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この日、ジルヴェスターはフェルディナンドに貰った標的にされる可能性のある者のリストを参考に見回りに赴いていた。
彼だけではなく、レイチェルやミハエルも見回りを行っている。
現在ジルヴェスターはネーフィス区の第一の町であるリンドレイクにいた。
レイチェルはプリム区、ミハエルはペトルグルージュ区にいる。ミハエルが率いる部隊の隊員も各地に散って見回りをしている。
暗殺を未然に防ぐ為の労力は惜しまない。
だが、政治家が暗殺されていることは
混乱を避ける為に、確実に信用できる者にしか情報を流せないからだ。なので、割ける人員にも限りがあるのが辛いところである。
ジルヴェスターやレイチェルたちが各地で見回りを行っているが、確実に犯人が姿を現すとは限らない。
無駄足になる可能性もあるが、無駄になるに越したことはない。被害者が生まれなかったということなのだから。
今日のジルヴェスターは特級魔法師の証である席次が記されているコートを羽織っている。
魔法師の身分を証明する為の物なので、魔法師として活動する際はコートを羽織らずに私有地以外で魔法を行使することは認められていない。特級魔法師にとっては必須アイテムだ。特級魔法師以外の魔法師は記章を身に付ける決まりとなっている。
コートの左腕の部分には一の字が入った腕章が縫い付けられており、背中には大きく一の字が刻まれている。
大変目立つ身形だが、ジルヴェスターは人目に付かないように心掛けて行動していた。
まるでアサシンと見紛うような隠形ぶりだ。
暗殺対象になり得る者が住んでいる自宅が目視可能な、五十メートルほど離れた場所にある建物の上にジルヴェスターはいた。彼が見守っている暗殺対象になり得る人物はマーカス・ベインだ。
ベインの自宅は一般的な邸宅だった。フェルディナンドの腹心に相応しく豪奢な暮らしを好まないタイプらしい。
自宅の周囲を塀が囲っているということもなく、玄関は路地に面している。
煉瓦造りの邸宅は一家族が暮らすには充分な広さだ。部屋を持て余したりするような広すぎる邸宅ではない。必要最低限といった印象だ。
フェルディナンドの話では、質素倹約というほどではないが、普段から特別な日以外は贅沢をしない性分なのだそうだ。
ジルヴェスターは現在、
光学的に術者自身を透明化する事ができる支援魔法――
――『
二種類の魔法を寸分の狂いもなく常時行使し続ける腕前はさすがだ。
未熟な者ならば複数の魔法を同時に行使することすらできない。
ジルヴェスターは片手間にやってのけているが、複数の魔法を同時に行使するのは高等テクニックだ。決して容易ではない。
ベインの自宅を見つめていると、周囲を何度も行ったり来たりしている者がいることに気づく。
自宅内の様子を窺うような仕草をする姿は
(素人か……?)
不慣れな感じが
しかし素人を装う意味などない。もしかしたら本当に素人なのかもしれないとジルヴェスターは思ったが、頭を振って考えを改める。
油断していいことなど何一つとしてない。常に最悪を想定しておくべきだ。
いくら怪しいとはいえ、その理由だけで拘束することはできない。
当人が行動を起こすまで待つ必要がある。現行犯で捕らえるのが最も理想だ。もちろん未然に防いだ上でだ。
その後、数分間怪しい人物の姿を眺めていたが、何もせずに退散してしまう。
(下見か?)
もしかしたら今この時に暗殺に乗り出すのではなく、下見に赴いただけなのかもしれない。
事前準備は重要だ。その辺は抜かりなくこなしているのだと思われる。――それにしては素人感丸出しであったが。
(そもそも全く関係ない可能性もあるが……)
単に怪しいだけで、暗殺者とは全く関係ない人物の可能性もある。
建築物マニアで気になった邸宅を見学していただけという線や、留守を狙った空き巣の線など、
故に暗殺者と決めつけるのは時期尚早だ。
ベインから目を離すわけにはいかないので追跡することはできない。
いざ実行に移した時に阻止すればいいと割り切り、
暗殺される可能性のある者は他にもいる。全く別の場所で別の人物が暗殺されている可能性もある。
別の場所で見回りしている者から連絡が来るかもしれない。
今はただ待つのみだ。