たち用の生活区画にある厨房で食事の用意を行っている。当番制で役割を分担しており、性別は関係ない。
「お二人とも手伝わせてしまって申し訳ないわね」
「いえいえ、お世話になりっぱなしは申し訳ないですから」
「わたしは料理が趣味なのでむしろ嬉しいです!」
台所で料理をしているのはシノノメ家の女性陣だけではない。
ツキコは朝食の支度を手伝ってくれているレアルの母――カーラと、レベッカにお礼を述べた。
「それにしてもレベッカちゃんは手際がいいわね」
慣れた手付きで食材を切っていくレベッカの姿に、カーラは感心したように呟く。
「息子のお嫁さんになってほしいわ」
「えぇっ!?」
カーラの言葉にレベッカは驚き、危うく包丁を手放してしまうところだった。
「そうね。うちの息子とかどうかしら?」
ツキコもカーラに賛同してしまう。
次男か三男はどう? などと提案する始末だ。
「うちは姉さんが先でしょ」
「それもそうね……」
ミヤビの指摘にツキコが難しい顔をして黙り込んでしまう。
アヤノは現在二十六歳だが、未だ独身だ。
これには理由がある。
シノノメ家の方針上、娘の夫になる者は剣術の腕を当主に認められなくてはならないからだ。
そもそもアヤノは師範である。
彼女の夫になろうと意気込むのは自由だ。しかし、彼女より剣術の腕前が劣る者はアプローチする気概すら持たない。
また、アヤノは魔法師としても優秀であり、上級一等魔法師の階級を得ている。
剣士としても魔法師としても彼女に敵わないとなれば、情けないことに男は萎縮してしまう。
アヤノの夫になる者は魔法師としても剣士としても彼女より優れていなければ認めない、と当主であるシゲヨシも公言しており、婚期を逃してしまっていた。
アヤノ本人は男なら誰もが見惚れてしまうほどの美人であり、穏やかで面倒見がいいのも合わさって非常にモテるのだが、悲しいことに浮いた話は全く縁がなかった。
自分が話題の中心になってしまったアヤノは困り顔になっている。
「駄目ですよ~、ママさん方」
台所にはいなかったビアンカが襖の先から姿を現して口を挟む。まるで見計らったかのようなタイミングだ。
「レベッカには意中の相手がいますから」
「――ちょ! ビアンカ!!」
「あらあら」
「まあまあ」
レベッカは顔を赤らめてビアンカに詰め寄る――包丁を持ったまま。
カーラとツキコのご婦人二人組は興味深そうに微笑んでいる。
「ほ、包丁はヤバイって!」
ビアンカはレベッカの形相に顔面を蒼白させて後退る。
「落ち着いて」
ミヤビが横合いから包丁を掠め取ってくれたことにより事なきを得て、ビアンカはほっと息を吐いて安堵する。
華麗な手際であった。さすがは準師範。――関係あるのかはわからないが。
「すみません……」
冷静になったレベッカは包丁を返してもらい、食材を切る作業に戻る。
包丁で
「それで意中の相手はどんな子なの?」
恐れ知らずにもカーラが尋ねる。
「いや、ちょっと気になるってだけなので……」
実際にレベッカが好意を寄せている相手――ジルヴェスター――のことは、まだ好きという段階までは行っておらず、気になる人の範疇に収まっていた。
カーラとツキコだけではなく、密かにアヤノとミヤビも聞き耳を立てている。
女性はいくつになっても色恋の話に色めき立つものなのかもしれない。
耳が赤らんでいるレベッカの姿に、ビアンカは微笑みを浮かべて見守っている。可愛い妹分の恥じらっている姿が愛おしくてならなかった。
その後、レベッカは質問攻めにされて辟易してしまう。それでも手際よく調理を行っていたのはさすがの一言であった。
なお、その間シズカは我関せずを貫き、藪蛇となるのを避けていた。
レアルとカーラは、ビリーの屋敷にいる時よりも表情が柔らかく穏やかに過ごせている。
二人にとっては久方振りに気を張らないで過ごせる貴重な時間になっていた。