「その前に昼食を摂りましょう」
「そうだな。時間的にもちょうど良いタイミングだ」
現在の時刻は正午をすぎた辺りだ。
この後もいくつもの現場に赴かなくてはならない。しっかりと栄養補給しておくべきだ。
「近くの喫茶店にでも寄りましょうか?」
「任せる」
二人は石畳みの道を歩いていく。
人が通行する分には充分だが、馬車が通るには厳しい道幅だ。
一見入り組んでいるように見えるものの、しっかりと計算されて区画整理されているのがわかる。
住民が生活する際の利便性は考慮されているが、町自体の作りが一昔前の物なので不便な点があるのも事実だ。例を挙げると、大通りは問題ないが小道に入ると馬車が通れない場所がある点だろう。とはいえ、どの町にも馬車が通れない小道などはあるものだ。
「――ここにしましょう」
二人は街並みに溶け込んだ喫茶店の前で立ち止まる。
あまり人通りの多くない小道を通った先にある、こじんまりとした喫茶店は隠れ家のような
二人は喫茶店の扉を潜る。
扉の上部に取付けられた鈴が鳴り、店内に来客を告げる。
「――いらっしゃい」
カウンターの奥にある厨房から店主と思われる紳士的な男性が出迎えてくれる。
「ご自由にどうぞ」
給仕を務める女性のウエイトレスが自由に席を選んでいいと促す。
その言葉に従って二人が店内を見回すと、他には三名の先客がいた。
他の客から比較的離れたテーブル席に移動して腰掛け、メニューに目を通して注文する商品を吟味する。
二人が注文する商品を決めると、レイチェルがウエイトレスを呼ぶ。
注文を取りに来たウエイトレスに二人ともそれぞれ目当ての商品を頼む。
「畏まりました。少々お待ちください」
注文を受けたウエイトレスが下がっていく。
「少しはゆっくりできるわね」
「そうだな」
対面に腰掛けている二人は向き合う形になっている。
「あと何ヶ所あるんだ?」
今日のジルヴェスターは、不審死した者が亡くなった各所を赴いて調査することに予定がびっしりと埋まっている。
「ミハエル様に頼まれた現場を除いて六ケ所よ」
レイチェルはジルヴェスターに言われ、事前に情報を入手していた。
「そうか」
ジルヴェスターがそう呟いた後、二人は言葉を交わすことなく注文した商品を待つ。
「――失礼致します」
沈黙を打ち破るようにウエイトレスがカップを載せたトレイを持ってやってきた。
レイチェルの手前には紅茶とケーキを、ジルヴェスターの手前にはコーヒーとサンドウィッチが置かれる。商品をテーブルに置くとウエイトレスは下がっていった。
「頂きましょうか」
「ああ」
レイチェルはカップを手に取り一口啜る。
「美味しいわね」
ほっと一息吐くレイチェルは心が落ち着く気分だった。
続けてフォークを手にし、ケーキを一口サイズだけ取り分けて口に運ぶ。
「これも美味しいわ。甘すぎなくて食べやすいのがいいわね」
生クリームを使っているが、甘さを控えめにして作られていた。
スポンジ部分はふんわりと柔らかく口当たりがいい。
「ここは中々の穴場かもしれないわ」
いい喫茶店を見つけて得した気分になったレイチェルの表情が緩む。
「楽しそうだな」
そんなレイチェルの姿を見守っていたジルヴェスターが、コーヒーカップを片手に口を挟む。
「ええ。せっかくゆっくりできるのだから少しは楽しまないと」
レイチェルは多忙な毎日を送っている。なので、少しでも落ち着いてのんびりとできる時間は貴重だった。――もっとも、彼女が忙しいのはほぼジルヴェスターの所為なのだが。
ジルヴェスターはカップをテーブルに置いてサンドウィッチを手に取る。
二人が軽食で済ませているのは、あまり食べすぎると動けなくなるからだ。
とはいえ、栄養補給を怠っても動けなくなるので、軽く食べるくらいがちょうど良かった。
「あなたとこうして過ごすのは久々ね」
「そうだな」
二人は元々共に行動することが多かった。
姉弟のように育ったのもあるが、特級魔法師と、そのサポーターという立場上、共に行動する機会が多い。だが、ジルヴェスターがランチェスター学園に入学して以降は、共に行動する機会が減っていた。
「アーデル様に申し訳ないわね」
「お前相手にか? それはないだろ」
「まあ、私たちの関係は姉弟くらいにしか思っていないわよね」
「だろうな」
自分がジルヴェスターを独り占めしている現状に、彼の同居人であるアーデルに対し申し訳ない気持ちがあったが、レイチェルとジルヴェスターの関係は姉弟のようなものだ。気にすることではないと思っているだろう。
「そもそもお前とアーデルは姉妹みたいなもんだろう」
「それはそうね。確かに妹のように良くしてくれているわ」
アーデルとレイチェルではアーデルの方が年上だ。
レイチェルの姉である長女のマリアンヌとアーデルは同い年で幼馴染でもある。そういった関係上、マリアンヌの妹三人――年の離れた末妹は除く――は、アーデルには昔から妹のようにかわいがってもらっていた。
「そもそもあいつの
「ふふ。あなたは本当にアーデル様のことが好きね」
「まあな」
ジルヴェスターのアーデルに対する絶対的な信頼を垣間見たレイチェルは笑みを零す。
レイチェルの言葉に即答するだけあり、ジルヴェスターがアーデルのことを心の底から想っているのが良く伝わってくる。
「なんだかちょっと妬けるわ」
「……」
含むところのあるレイチェルがそう呟くと、ジルヴェスターは何も言い返せなかった。
何も言い返せない理由があるので、黙るしかなかったのだ。
沈黙が場を満たしたところでレイチェルがカップを手に取り紅茶を啜ると、つられるようにジルヴェスターもカップを手にしてコーヒーを飲む。
「――そうそう、あなたにお願いがあったのよ」
「なんだ?」
紅茶を楽しんでいたレイチェルが思い出したように呟くと、カップをテーブルに置く。
ジルヴェスターもカップをテーブルに置いて聞く態勢を整える。
「そろそろ人を増やしてほしいのよ。もう少し私の負担を減らしてくれないかしら」
「つまり隊を率いろと?」
「それも一つの選択肢ね。せめて一人か二人くらいは部下を増やしてもいいと思わない?」
ジルヴェスターはレイチェルに様々な仕事を任せている。
優秀な彼女は滞りなくこなしているが、さすがに負担が大きい。なので、人員を増やして少しでも負担を軽減してほしかった。
特級魔法師には隊を率いている者が多い。
ソロで活動している者もいるが、ほとんどの特級魔法師は隊を率いている。
ジルヴェスターの場合はサポーターとしてレイチェル一人を従えているだけであり、隊を率いているわけではない。
「検討しておこう」
「お願いね」
ジルヴェスターとしてもレイチェルに負担を掛けていることは理解している。
レティにも少しは労ってあげなさいと釘を刺されていることを考慮すれば、一考の余地があった。
「――さて、そろそろ次に行きましょうか」
「ああ、そうだな」
この後もまだ赴かなくてはならない現場が複数ある。
休憩は程々にしておかなければ時間がいくらあっても足りない。
席を立った二人は会計を済ませると、喫茶店を後にした。