目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第42話 転居(四)

「一先ずこれからの話をしよう」


 フィローネの気を逸らさせる意味合いを込めてジルヴェスターが口を開いた。


「申し訳ないが、例の件が落ち着くまでは可能な限りこの家から出ないようにしてほしい」


 例の件とはビリー絡みのことだ。

 確実に安全を確保できるまで外出は控えた方がいい。

 万が一、現在行っている工作がビリーに露見した場合は、フィローネの身に危険が及ぶ恐れがある。

 また、仮に上手く行ったとしても、辛抱できずに気が逸ったビリーに迫られる可能性もあるだろう。


 なので、フィローネの身を守る為にはジルヴェスターの邸宅に籠ってもらうのが最も効率がいい。

 ジルヴェスターはイングルス一家を救う為に奔走するので外出する機会が多いが、彼が留守でも家にはアーデルがいる。

 アーデルがフィローネのことを守ってくれる。むしろ同性な分、ジルヴェスターよりも護衛に適しているだろう。


「もし外出する際は、アーデルかレイのどちらかと行動を共にするように」


 護衛が同性だと、お手洗いや下着屋などにも同行できる。

 現在の状況下でわざわざ下着屋に赴くことはないであろうが、食材や日用品など生活に欠かせない物は買い出ししなくてはならない。

 フィローネ一人を家に置いて買い物に行くわけにはいかないので、アーデルに同伴する必要があった。


 レイチェルはジルヴェスターの命で動くことが多いので、あまり同伴はできないかもしれないが、タイミングが合う時は行動を共にするつもりだ。


「しばらくは辛抱してもらうことになるが、こらえてくれ」


 外出できないことがストレスになる者もいれば、外出することがストレスになる者もいる。

 まだ付き合いが浅いのでフィローネがどちらのタイプかはわからないが、事前に我慢を強いることになるのは伝えておくべきだ。


「心得ております」


 フィローネは助けてもらっている立場であることを理解しているので、我が儘を言う気は微塵もなかった。


「ことが片付いたら本格的に活動してもらう。心構えはしておいてくれ」

「わかりました」


 ビリーの件が片付いたら部下として、弟子としての活動が本格的に始動する。

 今はその為の準備期間だと思っておけばいい。そもそも部下になるのも弟子になるのも突然のことだったのだ。むしろ時間的猶予ができてちょうどいいだろう。


「俺の命がない時は友人と行動しても構わない。ヘレナさんと言ったか?」


 特級魔法師の部下は常に上司の命令で動いているわけではない。

 命がない時は個人として活動しても問題はなく、基本的に自由だ。但し、招集された際は迅速に参上しなくてはならない。


 フィローネの場合は友人のヘレナとコンビで活動していたので、普段は今まで通り二人で活動しても問題はなかった。


「助かります」


 フィローネはヘレナに恩がある。今まで何度も助けてもらった。

 なので、微々たるものでも彼女の力になりたいと常々思っている。

 今後も二人で活動できるのは願ったり叶ったりであった。


「今日のところは以上だな」


 いま話しておくべきことは全て伝え終えた。


「後は部屋だな。アーデルに案内させるから自由に使ってくれ」


 残りはフィローネが使う部屋を案内するだけだ。

 内弟子になる以上は、当然同居することになる。


「必要な物があればアーデルに言ってくれ、用意させる」

「手厚いご配慮ありがとうございます」


 案内させるのも物を用立てるのも異性であるジルヴェスターより、同性のアーデルの方が何かと都合がいいだろう。異性だと言いにくいこともある。

 その辺りのことは配慮して然るべきだ。


「それじゃ、ついて来て」

「はい」


 立ち上がったアーデルはフィローネに声を掛けてから先導する。

 そしてフィローネはアーデルの後を追い掛けて行った。


 フィローネは異空間収納アイテム・ボックスに荷物を収納してあるので、引っ越しは手ぶらで行える。――元々ヘレナの家に居候している身分だったので荷物自体少なかったが。


「賑やかになるわね」


 レイチェルは小さくなる二人の後ろ姿を一瞥いちべつするとそう呟き、カップを手に取って少し温くなった紅茶を啜る。


「退屈しなさそうだ」


 今後師匠としてフィローネを指導することになったジルヴェスターは、忙しくなるな、と肩を竦めた。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?