◇ ◇ ◇
二日後、ジルヴェスターは再びリンドレイクにいた。
見回りを開始して三日目だ。もちろん途中で見回りを交代してもらっているので、しっかりと休憩を挟んでいる。
二日前と同じ場所から暗殺対象になり得る人物の自宅を見張り様子を窺う。
暗殺を実行するなら人目につきにくい夜が相応しいだろう。
ジルヴェスターも日が沈んでからが勝負だと思っていた。
しかし――
(奴は――)
ジルヴェスターの視線の先には二日前と同じ格好の例の人物がいた。
マントを羽織り、頭にフードを被せている。
距離があるのでわかりにくいが、目元から下も布を被せて隠していると思われる。
(当たりか……?)
二日前にも目撃した怪しい人物がベインの自宅の脇で立ち止まり、様子を窺うように見据えている。
暗殺者の可能性が格段に上がった。
少なくとも建築物マニアの線はなくなっただろう。空き巣の線は拭えないが、仮にそうであっても侵入したら捕らえるので問題はない。犯罪者だ。躊躇う必要など一切ない。
ジルヴェスターは
数戸の建物を屋根伝いに飛び移っていき、
そして見下ろすように眼下へ視線を向ける。
怪しい人物は眼前の邸宅を見上げたまま動こうとしない。
ジルヴェスターはそのまま数分の間監視を続けることになった。
右脚から小さく一歩踏み出すが、すぐに足を引いて立ち止まるのを何度も繰り返している。
(やはり素人か……?)
ジルヴェスターは首を傾げる。
確かに様子を観察する限りでは素人感が強い。迂闊な下見の仕方、煮え切らない態度。そのような様子を見て疑念が増々確信に変わっていく。
その時、
突如姿を消したが、ジルヴェスターの
ジルヴェスターと同じように
(あれは……)
眼下で魔法を行使したのを
魔法の質に既視感を覚えたのだ。
魔法の質は魔法師毎に異なる。
所謂、癖というやつだ。
どのように術式を解釈しているか、MACへの魔力の流し方、純粋な技量などによって魔法行使時に各々特徴が出る。
とはいえ、普通は魔法行使の際に出る各人の特徴などわからない。
行使者のことを熟知していて、魔法や術式に対する
だが、ジルヴェスターには魔眼がある。
彼は魔法や術式に対する知識があり、観察眼もある。そして彼の瞳に宿る魔眼が有する術式を読み取る能力、魔力そのものを視認するという能力。これらが合わされば魔法師の癖を見抜くなど容易いことだ。
そのジルヴェスターが既視感を抱いた。
つまり、眼下にいる人物は既知の者の可能性があるということだ。
ジルヴェスターは一先ず考えるのをやめて目の前の人物の行動に意識を傾ける。
怪しい人物は姿を消しているので一般人には視認できないが、ジルヴェスターにははっきりと
だが、姿形をはっきりと視認しているわけではない。あくまでも人型の魔力が動いているように
いずれにしろ魔力を使って
謎の人物が姿を消した数秒後に邸宅の扉が開かれた。
扉の先からマーカス・ベインが姿を現す。怪しい人物は家人が外出するのを察して姿を消したのだろう。
扉を開けたマーカスは一度振り返った。
ジルヴェスターは距離があるのではっきりとは聞き取れないが、どうやらベインは奥方に見送られているようだ。
そして奥方と一言二言言葉を交わしたマーカスは自宅を後にした。
マーカスには見えていないからか、怪しい人物の方へと歩み進めている。
姿を消している人物は路地の端へと移動しており、マーカスは横を通り過ぎていく。
二人の距離が五メートルほど離れると、怪しい人物は尾行を開始した。
距離感を保ったまま尾行を続ける様子をジルヴェスターは頭上から確認していた。
(確定か)
ジルヴェスターの疑念は確信に変わっていた。
暗殺者か空き巣の線があったが、こそ泥ならマーカスのことを尾行したりなどしないだろう。
ベインを襲い金品を奪うという線もあるが、それならベインを狙うよりも自宅に侵入する方がリスクが低い。
魔法を抜きにしたらの話だが、身体的な能力上、大人の男よりも女性の方が対峙する際のハードルが低い。
つまり、空き巣ならベインから金品を奪うよりも、自宅に侵入した方が効率がいいのだ。しかもマーカスは中級二等魔法師だ。彼が不在の隙に盗みを働くのが賢い判断だろう。
これらの状況から察するに、怪しい人物の正体は空き巣ではなく暗殺者の可能性が格段に上がった。