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第25話 既視感(二)

 ◇ ◇ ◇


 三月二十九日――ネーフィス区のレイトナイトにはシズカ、レベッカ、ビアンカの姿があった。


 レイトナイトはネーフィス区の中心から南西方面のウォール・ツヴァイ寄りに位置する町だ。

 レイトナイトはあまり大きい町ではない。小さい町でもないが、長閑のどかさがあり地元民同士の距離感が近い印象を受ける。


 半木骨造の建築物が多く建ち並んでいる中、中心部から少し逸れた場所には一際広大な敷地を囲っている塀と、その内側にある東方式の寝殿造の建物が存在感を放っていた。

 広大な敷地の中には家主一族が暮らす住宅の他に、門下生が暮らす建物や道場、蔵に池などいくつもの施設がある。


 広大な敷地を有する土地の主はシノノメ家だ。

 地元の人々から慕われ、レイトナイトの顔とも言える存在になっている。


 東方から逃れてきた一族の末裔の中でも特に力のあった一族は、祖先が建てた立派な寝殿造の住宅で暮らしている者が多い。

 正にシノノメ家がそれに当てはまる。


 今回レベッカは幼馴染のビアンカと共にシズカの実家に遊びに来ていた。

 初めてシノノメ家を訪れた際は、想像以上に立派な邸宅に度肝抜かれたほどだ。


 そして現在は三人連れ立って街中を散策しているところであった。


 シズカは半端丈で足首が見え、華奢な印象で女性らしさを演出でき、スリムシルエットとセンターシームですっきりしている黒のクロップドパンツを穿いている。

 また、白のブラウスはタックインすることで、より一層美脚が映えるスタイルだ。

 清楚さとラフさを上手く融合させている。


 レベッカはデニム素材のショートパンツに、青、黄、黒、白の四色がいろどっていて大人な雰囲気を演出してくれるVネックシャツを合わせている。

 ダメージの入ったショートパンツと合わせることで、ほどよくカジュアルに見せることができている。

 ショートパンツから覗く美脚と、胸元が開いているVネックシャツからあわらになっている豊満な胸が視線を釘付けにしており魅力的だ。


 ビアンカはボディラインを強調するようなベージュのタイトなタートルネックのニットワンピースを着ており、丈の短いスリムなワンピースがフェミニンな印象を演出している。

 黒のロングブーツを履いて、太股は露出している。

 可愛らしさと色っぽさが魅力を引き立て、蠱惑的こわくてきで男性の心を掴んで放さない妖艶さがあった。


 この国は北に行けば行くほど寒くなり、南へ行けば行くほど暑くなる。

 レイトナイトは南寄りの町だ。

 現在、北方はまだ寒さが残っているが、レイトナイトは比較的過ごしやすい気候の時季である。なので、三人の服装でも問題なく過ごすことができていた。


 三人が連れ立って歩いていると場が華やかになり、男女問わず視線が集まってくる。


「レアルくん来られなくて残念だねぇ」

「そうね。少しでも休めているといいのだけれど」


 石畳の道を歩いている中、レベッカが残念そうに呟く。

 隣を歩くシズカが頷き、心配する言葉を漏らす。


 元々レベッカはレアルのことを誘っていた。

 本人は都合がつけば検討すると口にしていたが、生憎と外せない所用が入ってしまい断念している。


「せめて何かお土産でも渡してあげるといいよ~」


 来られなかった代わりに、何か労いになるお土産を贈るといいとビアンカが提案する。

 その提案にレベッカとシズカが頷く。


「何が良いかな~」


 レベッカが頬に手を当てて考え込む。


「この辺りの名産となると、食べ物ならうなぎ、工芸品なら焼き物ね」


 シズカがレイトナイト周辺の名産を挙げる。


 レイトナイト周辺には水質の綺麗な川がいくつも流れており、活きが良く栄養価の高い新鮮なうなぎが手に入る。

 周辺には鰻を使った名物が多々あり、近くを訪れた者なら必ずと言っていいほど食べていく代物だ。むしろうなぎを食べる為だけに来る者もいる。


 レイトナイトはシノノメ家が居を構えているだけあり、共に東方から逃れてきた東方人が多く根付いている。

 その中には代々焼き物を生業なりわいにしている一族もいた。その一族の名はイスルギ家という。


 イスルギ家が作った焼き物は現在では名産になるほど価値の高い物となり、イスルギ家及び暖簾のれん分けした者が作った焼き物はイスルギ焼きという銘柄で親しまれている。


うなぎは厳しいだろうし、焼き物がいいかな?」

「彼のイメージには合わないわね」

「ジルくんには合いそう」

「彼、雰囲気が落ち着いているものね」


 レベッカの言う通りうなぎは厳しいかもしれない。

 異空間収納アイテム・ボックスに収納しておけば品質を保てるとはいえ、感情的になまものは受けつけないだろう。そもそも調理が難しいので現実的ではない。

 加工品ならば問題ないかもしれないが、食べ物である以上は好き嫌いが存在する。好みを完全に把握していないのなら食べ物は避けた方が無難だろう。


 その点、焼き物なら問題はない。

 問題があるとすればレアルに送るのに相応しい焼き物があるのかということだ。

 なので、レベッカはシズカの指摘に頷くしかなかった。


 落ち着いた雰囲気を纏っているジルヴェスターには合うかもしれないと二人は思ったが、彼の場合は東方人の文化や歴史を調べる為の研究材料にしてしまうのではないか? という懸念が湧いてきて一抹の不安を覚えた。


「まあ、二人以外のみんなのお土産も用意しないとだし、ゆっくり考えようよ」


 後輩二人の会話を聞いていたビアンカが口を挟む。


 確かにジルヴェスターとレアルの分だけではない。

 ステラやオリヴィア、イザベラにリリアナなど他にもお土産を用意する対象はいる。クラスメイトの分だってある。

 もちろんビアンカも友人に渡すお土産を用意するつもりだ。


「レベッカはジルくんのことで頭がいっぱいかな?」

「――そ、そんなことないし……!」


 ビアンカの揶揄からかいにレベッカはどもりながら否定する。

 髪の隙間から見える耳が赤くなっているのがかわいらしい。


「ま、まあ……ちょっとだけ気合が入っているのは否定しないけど……」


 レベッカは二人には聞こえないほど小さな声量でポツリと呟く。

 実は他の人に渡すお土産よりも、ジルヴェスターに送る物だけはより厳選するつもりでいた。

 少しでも喜んでほしいと健気にも思っていたのだ。


「――と、とにかく!」


 恥ずかしさから逃れる為に話題転換しようと力の籠った声を発する。


「レアルくんは少しでもゆっくり過ごせていたらいいなって話だよ!」

「そうだね~」

「ふふ、そうね」


 ビアンカは慣れたものと軽く受け流し、シズカは微笑ましげに表情を緩める。


「――それじゃ、少しお店を見て回りましょうか」


 シズカが案内を買って出ていくつもの店を覗いて行くことになった。


 しかし三人の想いもむなしく、レアルは心身共に追い詰められていた。


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