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第30話 吐露(二)

 レアルは二年前まで家族四人で仲良く暮らしていた。

 しかし、魔法師である父が壁外で亡くなってしまったことにより環境が一変してしまう。


 魔法師である以上はいつ命を落とすかわからないので、家族はみな覚悟できていた。

 とはいえ、覚悟はできていてもすぐに切り替えられることではない。


 残された家族が消沈していた時に、父が亡くなったと耳にしたと一人の男が突然現れたのだ。


 男の話によると、父が男に借金をしていたというではないか。

 借金など身に覚えがない。母でさえ知らないことだった。

 だが、確かな証拠となる借用書があった。


 借用書には何度も目を通して確認した。

 確認はしたが、本物かどうかはわからない。


 いや、この際本物か偽物かはどうでも良かった。

 何故なら、借用書を持ってきた相手が最大の問題だったからだ。


 その男の正体は、この国の統治者たる七賢人が一人――ビリー・トーマスであった。


 反論したくても七賢人を相手に抵抗などできはしない。

 国で最も大きな権力を有する七人の内の一人だ。


 仮に借用書が本物であったら取り返しのつかないことになる。最悪この国で暮らせなくなる恐れすらある。

 一般的な魔法師の家系であるレアルの家族は、圧力を掛けられれば事実がどうであれ受け入れるしか選択肢は残されていなかった。


 受け入れるにしても多額の借金を返せる当てなどない。

 不本意ながら頭を下げることしかできなかった。


 そこでビリーがとある案を提示した。

 その案とは、レアルの母がビリーの妾になることであった。妾になれば借金はなかったことにすると言い出したのだ。


 この時レアルも、レアルの姉も眼前の男の正気を疑った。

 夫を亡くして未亡人になったばかりの母になんという仕打ちをするのかと。

 当然二人は猛反発した。


 当時国立魔法教育高等学校を卒業したばかりであった姉が一緒に借金を返済しようと母を必死に説得し、まだ十三歳であったレアルは魔法技能師ライセンスを取得しておらず金銭的な協力はできなかったが、家事全般の雑事を受け持つと提案した。もちろん魔法師としては働けなくても、別の働き口は探すつもりだった。


 しかし、母は自分の可愛い娘と息子に苦労を掛けさせたくはなかったのだろう。不承不承ながらビリーの妾になることを受け入れた。


 そして三人はビリーの屋敷に移り住むことになる。

 母は自分について来る必要はないと娘と息子に告げた。別の場所で二人一緒に暮らせばいいと。

 しかし二人は断固として受け入れず、母について行くことを決めた。二人の意志が固かったので、その想いを母は尊重してくれた。


 そうしてビリーの屋敷に移り住むと、そこには多くの女性がいた。

 自分たちに良くしてくれた女性に詳しい話を聞くと、全員ビリーに囲われているのだと言うではないか。

 五十代から十代の年齢層の女性が数多くいたのだ。開いた口が塞がらないほど驚いたのは記憶に新しい。


 レアルは未だに正確な人数を把握していない。把握している人数は三十人ほどだ。実際にはもっと多くの女性がおり、少なく見積もっても五十人はいるのではないかとレアルは思っていた。もしかすると百人近くいるかもしれないとまで思っている。


 母もこの数多くの女性の一員になるのかと思うと不憫ふびんでならなかった。

 仮に妾になるにしても、母だけを愛してくれるのならばまだ良かった。せめて数人くらいならまだ我慢もできたものだ。

 これほどの人数がいるのならおそらく愛のない関係なのだろうと思い、ただただ母が不憫になった。


 多くの女性たちには様々な境遇の者がいた。

 母と同じように借金のカタとして連れて来られた者。

 貧しい故に家族の為に自ら身売りした者。

 弱みに付け込まれて諦めるしかなかった者。

 金に困らない生活を得る為に自ら愛人になった者。

 政界での出世の足掛かりとしてビリーに取り入った者。

 純粋にビリーを愛しているという奇特な者など多岐に渡る。


 ビリーは現在五十一歳だ。いったい彼の下半身はどれほど元気なのだろうか。

 ちなみにレアルの母は四十二歳だ。


 ビリーは女たちとの間にできた子供は自分の子としてしっかり認知している。

 女たちの連れ子は自分の子として認知していないが、生活の面倒は見ている。

 そして女性たちがいくつ年を重ねても追い出さない辺りは、経緯や女癖などはともかく、甲斐性はあるのかもしれない。


 そんなこんなで三人は不本意ながらもビリーの屋敷で生活していた。

 お金に困ることがなく、レアルたちに良くしてくれる女性もいたので不便を感じたことはない。――母のことが心配な毎日ではあったが。


「母さんがどう思っていたのかはわからないけどね」


 夫を亡くしたばかりにもかかわらず、好きでもないスケベ親父の妾になったのだ。

 辛酸しんさんをなめていて自分が一番辛い立場だろうに、娘と息子に心配を掛けない為に気丈に振舞っているのだろうとレアルは思っていた。

 そんな環境でも家族三人寄り添って暮らしていた。

 しかし――


「一年くらい経った頃に状況が変わったんだ」

「と言うと?」


 沈んだ表情で語っていたレアルが一層悲壮感を深めると、怒りが籠った口調で話し出す。


「あいつ今度な姉さんに手を出そうとしたんだよ」


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