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第34話 勧誘

 ◇ ◇ ◇


 四月二日の夕刻――フリージェス区のオーランシグレディという町にある魔法協会支部に向かう女性二人組の魔法師がいた。


 フリージェス区は一枚目の壁であるウォール・ウーノと、二枚目の壁であるウォール・ツヴァイに挟まれた区だ。

 十三区の中で最も南に位置しており、人口も一番多い。


 オーランシグレディは区内で最も大きく、人口の最も多い町でもあり、区内の行政の中心地だ。また、国内で最も人口密度の高い町でもある。


 ウォール・ウーノ、ウォール・ツヴァイ、ウォール・トゥレス、ウォール・クワトロという順に壁が築かれており、壁外へきがいは魔物で溢れているので、必然的に内地へ行けば行くほど安全になる。なので、より内側に行くほど富裕層が暮らしている。

 内地に行くほど物件の価格が上がるからだ。つまり、お金で安全を買うということだ。

 もちろん収入に余裕があっても内地で暮らさない者もいる。


 ウォール・ウーノに接する区は五区あるが、その中でフリージェスが最も人口が多いのは裕福でなくても暮らしやすい環境だからだ。

 ウォール・ウーノ内の五区は最も広大な土地を有している。土地に余裕がある為、五区には様々な特徴がある。

 他の五区はそれぞれ産業があるが、フリージェスにはこれと言ったものはない。


 フリージェスの特徴は目立った産業がない代わりに、生活水準が高くないので暮らしやすいという点だ。移住もしやすく、区自体が内地で暮らせない人々の受け皿になることを政策の一つとしている。


 オーランシグレディは人々が入り乱れて雑多な雰囲気があるが、景観は悪くない。

 建築費を抑える為に高額な石材などは用いず、比較的安価な木材、土、煉瓦などで建てられた建物が多い。

 意匠の凝った建築物は少ないが、その代わりに素朴さがあり安心感を与えてくれる。

 このような工夫があるからこそ物件の価格を抑えられ、裕福ではない者でも暮らせる環境を実現していた。


 閑話休題。


 女性二人組の魔法師は魔法協会支部に入っていく。


「この後はどうする?」

「少し食材の買い出しをしようかな」

「ならそうしましょう」


 茶髪の女性が尋ねると、もう一人の金髪の女性が予定を答える。


 横に並んで会話をしながら歩く二人は、エントランスにある窓口へと向かう。

 いくつかある窓口では魔法協会支部の職員がそれぞれ受付業務を行っている。


 魔法協会では魔法師に対して仕事の斡旋を行っており、内容は様々あるが、二人は今回壁外での仕事を行っていた。


 受付業務を行っている女性職員に仕事完遂の報告を行う。


「ご苦労様でした」


 報告を済ませると受付の女性職員が労いの言葉を掛けてくれる。


「報酬は振り込んでおきますね」


 報酬は預金口座の機能が備わっている身分証――国民証明書の通称――への振り込みで行われることが一般的だ。

 手渡しを選択することもできるが、大半の者は振り込みを希望する傾向にある。


 魔法師は魔法協会に国民証明書で身分を登録しているので、預金口座も登録されている。なので、報酬のやり取りはスムーズに行える環境が整っていた。


「――イングルスさん、お待ちください」


 窓口でのやり取りを終えた二人は立ち去ろうとしたが、受付の職員に呼び止められた。

 既に振り返りかけていた二人は再び職員と向き合う。


「何かありましたか?」


 イングルスと呼ばれた女性が首を傾げる。


「はい。イングルスさんにお客様がいらしています」

「私にですか?」


 イングルスは一層疑問を深める。

 直接自分のもとに来るのではなく、職員を通して訪ねてくるということは面識のない人物だろうか? と彼女は思った。


「そうです。第二応接室にイングルスさんお一人で向かってください」

「わかりました」


 疑問に思いながらも頷くしかなかった。


 来客は第二応接室でイングルスのことを待っているようだ。

 あまり待たせるわけにはいかないので、すぐに向かうことにした。


「というわけなので、ちょっと行ってきます」

「うん。待ってるよ。わたしはお呼びじゃないみたいだし」

「悪い話でなければいいけど」

「そうだね」


 イングルスは連れの女性に声を掛けると、第二応接室へ足を向けた。


「大丈夫かな?」


 去っていく友人の後ろ姿を眺めながら、茶髪の女性は心配で自然と言葉が漏れた。

 友人は色々と大変な状況に身を置いているので心配になる。

 今は何事もないことを祈って友人の帰りを待つことしかできなかった。


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