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第32話 吐露(四)

「事情は理解した。後は任せろ」

「え?」


 ジルヴェスターの言葉にレアルは驚きと疑問が混ざり合い、なんとも表現できない複雑な表情になる。


 幸い暗殺は未遂に防げた。

 また、事情が事情だ。

 今回暗殺対象にされたマーカスに話を通せば、レアルが罪に問われることはないだろう。

 マーカスは真っ当な政治家で信用できる立派な大人だ。レアルの事情を話せば訴えることはないと思われる。

 最悪フェルディナンドが説得すれば素直に首を縦に振るであろう。


 問題はビリーの件だ。

 ビリーが七賢人である以上は容易に解決できることではない。

 何かしらの悪事に関する確たる証拠を手に入れない限りは、問い詰めることすらできない。

 問い詰めたところで罪に問えるかは別問題だが、可能性がゼロではない以上やらない理由にはならない。


 特級魔法師であるジルヴェスターとミハエル、そして最古参の七賢人であるフェルディナンドの三人が動けば解決できる確率は格段に上昇する。

 ジルヴェスターは脳内で今後の行動方針を思い描いていく。


「お前には俺の言う通りに動いてもうことになるが、問題ないか?」

「う、うん。それで状況を打破できるのならなんでもするよ」


 ジルヴェスターの問い掛けにレアルは若干気圧されながら頷く。

 唐突な展開について行くので精一杯であったが、自分たちの為に手を差し伸べてくれているのだということはわかった。


「まず、お前は暗殺に成功したと報告してこい」

「わ、わかった」


 レアルは素直に頷くが、疑問があったので問い掛ける。


「でも、ベイン殿は健在だけど問題ないの?」


 ジルヴェスターが暗殺を阻止したのでマーカスは健在だ。

 なので、存命しているのに虚偽の報告をしても問題はないのかとレアルは思った。


「ああ。一度雲隠れしてもらう」


 ジルヴェスターは自分の考えを述べていく。


 まずはマーカスに事情を説明して協力を仰ぐ。

 説得はフェルディナンドに頼めば問題ないだろう。


 そして人相が判別できないマーカスに似た体型の遺体を用意する。

 遺体を用意するのには少々手古摺てこずるかもしれないが、用意することは可能だ。

 貧困街には死体が転がっていることも珍しくない。闇ブローカーに遺体の用意を依頼することも可能だ。なんなら死刑囚を使う手もある。


 偽物の遺体で誤魔化せれば最良だが、最悪一時凌ぎにさえなればいい。

 マーカスが表に姿を現さなくなれば信憑性が上がるはずだ。


 時間を稼げている間に可能な限りの手を打つ算段である。


「そしてお前は何食わぬ顔で過ごしていろ」

「ポーカーフェイスに努めるよ」

「手荒な事態にならないように最善を尽くすが、いつでも御母堂を連れて逃げられるようにしておけ」

「わかった」


 レアルの母には危険が及ばないように行動するつもりだが、何事も絶対は存在しない。

 最悪の事態を想定していつでも逃げられる心構えをしておいてもらう必要がある。


「えっと……姉さんはどうすれば?」


 母の身は自分が守れば問題ないが、万が一報告が虚偽だとバレた場合、姉の身にも危険が及ぶのではないかと思い至ったレアルが懸念点を口にした。


「そっちも抜かりはない。手を打つ」

「そっか。ジルを信じるよ」


 レアルはジルヴェスターを信じることにした。

 心配はあるが、任せると決めたからには最後までついて行くと覚悟を決める。


 ジルヴェスターには既に腹案があった。

 それで姉の身は守れるはずだ。

 ビリーが引き際を誤らない限りは。


 ジルヴェスターにはちょうど一週間前にレイチェルに頼まれたことにも応えられ、一石二鳥だろうと思った考えがある。


「一先ず代わりの死体を用意するまで待っていろ」


 行動を起こすにも偽装の為の死体を用意してからでなければ動けない。


「特に期限を指定されてはいないから、それは大丈夫だと思う」

「そうか。それは好都合だ」


 ベイン暗殺の命を下されたが、執行期限は設けられていない。

 あくまで実行犯であるレアルが暗殺できると踏んだ時で構わなかったようだ。とはいえ、あまりにも遅すぎるのはよろしくない。レアルもあまり引き延ばすのは良くないと思い早々に実行に移っていた。


 ジルヴェスターからすると期限がないのは好都合だ。

 あまり悠長にはしていられないが、猶予があるのは助かる。


「監視はされていないな?」

「うん。多分だけど……」


 レアルがしっかりと任務をこなすか監視している者がいた場合は、全て意味がなくなってしまう。

 ジルヴェスターは事前に監視の目がないか調査しているので問題はないと思っているが、いくら彼でも絶対はない。見落とすことも相手に上回れることもある。

 故にレアルに確認しておきたかった。


「少し待て」


 確認にしておかなければならないことを全て終えたジルヴェスターは、レアルに待つように告げる。

 頷いたレアルはカップを手に取り、既に温くなっているコーヒーを啜った。


 ジルヴェスターはレイチェル、ミハエル、フェルディナンドに順次念話テレパシーを飛ばして打合せを行う。

 その様子をレアルは漠然と眺めていた。


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