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第23話 調査(四)

 ◇ ◇ ◇


 ジルヴェスター、レイチェル、ミハエルの三人を乗せた馬車は目的地に到着した。

 三人は一軒の邸宅の前で馬車から降りる。


 ミハエルが玄関扉の横に設置されているインターホンを押した。

 インターホンを通してミハエルと家人がやり取りを交わす。


 ミハエルの後方で待機しているジルヴェスターは、邸宅の全貌を視界に収めていた。


(極一般的な邸宅だな。住宅街だから人通りはあまり多くないか……侵入自体はそれほど難しくはないな)


 住環境について考えを巡らせていると、玄関扉が開かれる音が鳴る。


「――お待ちしておりました」


 扉を開けたのは家人の女性であった。

 三十代に見える女性の姿を目にしたジルヴェスターとレイチェルは、隠し切れていない疲労感を抱えてるように見えた。


「何度もすみません」

「いえ、お気になさらないでください」


 大変な時に何度も時間を取らせてしまって申し訳ないとミハエルが詫びる。


「どうぞお入りください」

「はい。失礼します」


 女性に促されてミハエルが玄関扉を潜り、ジルヴェスターとレイチェルも後に続く。


「今日はミハエル様のご友人がお見えになるとのことでしたが……」


 女性がジルヴェスターとレイチェルに視線を向ける。


 今日三人がこの場に赴いたのは、ミハエルの頼みを聞き入れたジルヴェスターを連れてくることだった。

 昨日から不審死の件の調査を行っていたジルヴェスターたちは、既に一通り調査を終わらせている。だが、一ヶ所だけまだ調査していなかった。それが今いる場所だ。


 三日前にミハエルが訪れた時は、残念ながら目ぼしい成果を得られなかった。


「ええ、紹介しますね」


 ミハエルがジルヴェスターの方を向いて女性に紹介する。


「こちらが私の友人の特級魔法師第一席――ジルヴェスター・ヴェステンヴィルキスです」

「お初にお目にかかります」


 ミハエルの紹介に合わせるようにジルヴェスターが挨拶する。


「――え」


 対して女性は目を見開いて驚きをあらわにし、口から言葉にならない声を漏らした。


「……『守護神ガーディアン』様ですか?」

「そうですよ」


 女性が言葉を絞り出すように質問すると、ミハエルが首肯した。


「……驚きの余り眩暈がしそうです」


 女性は廊下の壁に手を当てて身体を支える。

 ミハエルは女性を支える為に慌てて手を取った。


 冗談のように感じてしまうが、女性はミハエルの人柄を知っているから信用している。

 彼がこのような場で冗談を言うわけがないと思っている女性は、ジルヴェスターの正体を疑わずに信じた。


「驚かせてしまい申し訳ありませんが、彼の素性は内密にお願いします」

「……わかりました」


 女性は平静を装っているが、内心は天手古舞てんてこまいだった。

 ミハエルに紹介された友人が素性の知られていない特級魔法師第一席であり、しかも内密にするように釘を刺される。天手古舞になってしまうのも仕方がないだろう。


 特級魔法師第一席は、異名以外はおおやけになっていない。

 その理由は知らないが、何かしら事情があるのだろうと女性は思っていたので、内密にする件はすんなりと受け入れられた。


 ミハエルは事前にジルヴェスターに第一席と明かす承諾を貰っていた。

 女性がいくらミハエルのことを信頼しているとはいえ、特級魔法師であるミハエルでも手をこまねいている件を、普通の人間が解決できるとは中々思えないだろう。


 それにミハエルのことは信用していても、彼が連れてくると言っていた人物のことまで信用しているわけではない。

 だが、その連れてくる人物が特級魔法師となると話が変わってくる。しかもミハエルよりも上位の第一席だ。


 手っ取り早く最低限の信用を得る為に、ジルヴェスターの身分を明かすと事前に打ち合わせしていた。

 特級魔法師の肩書は伊達ではなく、その効果は覿面てきめんだ。


「そしてこちらの女性は彼の部下のレイチェル・コンスタンティノスさんです」


 ミハエルは続けてレイチェルを紹介する。


「『聖女』様の御令嬢の?」

「はい。三女のレイチェルです。以後お見知りおきを」


 コンスタンティノス家は有名な一家だ。特級魔法師である母を筆頭に、全員が国内有数の魔法師である。

 なので、コンスタンティノスについては女性も当然知っていた。


「私はアナベルと申します。こちらこそよろしくお願い致します」


 レイチェルに関しては、コンスタンティノスの名が信用を得る手段となる。

