◇ ◇ ◇
時間を少し遡る。
レアル・イングルスは日を跨いですぐの時間から壁外へと赴いていた。
しかし、暗闇の中でもわかるほど顔色が悪い。壁の外へと出る際に門を警備する衛兵に心配されたほどだ。
「全く、人使いが荒すぎる……」
レアルは深々と溜息を零し悪態をつく。
「でも仕方ない。僕がやらないと!」
寝不足と疲労の影響で身体が重い。そんな身体に鞭打って壁外の荒地を駆ける。
その後レアルは多くの魔物を討伐していった。
彼の目的は魔晶石を集めることだ。
魔晶石は自然に生成された物を採掘するか、魔物から取り出すかの二通りしかない。
だが採掘は現実的ではない。運が良ければ偶然採掘できる代物なので、主な入手源は魔物からの採取になる。
故にレアルは壁外へ赴いて魔物の討伐を行っていた。
「そろそろ帰ろう」
魔物を狩り続けてから既に四時間ほど経っている。
「今日も学園があるから休めない」
本日もいつも通り学園に登校しなくてはならない。いくら忙しくてもレアルは学園を休む気は毛頭なかった。
一呼吸置いて身体を解すように伸びをした後、壁内へ足を向けようとする。
しかし――
「――!?」
魔物の気配を感じ取り、立ち止まって周囲の様子を窺う。
(これは……まずいな……)
周囲を窺っていたレアルは、ある一点を見つめて冷や汗を流す。
彼の視線の先には、ブラッディウルフが群を成して駆けてくる姿が映っていた。
「こんな時に限って……」
疲労を吐き出すかのように深々と溜息を吐く。
レアルは連日の多忙さにより疲労が溜まっていた。まともに寝る時間を確保することができないほどだ。今は疲れのピークと言ってもいい。そんな時に限って厄介極まりない存在と遭遇してしまった。
(逃げ切れるかな……)
思考に耽る合間にもブラッディウルフの群れは着実に近付いてくる。
瞬時に判断して行動しなくてはならない。
「
レアルが左手首に嵌めている腕輪型MACが一瞬光る。
レアルは交戦ではなく逃走を選択した。
現状では正しい判断だ。ブラッディウルフを相手に戦闘を繰り広げられるコンディションではない。
(身体が重い)
疲労困憊の身体が思うように動いてくれなくて焦燥感が募る。
しかもブラッディウルフの群れとの距離が徐々に縮んでいく。
その上レアルは疲労と寝不足で身体が重い。集中力と思考力も低下している。そして既に四時間以上壁外で活動している。壁内からの移動時間を加えると五時間近い。故に相応の魔力を消費している。
(逃げ切れない)
このまま逃走を図っても逃げ切れないと判断したレアルは、足を止めて振り返る。
そして左手を前方に
すると、MACを起点に煙が広がっていく。
レアルは
煙幕を張ることで目眩ましを目論んだ。
周囲に煙幕が広がっていく中、レアルは右手で握っている剣型のMACに魔力を流し込み、魔法を行使する。
レアルに追いついたブラッディウルフの群れが煙幕の周囲を取り囲む。
風に流され徐々に霧散していく煙幕は少しずつ見通しが良くなっていく。そして完全に煙幕が晴れると、そこにレアルの姿はなかった。
「ワウ?」
一匹のブラッディウルフが首を傾げるように不思議がる。
「ギャウギャウ!」
「グルルルルル」
周囲を取り囲むブラッディウルフが吠える。
そこにいたはずの獲物がいない。疑問を頭に浮かべるブラッディウルフは、確かめるように鼻に意識を傾けて周辺の匂いを嗅ぐ。
(……)
その頃レアルは岩陰を背に息を潜めていた。
彼はブラッディウルフの群れの中心に潜んでいたのだ。だが、レアルの姿は見当たらない。それは何故なのか。理由は簡単だ。彼が魔法を行使しているからに他ならない。ではいったいどんな魔法を使ったのか。
レアルが行使した魔法は――『
この魔法は光属性の第六位階魔法であり、光学的に術者自身を透明化することができる支援魔法だ。行使し続ける限り魔力を消費する。
レアルは
故にブラッディウルフの視界に映らないで潜むことができていたのだ。
しかしブラッディウルフの群れは匂いを頼りに囲みを狭めている。少しずつ中心にいるレアルに近付いていく。
隠れるレアルは一度深呼吸をして酸素をしっかりと取り込む。
ブラッディウルフが徐々に距離を縮めてくる中、レアルはじっと息を潜める。
そして前方にいるブラッディウルフが隙間なく詰め寄せたところで、剣型のMACを構えた。
「
レアルが小さく呟くと、魔法が放たれた。
剣型のMACを起点に、周囲を照らすように光り輝く十字の斬撃が飛び出す。
――『
その
前方に隙間なく埋め尽くすように固まっていたブラッディウルフを何匹も切り伏せていく。
前方にいたブラッディウルフを切り伏せたことで花道の如く生まれた隙間を抜ける為に駆け出す。すかさず
突然のことで呆気に取られたかのように混乱していたブラッディウルフの群れは、正気を取り戻すとレアルを追い掛ける。
群れの中心から抜け出したとはいえ、全てのブラッディウルフが固まっていたわけではない。中には離れた場所にした個体もいる。故にレアルの前方には数匹のブラッディウルフがいた。
その中の一匹が飛び掛かる。
勢い任せに飛び掛かったブラッディウルフの攻撃は、北東方面にステップを踏んで躱す。だが、続け様に別の個体が飛び掛かってくる。
飛び掛かってきては躱し、飛び掛かってきては躱しを数度繰り返している内に、群れが追い付いてきてしまった。
再びブラッディウルフの群れに囲まれてしまう。
(――ちっ)
内心で舌打ちをするレアルは、思うようにいかない現実に苛立ちを感じていた。
仕方なく足を止めるが、その時間を無駄にしない。深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
レアルが呼吸を整えたタイミングで――完全には整っていないが多少は落ち着いている――一匹のブラッディウルフが牙を剝き出しにして飛び掛かる。
しかし、レアルは危なげなく手に持つ剣で袈裟斬りにした。
そして今度は間髪いれずに二匹のブラッディウルフが左右から飛び掛かってくる。
挟み撃ちされる形になったレアルは剣を頭上に
レアルが行使した魔法は
ブラッディウルフの群れの視覚を奪うと、再度壁外へ向けて駆け出す。逃げの一手だ。
(
そこでレアルは一か八かの賭けに出て、更に魔法を行使する。
「
レアルの身体が淡い光のオーラに包まれる。
――『
レアルは
壁内までとは言わずとも、せめてブラッディウルフの群れから逃げ切れるまで魔力が持てばいい。
(持ってくれ――)
魔力切れの心配を抱える中、足を踏み出して懸命に疾走する。
しかし八十メートルほど進んだところで、突然頭に激痛が走った。
「ぐっ!」
激しい痛みにより思わず足を止めて
「はぁはぁ……まずい……」
頭を押さえながらも懸命に立ち上がろうとするが――
(駄目だ……身体が動かない……)
無情にも身体は言うことを聞いてくれない。
「うぐっ!」
(意識が朦朧としてきた……)
視界に
そんな中、群れの先頭を駆けていたブラッディウルフがレアルに追いついた。
(くそっ!!)
ぼやけた視界の中、レアルが気力を振り絞って最後に見た光景は、ブラッディウルフが牙を剥き出しにして自分に飛び掛かってくるところであった。
そこでレアルの意識が途切れた。