 彼女の母である『聖女』の人望がなによりも影響しており、コンスタンティノスの名は国内に深く根付いていた。


「それでは早速ですが、ロバートさんの執務室に失礼しますね」

「はい。全てお任せします」


 いつまでも立ち話していては本来の目的を達せられない。

 ミハエルが要件を切り出すと、女性――アナベルは一同を先導するように歩き出した。


 ロバートの執務室に到着すると、ミハエルが扉を開けて真っ先に入室する。

 彼の後に続いてジルヴェスターとレイチェルも室内に足を踏み入れる。


「私が調べた限りだと不審な点は一つ見当たらなかった」


 ジルヴェスターはミハエルの言葉に耳を傾けながら室内に視線を巡らす。

 レイチェルは扉の近くで待機して二人の様子を見守っている。


「確かに事前に聞いていた通り争った形跡は見当たらないな」


 納得したジルヴェスターはそう言うと――


「一つ尋ねても?」


 アナベルに視線を向けた。


「はい。なんなりと」

「ご主人が亡くなって以降、窓を開けましたか?」

「窓ですか? いえ、一度も開けていません。現場は手付かずのまま残しておいた方がいいかと思いまして」

「なるほど。それはいい判断でした」


 アナベルは質問の意図がわからないまま答えた。


「何かわかったのかい?」


 ジルヴェスターの口ぶりに疑問を抱いたミハエルが尋ねる。


 実は、ジルヴェスターは邸宅にお邪魔した瞬間から魔眼の力を行使していた。

 彼の眼ははっきりと証拠を捉えていたのだ。


「ああ。結論を言うと……」

「構いません。包み隠さず本当のことを仰ってください」


 結論を告げようとしたジルヴェスターは途中で言葉を止め、アナベルに視線を向けた。

 彼女の前で真実を口にしてもいいのか迷いがあった。彼女には酷なことになると思い、確認の意味を込めて視線を向けたのだ。


 そして覚悟を決めた表情のアナベルが了承したので、ジルヴェスターは続きの台詞を口にする。


「――ロバート殿の死因は暗殺だ」

「やはり……そうですか……」


 ジルヴェスターから告げられた言葉に、アナベルは力なく床に崩れ落ちる。

 近くにいたレイチェルが慌てて支えるが、身体は力なく脱力していた。


「……何がわかったんだい?」


 ミハエルが説明を求める。


「この部屋にはじゅ属性の魔法を行使した痕跡が色濃く残っている」

「やはり――」

「ああ。別の現場にも残っていたじゅ属性の魔力の残滓ざんしだ」


 ジルヴェスターの言葉の意味を察したレイチェルが声を漏らしたが、彼は構わずに言葉を続けた。


「どういうことだい?」


 二人のやり取りについていけないミハエルが詳しい説明を求める。


「ここ以外の不審死した者が亡くなった現場を昨日全て回ったが、七ヶ所中五ヶ所で同じ魔力の残滓ざんしを確認した」

「それがじゅ属性の魔力だったと……」

「そうだ」

残滓ざんしのなかった二ヶ所は?」

「屋外だったからな。既に風に流されてしまったか、自然発生している魔力と同化してしまったのか、はたまた本当に偶然にも事故や病なりで突如亡くなってしまったかのどれかだろう」

「そうか……」


 ロバート以外の不審死した者は全て屋外で亡くなっていた。

 故に魔力の残滓ざんしを確認できない場所もあった。こればかりは仕方がない。いくらジルヴェスターでも不可能なことは存在する。


「……犯人は必ず私が捕らえる!」


 崩れ落ちているアナベルの姿を見て心が苦しくなったミハエルは、拳を握り締めて決意をあらわにする。

 そんなミハエルに対して、ジルヴェスターが犯人像を告げる。


「おそらく犯人は相当な手練れだろう」

「確かに……じゅ属性の魔法で暗殺したということは、高位の魔法を行使したということになるね……」


 じゅ属性の魔法で暗殺に適した魔法はいくつか存在するが、どれも高位の魔法だ。

 その魔法を誰かに気付かれることなく難なく行使できる者が犯人ということになる。

 腕の立つ者が絡んでいるのは確実だ。


「可能な限り俺も手を貸そう」

「ありがとう。助かるよ」


 ジルヴェスターは助力を申し出る。

 乗り掛かった舟だ。一先ず問題が解決するまでは協力することにした。

 フェルディナンドに頼まれたのもあるので手を引く気はない。


 黒幕はまさか特級魔法師の二人が自分を探しているとは思いもしないだろう。


 その後、ジルヴェスターとレイチェルは邸宅を後にし、ミハエルはアナベルをケアする為に残ることになった。


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